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ミまとめ4

1 :名無しさん@また挑戦:2011/02/25(金) 11:00:02.08 ID:???


2 :名無しさん@また挑戦:2011/02/25(金) 11:00:51.50 ID:???
政敵のない政治は必ず恐怖か汚濁を生む。

三島由紀夫「憂楽帳 政敵」より


プルターク英雄伝の昔から、少なくともウイーン会議のころにいたるまで、政治は巨大な
人間の演ずる人間劇と考へられてゐた。人間劇である以上、憎悪や嫉妬や友情などの
人間的感情が、冷徹な利害の打算と相まつて、歴史を動かし、歴史をつくり上げる。

三島由紀夫「憂楽帳 お見舞」より


チベットの反乱に対して、中共は断固鎮圧に当たるさうである。共産主義に対する
反乱といふ言葉は、何だか妙で、ひつかかる。


中共もエラクなつて、正義の剣をチベットに対してふるはうといふのだらうが、チベットに
潜行して反乱軍に参加しようといふ風雲児もあらはれないところをみるとどうも日本人は
弱い者に味方しようといふ気概を失つてしまつたやうだ。世界中で一番自分が弱い者だと
思つてゐる弱虫根性が、敗戦後日本人の心中深くひそんでしまつたらしい。

三島由紀夫「憂楽帳 反乱」より

3 :名無しさん@また挑戦:2011/02/25(金) 11:01:08.79 ID:???
どうも私は、民主政治家の「強い政治力」といふ表現が好きでない。(中略)
強面で通して、実は妥協すべきところでは妥協する、といふのと、表面実にたよりなく、
ナヨナヨしながら、実は抜け目なく通すべき筋はチャンと通す、といふのと、どつちが
民主主義の政治家として本当かと考へると、明らかに後者のやうに思はれる。

三島由紀夫「憂楽帳 強い政治力」より


思想といふものは、古からうが、新らしからうが、所詮は人間の持物で、その思想に
ふさはしい器となる人物は、とにかく魅力を持ちつづける。

三島由紀夫「憂楽帳 思想の容器」より

4 :名無しさん@また挑戦:2011/02/25(金) 11:01:30.94 ID:???
一九五九年の、月の裏側の写真は、人間の歴史の一つのメドになり、一つの宿命になつた。
それにしても、或る国の、或る人間の、単一の人間意志が、そのまま人間全体の宿命に
なつてしまふといふのは、薄気味のわるいことである。広島の原爆もまた、かうして
一人の科学者の脳裡に生れて、つひには人間全体の宿命になつた。
こんなふうに、人間の意志と宿命とは、歴史において、喰ふか喰はれるかのドラマを
いつも演じてゐる。今まで数千年つづいて来たやうに、(略)…人間のこのドラマが
つづくことだけは確実であらう。ただわれわれ一人一人は、宿命をおそれるあまり
自分の意志を捨てる必要はないので、とにかく前へ向つて歩きだせはよいに決つてゐる。


結婚の美しさなどといふものは、ある程度の幻滅を経なければわかるものではない。


子供は天使ではない。従つて十分悪の意識を持ち得る。そこに教育の根拠があるのだ。

三島由紀夫「巻頭言(『婦人公論』)」より

5 :名無しさん@また挑戦:2011/02/25(金) 11:01:47.58 ID:???
教育も教育だが日本人と生まれて、西鶴や近松ぐらゐが原文でスラスラ読めないで
どうするのだ。秋成の雨月物語などは、ちよつと脚注をつければ、子供でも読めるはずだし、
カブキ台本にいたつては、問題にもならぬ。それを一流の先生方が、身すぎ世すぎのために、
美しからぬ現代語訳に精出してゐるさまは、アンチョコ製造よりもつと罪が深い。
みづから進んで、日本人の語学力を弱めることに協力してゐるからである。


現代語訳などといふものはやらぬにこしたことはないので、それをやらないで滅びて
しまふ古典なら、さつさと滅びてしまふがいいのである。ただカナばかりの原本を、
漢字まじりの読みやすい版に作り直すとか、ルビを入れるとか、おもしろいたのしい
脚注を入れるとか、それで美しい本を作るとか、さういふ仕事は先生方にうんとやつて
もらひたいものである。

三島由紀夫「発射塔 古典現代語訳絶対反対」より

6 :名無しさん@また挑戦:2011/02/25(金) 11:02:02.75 ID:???
ユーモアや哄笑は、無力な主人公や、何らなすところなきフーテン的人物のみの
かもし出すものではないと信ずる。有為な人物はユーモリストであり、ニヒリストは
なほさら哄笑する。

三島由紀夫「発射塔 ヒロイズム」より


だれだつて年をとるのだから声変はりもしようし、いつまでもキイキイ声ばかり張り上げても
ゐられない。古くなる覚悟は腹の底にいつでも持つてゐなければならない。その時がきたら
ジタバタして、若い者に追従を言つたりせず、さつさと古くなつて、堂々とわが道をゆく
ことがのぞましい。
しかし「オレはもう古いんだぞ。古くなつたんだぞ」と、吹聴してまはるのもみつともない。
オールドミスが「私、もうおばあさんだから」と言つてまはるのと同じことだ。古くなるには、
やはり黙つて、堂々と、新しさうな顔をしたまま平然と古くなつてゆくべきだらう。

三島由紀夫「発射塔 古くなる覚悟」より


自分に似合はないものを思ひ切つて着る蛮勇といふものも、作家の持つべき美徳の一つである。

三島由紀夫「発射塔 文壇衣装論」より

7 :名無しさん@また挑戦:2011/02/25(金) 11:05:25.75 ID:???
能は、いつも劇の終つたところからはじまる。


能がはじまるとき、そこに存在するのは、地獄を見たことによつて変質した優雅である。
芸術といふものは特にこのやうなものに興味を持つ。芸術家は狐のやうに、この特殊な餌を
嗅ぎ当てて接近する。それは芸術の本質的な悪趣味であり、イロニイなのだ。


現代はいかなる時代かといふのに、優雅は影も形もない。それから、血みどろな人間の
実相は、時たま起る酸鼻な事件を除いては、一般の目から隠されてゐる。病気や死は、
病院や葬儀屋の手で、手際よく片附けられる。宗教にいたつては、息もたえだえである。
……芸術のドラマは、三者の完全な欠如によつて、煙のやうに消えてしまふ。

三島由紀夫「変質した優雅」より

8 :名無しさん@また挑戦:2011/02/25(金) 11:05:39.22 ID:???
現代の問題は、芸術の成立の困難にはなくて、そのふしぎな容易さにあることは、周知の
とほりである。
それは軽つぽい抒情やエロティシズムが優雅にとつて代はり、人間の死と腐敗の実相は、
赤い血のりをふんだんに使つたインチキの残酷さでごまかされ、さらに宗教の代りに
似非論理の未来信仰があり、といふ具合に、三者の代理の贋物が、対立し激突するどころか、
仲好く手をつなぐにいたる状況である。そこでは、この贋物の三者のうち、少くとも
二者の野合によつて、いとも容易に、表現らしきもの、芸術らしきもの、文学らしきものが
生み出される。かくてわれわれは、かくも多くのまがひものの氾濫に、悩まされることに
なつたのである。

三島由紀夫「変質した優雅」より


若い女性の多くは、能楽を、退屈に感じて見たがらない。そして、日本でしか、日本人しか、
真に味はふことのできぬ美的体験を自ら捨ててゐるのだ。

三島由紀夫「能――その心に学ぶ」より

9 :名無しさん@また挑戦:2011/02/25(金) 11:28:23.64 ID:???
白日夢が現実よりも永く生きのこるとはどういふことなのか。人は、時代を超えるのは
作家の苦悩だけだと思ひ込んでゐはしないだらうか。

三島由紀夫「解説(日本の文学4 尾崎紅葉・泉鏡花)」より


よき私小説はよき客観小説であり、よき戯曲はよき告白なのである。

三島由紀夫「解説(日本の文学52 尾崎一雄・外村繁・上林暁)」より


「浅草花川戸」「鉄仙の蔓花」「連子窓」「花畳紙」「ボンボン」「継羅宇」「銀杏返し」
「絎台」「針坊主」「浜縮緬」などの伝統的な語彙の駆使によつて、われわれは一つの世界へ
引き入れられる。生活の細目のあらゆる事物に日本風の「名」がついてゐたこのやうな時代に
比べると、現代は完全に文化を失つた。文化とは、雑多な諸現象に統一的な美意識に
基づく「名」を与へることなのだ。

三島由紀夫「解説(現代の文学20 円地文子集)」より

10 :名無しさん@また挑戦:2011/02/25(金) 11:28:36.28 ID:???
右翼とは、思想ではなくて、純粋に心情の問題である。


共産主義と攘夷論とは、あたかも両極端である。しかし見かけがちがふほど本質は
ちがはないといふ仮定が、あらゆる思想に対してゆるされるときに、もはや人は思想の
相対性の世界に住んでゐるのである。そのとき林氏には、さらに辛辣なイロニイが
ゆるされる。すなはち、氏のかつてのマルクス主義への熱情、その志、その「大義」への
挺身こそ、もともと、「青年」のなかの攘夷論と同じ、もつとも古くもつとも暗く、かつ
無意識的に革新的であるところの、本質的原初的な「日本人のこころ」であつたといふ
イロニイが。


日本の作家は、生れてから死ぬまで、何千回日本へ帰つたらよいのであらうか。日本列島は
弓のやうに日本人たちをたえずはじき飛ばし、鳥もちのやうにたえず引きつける。

三島由紀夫「林房雄論」より

11 :名無しさん@また挑戦:2011/02/27(日) 12:30:45.78 ID:???
芸術が純粋であればあるほどその分野をこえて他の分野と交流しお互に高めあふものである。
演劇的批判にしか耐へないものは却つて純粋に演劇的ですらないのである。

三島由紀夫「宗十郎覚書」より


小説の世界では、上手であることが第一の正義である。
ドストエフスキーもジッドもリラダンも、先づ上手だから正義なのである。

三島由紀夫「上手と正義(舟橋聖一『鵞毛』評)」より


少年がすることの出来る――そしてひとり少年のみがすることのできる世界的事業は、
おもふに恋愛と不良化の二つであらう。恋愛のなかへは、祖国への恋愛や、一少女への
恋愛や、臈(らふ)たけた有夫の婦人への恋愛などがはひる。また、不良化とは、
稚心を去る暴力手段である。


神が人間の悲しみに無縁であると感ずるのは若さのもつ酷薄であらう。しかし神は
拒否せぬ存在である。神は否定せぬ。

三島由紀夫「檀一雄『花筐』――覚書」より

無秩序が文学に愛されるのは、文学そのものが秩序の化身だからだ。

三島由紀夫「恋する男」より

12 :名無しさん@また挑戦:2011/02/27(日) 12:31:00.42 ID:???
初恋に勝つて人生に失敗するのはよくある例で、初恋は破れる方がいいといふ説もある。

三島由紀夫「冷血熱血」より


美人が八十何歳まで生きてしまつたり、醜男が二十二歳で死んだりする。
まことに人生はままならないもので、生きてゐる人間は多かれ少なかれ喜劇的である。

三島由紀夫「夭折の資格に生きた男――ジェームス・ディーン現象」より


人が愛され尽した果てに求めることは、恐れられることだ。

三島由紀夫「芥川比呂志の『マクベス』」より


生の充溢感と死との結合は、久しいあひだ私の美学の中心であつたが、これは何も
浪漫派に限らず、芸術作品の形成がそもそも死と闘ひ死に抵抗する営為なのであるから、
死に対する媚態と死から受ける甘い誘惑は、芸術および芸術家の必要悪なのかもしれないのである。

三島由紀夫「日記」より

13 :名無しさん@また挑戦:2011/02/27(日) 12:31:15.01 ID:???
青年の苦悩は、隠されるときもつとも美しい。


精神的な崇高と、蛮勇を含んだ壮烈さといふこの二種のものの結合は、前者に傾けば
若々しさを失ひ、後者に傾けば気品を失ふむつかしい画材であり、現実の青年は、
目にもとまらぬ一瞬の行動のうちに、その理想的な結合を成就することがある。

三島由紀夫「青年像」より


ほんたうの誠実さといふものは自分のずるさをも容認しません。自分がはたして
誠実であるかどうかについてもたえず疑つてをります。

三島由紀夫「青春の倦怠」より


詩人とは、自分の青春に殉ずるものである。青春の形骸を一生引きずつてゆくものである。
詩人的な生き方とは、短命にあれ、長寿にあれ、結局、青春と共に滅びることである。


小説家の人生は、自分の青春に殉ぜず、それを克服し、脱却したところからはじまる。

三島由紀夫「佐藤春夫氏についてのメモ」より

14 :名無しさん@また挑戦:2011/02/27(日) 12:31:35.73 ID:???
小説家は人間の心の井戸掘り人足のやうなものである。井戸から上つて来たときには、
日光を浴びなければならぬ。体を動かし、思ひきり新鮮な空気を呼吸しなければならぬ。

三島由紀夫「文学とスポーツ」より


小説でも、絵でも、ピアノでも芸事はすべてさうだがボクシングもさうだと思はれるのは、
練習は必ず毎日やらなければならぬといふことである。

三島由紀夫「ボクシング・ベビー」より


愛情の裏附のある鋭い批評ほど、本当の批評はありません。さういふ批評は、そして、
すぐれた読者にしかできないので、はじめから冷たい批評の物差で物を読む人からは生れません。

三島由紀夫「作品を忘れないで……人生の教師ではない私――読者への手紙」より


あまりに強度の愛が、実在の恋人を超えてしまふといふことはありうる。

三島由紀夫「班女について」より

15 :名無しさん@また挑戦:2011/02/27(日) 12:31:49.54 ID:???
論敵同士などといふものは卑小な関係であり、言葉の上の敵味方なんて、女学生の
寄宿舎のそねみ合ひと大差がありません。


剣のことを、世間ではイデオロギーとか何とか言つてゐるやうですが、それは使ふ刀の
研師のちがひほどの問題で、剣が二つあれば、二人の男がこれを執つて、戦つて、
殺し合ふのは当然のことです。

三島由紀夫「野口武彦氏への公開状」より


国家総動員体制の確立には、極左のみならず極右も斬らねばならぬといふのは、政治的
鉄則であるやうに思はれる。そして一時的に中道政治を装つて、国民を安心させて、
一気にベルト・コンベアーに載せてしまふのである。


ヒットラーは政治的天才であつたが、英雄ではなかつた。英雄といふものに必要な、
爽やかさ、晴れやかさが、彼には徹底的に欠けてゐた。
ヒットラーは、二十世紀そのもののやうに暗い。

三島由紀夫「『わが友ヒットラー』覚書」より

16 :名無しさん@また挑戦:2011/02/28(月) 16:18:52.33 ID:???
芸術には必ず針がある。毒がある。この毒をのまずに、ミツだけを吸ふことはできない。
四方八方から可愛がられて、ぬくぬくと育てることができる芸術などは、この世に存在しない。

三島由紀夫「文学座の諸君への『公開状』――『喜びの琴』の上演拒否について」より


われわれが美しいと思ふものには、みんな危険な性質がある。温和な、やさしい、典雅な
美しさに満足してゐられればそれに越したことはないのだが、それで満足してゐるやうな人は、
どこか落伍者的素質をもつてゐるといつていい。

三島由紀夫「美しきもの」より


芸術上の創造行為は存在そのものからは生れて来ない。自ら美しく生きようと思つた芸術家は
一人もゐなかつたので、美を創ることと、自分が美しく生きることとは、まるで反対の
事柄である。

三島由紀夫「女が美しく生きるには」より

17 :名無しさん@また挑戦:2011/02/28(月) 16:19:05.85 ID:???
童話とは人間の最も純粋な告白に他ならないのである。

三島由紀夫「川端氏の『抒情歌』について」より


小説家における文体とは、世界解釈の意志であり、鍵なのである。


強大な知力は世界を再構成するが、感受性は強大になればなるほど、世界の混沌を
自分の裡に受容しなければならなくなる。

三島由紀夫「永遠の旅人――川端康成氏の人と作品」より


世界が虚妄だ、といふのは一つの観点であつて、世界は薔薇だ、と言ひ直すことだつてできる。

三島由紀夫「『薔薇と海賊』について」より

小説は芸術のなかでも最もクリチシズムの強いものだ。

三島由紀夫「文芸批評のあり方――志賀直哉氏の一文への反響」より

18 :名無しさん@また挑戦:2011/02/28(月) 16:19:19.21 ID:???
エロティックといふのは、ふつうの人間が日常のなかでは自然と思つてゐる行為が、
外に現はれて人の目にふれるときエロティックと感じる。

三島由紀夫「古典芸能の方法による政治状況と性」より


男子高校生は「娘」といふ言葉をきき、その字を見るだけで、胸に甘い疼きを感じる筈だが、
この言葉には、あるあたたかさと匂ひと、親しみやすさと、MUSUMEといふ音から来る
何ともいへない閉鎖的なエロティシズムと、むつちりした感じと、その他もろもろのものがある。
プチブル的臭気のまじつた「お嬢さん」などといふ言葉の比ではない。

三島由紀夫「美しい女性はどこにいる――吉永小百合と『潮騒』」より

19 :名無しさん@また挑戦:2011/02/28(月) 16:19:31.99 ID:???
緊張ばかりしてゐては疲れてしまふといふのは怠け者の考へで、弛緩こそ病気のもとで
あることはよく知られてゐる。いけないのはテレビ・プロデューサーのやうな末梢神経の
緊張の連続であつて、豹のやうに、全身的緊張を即座に用意できる生活こそ、健康な生活で
あることは言ふまでもない。


テレビによつて、いくらでも雑多な知識がひろく浅く供給されるから、暇のある人は
テレビにしがみついてゐれば、いくらでも知識が得られる代りに、「中国核実験」と
「こんにちは赤ちゃん」をつなぐことは誰にもできず、知識の綜合力は誰の手からも
失はれてゐる。無用の知識はいくらでもふえるが、有用な知識をよりわけることはますます
むづかしくなり、しかも忘却が次から次へとその知識を消し去つてゆく。


文学は、どんなに夢にあふれ、又、読む人の心に夢を誘ひ出さうとも、第一歩は、必ず
作者の夢が破れたところに出発してゐる。

三島由紀夫「秋冬随筆」より

20 :名無しさん@また挑戦:2011/02/28(月) 16:19:44.49 ID:???
われわれの祖先は、大らかな、怪奇そのものすらも晴れやかな、ちつともコセコセしない、
このやうな光彩陸離たる芸術を持ち、それをわが宮廷が伝へて来たといふことは、
日本の誇るべき特色である。だんだん矮小化されてきた日本文化の数百年のあひだに、
それと全くちがつた、のびやかな視点を、日本の宮廷は保つてきたのである。

三島由紀夫「舞楽礼讃」より


日本人の美のかたちは、微妙をきはめ洗煉を尽した果てに、いたづらな奇工におちいらず、
強い単純性に還元されるところに特色があるのは、いふまでもない。永遠とは、
くりかへされる夢が、そのときどきの稔りをもたらしながら、又自然へ還つてゆくことだ。
生命の短かさはかなさに抗して、けばけばしい記念碑を建設することではなく、自然の
生命、たとへば秋の虫のすだきをも、一体の壷、一個の棗(なつめ)のうちにこめることだ。
ギリシャ人は巨大をのぞまぬ民族で、その求める美にはいつも節度があつたが、日本人も
この点では同じである。

三島由紀夫「『人間国宝新作展』推薦文」より

21 :名無しさん@また挑戦:2011/03/01(火) 10:15:09.22 ID:???
アメリカでは、成功者や金持は決して自由ではない。従つて、「最高の自由」は、
わびしさの同義語になる。

三島由紀夫「芸術家部落――グリニッチ・ヴィレッジの午後」より


芝居の世界に住む人の、合言葉的生活感情は、あるときは卑屈な役者根性になり、あるときは
観客に対する思ひ上つた指導者意識になる。正反対のやうに見えるこの二つのものは、
実は同じ根から生れたものである。本当の玄人といふものは、世間一般の言葉を使つて、
世間の人間と同じ顔をして、それでゐて玄人なのである。

三島由紀夫「無題『新劇』扉のことば」より


ひとたび叛心を抱いた者の胸を吹き抜ける風のものさびしさは、千三百年後の今日の
われわれの胸にも直ちに通ふのだ。この凄涼たる風がひとたび胸中に起つた以上、
人は最終的実行を以てしか、つひにこれを癒やす術を知らぬ。

三島由紀夫「日本文学小史 第四章 懐風藻」より

22 :名無しさん@また挑戦:2011/03/01(火) 10:15:28.93 ID:???
人間がこんなに永い間花なしに耐へてゆけるには、その心の中に、よほど巨大な荘厳な
花の幻がなければならない。

三島由紀夫「服部智恵子バレエリサイタルに寄せて」より


あらゆる芸術ジャンルは、近代後期、すなはち浪漫主義のあとでは、お互ひに気まづくなり、
別居し、離婚した。


純粋性とは、結局、宿命を自ら選ぶ決然たる意志のことだ、と定義してもよいやうに思はれる。

三島由紀夫「純粋とは」より


新しい人間と新しい倫理とは別のものではないのである。倫理とは彼の翼にすぎぬ。
倫理とは彼の生きる方法だ。


金のためだつて! そんな美しい目的のためには文学なんて勿体ない。私たちは原稿の
代償として金を受取るとき、いつも不当な好遇と敬意とを居心地わるく感じなければ
ならないのです。蹴飛ばされる覚悟でゐたのがやさしく撫でられた狂犬のやうにして。

三島由紀夫「反時代的な芸術家」より

23 :名無しさん@また挑戦:2011/03/01(火) 10:15:43.16 ID:???
知的なものと感性的なもの、ニイチェの言つてゐるアポロン的なものとディオニソス的な
もののどちらを欠いても理想的な芸術ではない。


芸術の根本にあるものは、人を普通の市民生活における健全な思考から目覚めさせて、
ギョッとさせるといふことにかかつてゐる。


ちやうどギリシャのアドニスの祭のやうに、あらゆる穫入れの儀式がアドニスの死から
生れてくるやうに、芸術といふものは一度死を通つたよみがへりの形でしか生命を
把握することができないのではないかといふ感じがする。さういふ点では文学も古代の
秘儀のやうなものである。収穫の祝には必ず死と破滅のにほひがする。しかし死と破滅も
そのままでは置かれず、必ず春のよみがへりを予感してゐる。

三島由紀夫「わが魅せられたるもの」より

24 :名無しさん@また挑戦:2011/03/01(火) 10:15:57.03 ID:???
立派な芸術は積木に似た構造を持ち、積木を積みあげていくやうなバランスをもつて
組立てられてゐるけれども、それを作るときの作者の気持は、最後のひとつの木片を
積み重ねるとたんにその積木細工は壊れてしまふ、さういふところまで組立てていかなければ
満足しない。積木が完全なバランスを保つところで積木をやめるやうな作者は、私は
芸術家ぢやないと思はれる。


最後の一片を加へることによつてみすみす積木が崩れることがわかつてゐながら、最後の
木片をつけ加へる。そして積木はガラガラと崩れてしまふのであるが、さういふふうな
積木細工が芸術の建築術だと私は思ふ。

三島由紀夫「わが魅せられたるもの」より

25 :名無しさん@また挑戦:2011/03/01(火) 10:16:10.31 ID:???
歴史劇などといふのは、本来言葉の矛盾である。芝居に現はれる現象としての事実は、
はじめから入念に選び出されたものであるのに、歴史では玉石混淆だからである。

三島由紀夫「歴史的題材と演劇」より


一つの時代は、時代を代表する俳優を持つべきである。


この世には情熱に似た憂鬱もあり、憂鬱に似た情熱もある。

三島由紀夫「六世中村歌右衛門序説」より


すぐれた俳優は、見事な舟板みたいなもので、自分の演じたいろんな役柄の影響によつて、
たくさんの船虫に蝕まれたあとをもつてゐるが、それがそのまま、世にも面白い舟板塀になつて、
風雅な住ひを飾るのだ。


俳優といふものは、ひまはりの花がいつも太陽のはうへ顔を向けてゐるやうに、
観客席のはうへ顔を向けてゐるものであつて、観客席から見るときに、その一等美しい、
しかも一等真実な姿がつかめるとも云へる。

三島由紀夫「俳優といふ素材」より

26 :名無しさん@また挑戦:2011/03/02(水) 10:31:52.38 ID:???
守る側の人間は、どんなに強力な武器を用意してゐても、いつか倒される運命にあるのだ。

三島由紀夫「若さと体力の勝利――原田・ジョフレ戦」より


守勢に立つ側の辛さ、追はれる者の辛さからは、容易ならぬ狡智が生れる。


「老巧」などといふ言葉は、スポーツの世界では不吉な言葉で、それはいつかきつと
「若さ」に敗れる日が来るのである。

三島由紀夫「追ふ者追はれる者――ペレス・米倉戦観戦記」より


巧くなつて不正直になるのは堕落といふもので、巧くなつてもなほ正直といふところが尊いのだ。

三島由紀夫「原田・メデル戦」より

27 :名無しさん@また挑戦:2011/03/02(水) 10:32:16.44 ID:???
世の中にいつも裸な真実ばかり求めて生きてゐる人間は、概して鈍感な人間である。


親しいからと云つて、言つてはならない言葉といふものがあるものだが、お節介な人間は、
善意の仮面の下に、かういふタブーを平気で犯す。


人をきらふことが多ければ多いだけ、人からもきらはれてゐると考へてよい。

三島由紀夫「私のきらひな人」より


人間のやることは残酷である。鳥羽の真珠島で、真珠の肉を手術して、人工の核を
押し込むところを見たが、玲瓏(れいろう)たる真珠ができるまでの貝の苦痛が、
まざまざと想像された。このごろ流行のダムも、この規模を大きくしたやうなものである。
ダム工事の行はれる地点は、大てい純潔な自然で、風光は極めて美しい。その自然の肉に、
コンクリートと鉄の異物が押し込まれ、自然の永い苦痛がはじまる。

三島由紀夫「『沈める滝』について」より

28 :名無しさん@また挑戦:2011/03/02(水) 10:32:56.01 ID:???
赤ん坊の顔は無個性だけれど、もし赤ん坊の顔のままを大人まで持ちつづけたら、
すばらしい個性になるだらう。しかし誰もそんなことはできず、大人は大人なりに、
又々十把一からげの顔になることかくの如し。

三島由紀夫「赤ちゃん時代――私のアルバム」より


一切の錯覚を知らぬ心は、大義に近づくことができない、といふのが人間の宿命である。


現代は、死を正当化する価値の普遍化が周到に避けられ、そのやうな価値が注意深く
ばらばらに分散させられてゐる時代である。


私は円谷二尉の死に、自作の「林房雄論」のなかの、次のやうな一句を捧げたいと思ふ。
「純潔を誇示する者の徹底的な否定、外界と内心のすべての敵に対するほとんど
自己破壊的な否定、……云ひうべくんば、青空と雲とによる地上の否定」
そして今では、地上の人間が何をほざかうが、円谷選手は、「青空と雲」だけに属して
ゐるのである。

三島由紀夫「円谷二尉の自刃」より

29 :名無しさん@また挑戦:2011/03/02(水) 10:33:26.06 ID:???
ブラジルは人種的偏見の少ない国だが、それでも黒人の悲願は白人に生れ変ることであり、
かういふ宿命を抱いた人たちは、当然仮装に熱中する。仮装こそ、「何かになりたい」といふ
念願の仮の実現だからである。

三島由紀夫「『黒いオルフェ』を見て」より


別に酒を飲んだりごちそうをたべたりしなくても、気の合つた人間同士の三十分か
一時間の会話の中には、人生の至福がひそむ。

三島由紀夫「社交について――世界を旅し、日本を顧みる」より


他人に場ちがひの感を起させるほどたのしげな、内輪のたのしみといふのはいいものだ。
たとへば、祭りのミコシをかついだあとで、かついだ連中だけで集まつてのむ酒のやうなものだ。
われわれに本当に興味のある話題といふものは他人にとつてはまるで興味のないことが多い。
他人に通じない話ほど、心をあたたかく、席をなごやかにするものはない。

三島由紀夫「内輪のたのしみ」より

30 :名無しさん@また挑戦:2011/03/02(水) 10:33:45.90 ID:???
どんなに平和な装ひをしてゐても「世界政策」といふことばには、ヤクザの隠語のやうな、
独特の血なまぐささがある。概括的な、概念的な世界認識の裏側には必ず水素爆弾が
くすぶつてゐるのである。

三島由紀夫「終末観と文学」より


今日のやうに泰平のつづく世の中では、人間の死の本能の欲求不満はいろいろな形であらはれ、
ある場合には、社会不安のたねにさへなる。こんな問題は、浅薄なヒューマニズムや、
平べつたい人間認識では、とても片付かない。

三島由紀夫「K・A・メニンジャー著 草野栄三良訳『おのれに背くもの』推薦文」より


剣道の、人を斬るといふ仮構は爽快なものだ。今は人殺しの風儀も地に落ちたが、
昔は礼儀正しく人を斬ることができたのだ。人とエヘラエヘラ附合ふことだけに
エチケットがあつて、人を斬ることにエチケットのない現代とは、思へば不安な時代である。

三島由紀夫「ジムから道場へ――ペンは剣に通ず」より

31 :名無しさん@また挑戦:2011/03/02(水) 10:38:06.28 ID:???
若い人の清純な心中が、忽ち伝説として流布され、「恋愛の永遠性」や「精神の勝利」の
証左にされるのは、少なくともこのやうな架空の幻影のために彼らが身命を賭したといふ
誠実さの証拠にはなる。といふのは、「恋愛の永遠性」や「精神の勝利」なるものは、
生きてゐようが、自殺してみようが、心中してみようが、青春といふ肉体的状態にとつては
不可能な文字なのであつて、青春のあらゆる特質と矛盾する性質のものであるから、
それゆゑに、さういふものは美しいのである。

三島由紀夫「心中論」より


女体を崇拝し、女の我儘を崇拝し、その反知性的な要素のすべてを崇拝することは、実は
微妙に侮蔑と結びついてゐる。(谷崎)氏の文学ほど、婦人解放の思想から遠いものは
ないのである。氏はもちろん婦人解放を否定する者ではない。しかし氏にとつての関心は、
婦人解放の結果、発達し、いきいきとした美をそなへるにいたつた女体だけだ。エロスの
言葉では、おそらく崇拝と侮蔑は同義語なのであらう。

三島由紀夫「谷崎潤一郎について」より

32 :名無しさん@また挑戦:2011/03/02(水) 15:10:06.47 ID:???
もし天才といふ言葉を、芸術的完成のみを基準にして定義するなら、「決して自己の資質を
見誤らず、それを信じつづけることのできる人」と定義できるであらうが、実は、この定義には
循環論法が含まれてゐる。といふのはそれは、「天才とは自ら天才なりと信じ得る人である」
といふのと同じことになつてしまふからである。コクトオが面白いことを言つてゐる。
「ヴィクトル・ユーゴオは、自分をヴィクトル・ユーゴオと信じた狂人だつた。

三島由紀夫「谷崎潤一郎について」より


天才の奇蹟は、失敗作にもまぎれもない天才の刻印が押され、むしろそのはうに作家の
諸特質や、その後発展させられずに終つた重要な主題が発見されることが多いのである。

三島由紀夫「解説(新潮日本文学6 谷崎潤一郎集)」より


天才というものは源泉の感情だ。そこまで堀り当てた人が天才だ。

三島由紀夫「舟橋聖一との対話」より

33 :名無しさん@また挑戦:2011/03/05(土) 11:26:19.88 ID:???
風俗は滑稽に見えたときおしまひであり、美は珍奇からはじまつて滑稽で終る。つまり
新鮮な美学の発展期には、人々はグロテスクな不快な印象を与へられますが、それが次第に
一般化するにしたがつて、平均美の標準と見られ、古くなるにしたがつて古ぼけた
滑稽なものと見られて行きます。


ユーモアと冷静さと、男性的勇気とは、いつも車の両輪のやうに相伴ふもので、ユーモアとは
理知のもつともなごやかな形式なのであります。

三島由紀夫「文章読本」より


作家は作品を書く前に、主題をはつきりとは知つてゐない。「今度の作品の主題は何ですか」
と作家に訊くのは、検事に向かつて「今度の犯罪の証拠は何ですか」と訊くやうなものである。
作中人物はなほ被疑者にとどまるのである。もちろん私はストーリイやプロットについて
言つてゐるのではない。はじめから主題が作家にわかつてゐる小説は、推理小説であつて、
私が推理小説に何ら興味を抱かないのはこの理由による。外見に反して、推理小説は、
刑事訴訟法的方法論からもつとも遠いジャンルの小説であり、要するに拵(こしら)へ物である。

三島由紀夫「法律と文学」より

34 :名無しさん@また挑戦:2011/03/05(土) 11:26:34.90 ID:???
私はあくまで黒い髪の女性を美しいと思ふ。洋服は髪の毛の色によつて制約されるであらうが、
女の黒い髪は最も派手な、はなやかな色であるから、かうして黒い服を着た黒い髪の女は、
世界中で一番派手な美しさと言へるだらう。

三島由紀夫「恋の殺し屋が選んだ服」より


今でも英国では、午後の紅茶に「ミルク、ファースト?ティー、ファースト?」と丁重に
きいてまはつてゐる。同じ茶碗にお茶を先に入れようがミルクを先に入れようが、
味に変りはなささうだが、そんなことはどうでもいいかといへば、そこには非合理な
各人各説といふものがあつて、決してさうはいかないのが英国であることは、今も昔も
変りがない。「どつちでもいいぢやないか」といふ精神は、生活を、ひろくは文化といふものを、
あつさり放棄してしまつた精神のやうに思はれる。

三島由紀夫「英国紀行」より

35 :名無しさん@また挑戦:2011/03/05(土) 11:26:49.48 ID:???
「まづ身を起こせ」といふのが、生来オッチョコチョイの私の主義であつて、
「核兵器よりもまづ駆け足」といふことを、隊付をして学びえたと思つてゐる。
人間の脚は、特に国土戦において、バカにならぬ戦場機動速度を持つのである。

三島由紀夫「自衛隊と私」より


空手は武器を禁じられた沖縄島民の民族の悲願が凝つて成つた武道ときいてゐる。
日本の戦後も占領軍による武装解除がそのまま平和憲法に受けつがれ、徒手空拳で戦ひ、
徒手空拳で身を守るほかに、民族の志を維持する道をふさがれてゐる。
空手道が戦後の日本で隆盛になつたのは決して偶然ではない。

三島由紀夫「第十一回空手道大会に寄せる……」より


正しい力は崇高であり、汚れた力は醜悪であることは、あたかも、清い水は生命をよみがへらせ、
汚ない水は人を病気にさせるのに似てゐる。

三島由紀夫「『第十二回全国空手道選手権大会』推薦文」より

36 :名無しさん@また挑戦:2011/03/05(土) 11:27:10.26 ID:???
刀が武士の魂といはれ、筆が文士の魂といはれるのは、道具を使つた闘争や芸術表現が、
そのまま精神のあらはれになるためには、その道具と生体の一体化が企てられねばならぬ、
といふ要請から生れた言葉であらう。道具が生体の一部になればなるほど、道具はただの
道具ではなくなり、手段はただの手段ではなくなり、魂といふ幹の一本の枝になつて、
そこにまで魂の樹液が浸透して、魂の動くままに動き、いはば道具は透明になるであらう。
そのとき、手段と目的、肉体と精神、行動と思想の、乖離や二元性は完全に払拭されるであらう。

三島由紀夫「空手の秘義」より


「正義は力」だが「力は正義」ではない。その間の消息をもつともよく示してゐるのが、
空手だと思ふ。空手は正義の表現力であり、黙した力である。口舌の徒はつひに正義さへ
表現しえないのである。

三島由紀夫「『第十三回全国空手道選手権大会』推薦文」より

37 :名無しさん@また挑戦:2011/03/05(土) 11:27:23.80 ID:???
現代に政治を語る者は多い。政治的言説によつて世を渡る者の数は多い。厖大なデータを整理し、
情報を蒐集し、これを理論化体系化しようとする人は多い。しかもその悉くが、現実の
上つ面を撫でるだけの、究極的にはニヒリズムに陥るやうな、いはゆる現実主義的情勢論に
墜するのは何故だらうか。このごろ特に私の痛感するところであるが、この複雑多岐な、
矛盾にみちた苦悶の胎動をくりかへして、しかも何ものをも生まぬやうな不毛の現代社会に於て、
真に政治を語りうるものは信仰者だけではないのか? 日本もそこまで来てゐるやうに思はれる。

三島由紀夫「『占領憲法下の日本』に寄せる」より


電子計算機を使ふ人間が、ともすると忘れてゐることは、電子計算機の命令に従つて
動くのはよいが、人間は疲れるのに、電子計算機は決して疲れない、といふことである。
人間にとつて、疲労は又、生命力の逆の証明なのだ。

三島由紀夫「クールな日本人(桜井・ローズ戦観戦記)」より

38 :名無しさん@また挑戦:2011/03/05(土) 11:40:03.32 ID:???
現代は奇怪な時代である。やさしい抒情やほのかな夢に心を慰めてゐる人たちをも、
私は決して咎めないが、現代といふ奇怪な炎のなかへ、われとわが手をつつこんで、
その烈しい火傷の痛みに、真の時代の詩的感動を発見するやうな人たちのはうを、私は
もつともつと愛する。古典派と前衛派は、このやうな地点で、めぐり会ふのである。
なぜなら生存の恐怖の物凄さにおいて、現代人は、古代人とほぼ似寄りのところに居り、
その恐怖の造型が、古典的造型へゆくか、前衛的造型へゆくかは、おそらくチャンスの
ちがひでしかない。

三島由紀夫「推薦の辞(650 EXPERIENCE の会)」より


夫婦の生活程度や教養の程度の近似といふことは、結婚生活のかなり大事な要素である。
性格の相違などといふ文句は、実は、それまでの夫婦各自の生活史のちがひにすぎぬことが多い。

三島由紀夫「見合ひ結婚のすすめ」より


「日本的」といふ言葉のなかには、十分、ツイスト的要素、マッシュド・ポテト的要素、
ロックンロール的要素もあるのです。

三島由紀夫「『日本的な』お正月」より

39 :名無しさん@また挑戦:2011/03/06(日) 15:11:19.51 ID:???
真の東洋的なもの、東洋的神秘主義の最後の一線を、近代的立憲国家の形体に於て
留保したものが日本の天皇制である。天皇制は過去の凡ゆる東洋文化の枠であり、
帝王学と人生哲学の最後の結論である。これが失はれるとき東洋文化の現代文化へのかけはし、
その最後の理解の橋も失はれるのである。

三島由紀夫「偶感」より


日本人は何度でも自国の古典に帰り、自分の源泉について知らねばならない。その泉から
何ものかを汲まねばならない。この「源泉の感情」が涸れ果てるときこそ、一国一民族の
文化がつひに死滅するときであらう。

三島由紀夫「文化の危機の時代に時宜を得た全集(『日本古典文学全集』推薦文)」より

40 :名無しさん@また挑戦:2011/03/06(日) 15:13:24.43 ID:???
文学には最終的な責任といふものがないから、文学者は自殺の真のモラーリッシュな
契機を見出すことはできない。私はモラーリッシュな自殺しかみとめない。すなはち、
武士の自刃しかみとめない。

三島由紀夫「日沼氏と死」より


コンプレックスとは、作家が首吊りに使ふ踏台なのである。もう首は縄に通してある。
踏台を蹴飛ばせば万事をはりだ。あるひは親切な人がそばにゐて、踏台を引張つてやれば
おしまひだ。……作家が書きつづけるのは、生きつづけるのは、曲りなりにもこの踏台に
足が乗つかつてゐるからである。その点で、踏台が正しく彼を生かしてゐるのだが、
これはもともと自殺用の補助道具であつて、何ら生産的道具ではなく、踏台があるおかげで
彼が生きてゐるといふことは、その用途から言つて、踏台の逆説的使用に他ならない。
踏台が果してゐるのはいかにも矛盾した役割であつて、彼が踏台をまだ蹴飛ばさない
といふことは、半ばは彼の自由意志にかかはることであるが、自殺の目的に照らせば、
明らかに彼の意志に反したことである。

三島由紀夫「武田泰淳氏――僧侶であること」より

41 :名無しさん@また挑戦:2011/03/06(日) 15:13:38.88 ID:???
芸術家が自分の美徳に殉ずることは、悪徳に殉ずることと同じくらいに、云ひやすくして
行ひ難いことだ。

三島由紀夫「加藤道夫氏のこと」より


「ぜいたくを言ふもんぢやない」 などと芸術家に向つて言つてはならない。ぜいたくと
無い物ねだりは芸術家の特性であつて、それだけが芸術(革命)を生むと信じられてゐる。

三島由紀夫「不満と自己満足――『もつとよこせ』運動もわが国の繁栄に一役」より


文人の倖は、凡百の批評家の讃辞を浴びることよりも、一人の友情に充ちた伝記作者を
死後に持つことである。しかもその伝記作者が詩人であれば、倖はここに極まる。

三島由紀夫「『蓮田善明とその死』序文」より

42 :名無しさん@また挑戦:2011/03/06(日) 15:13:56.16 ID:???
人間が為し得る発見は、あらゆる場合、宇宙のどこかにすでに完成されてゐるもの――
すでに完全な形に用意されてゐるものの模写にすぎない。

平岡公威(三島由紀夫)19歳「廃墟の朝」より


日本の詩文とは、句読も漢字もつかはれないべた一面の仮名文字のなかに何ら別して
意識することなく神に近い一行がはさまれてゐること、古典のいのちはかういふところに
はげしく煌めいてゐること、さうして真の詩人だけが秘されたる神の一行を書き得ること、
かういふことだけを述べておけばよい。

平岡公威(三島由紀夫)17歳「伊勢物語のこと」より

43 :名無しさん@また挑戦:2011/03/06(日) 15:14:10.27 ID:???
この地上で自分の意欲を実現する方式に二つはないのではないか? 芸術も政治も、
その方式に於ては一つなのではないか? だからこそ、芸術と政治はあんなにも仲が
悪いのではないか?


ラヂウムを扱ふ学者が、多かれ少なかれ、ラヂウムに犯されるやうに、身自ら人間で
ありながら、人生を扱ふ芸術家は、多かれ少なかれ、その報いとして、人生に犯される。
…人間の心とは、本来人間自身の扱ふべからざるものである。従つてその扱ひには常に
危険が伴ひ、その結果、彼自身の心が、自分の扱ふ人間の心によつて犯される。犯された末には、
生きながら亡霊になるのである。そして、医療や有効な目的のために扱はれるラヂウムが、
それを扱ふ人間には有毒に働くやうに、それ自体美しい人生や人間の心も、それを扱ふ人間には、
いつのまにか怖ろしい毒になつてゐる。多少ともかういふ毒素に犯されてゐない人間は、
芸術家と呼ぶに値ひしない。

三島由紀夫「楽屋で書かれた演劇論」より

44 :名無しさん@また挑戦:2011/03/06(日) 15:21:47.02 ID:???
一旦身に受けた醜聞はなかなか払ひ落とせるものではない。たとへ醜聞が事実とちがつて
ゐても、醜聞といふものは、いかにも世間がその人間について抱いてゐるイメージと
よく符合するやうにできてゐる。ましてその醜聞が、大して致命的なものではなく、
人々の好奇心をそそつたり、人々に愛される原因になつたりしてゐるときには尚更である。
かくて醜聞はそのまま神話に変身する。


微笑は、ノー・コメントであり、「判断停止」「分析停止」の要請である。こんなことは
社会生活では当たり前のことで、日本のやうに個人主義の発達しない社会では、微笑が
個人の自由を守つてきたのである。しかもそれは礼儀正しさの要請にも叶つてゐる。

三島由紀夫「アメリカ人の日本神話」より

45 :名無しさん@また挑戦:2011/03/06(日) 15:22:02.31 ID:???
日本の伝統は大てい木と紙で出来てゐて、火をつければ燃えてしまふし、放置(はふ)つて
おけば腐つてしまふ。伊勢の大神宮が二十年毎に造り替へられる制度は、すでに千年以上の
歴史を持ち、この間五十九回の遷宮が行はれたが、これが日本人の伝統といふものの考へ方を
よくあらはしてゐる。西洋ではオリジナルとコピイとの間には決定的な差があるが、
木造建築の日本では、正確なコピイはオリジナルと同価値を生じ、つまり次のオリジナルに
なるのである。京都の有名な大寺院も大てい何度か火災に会つて再建されたものである。
かくて伝統とは季節の交代みたいなもので、今年の春は去年の春とおなじであり、去年の
秋は今年の秋とおなじである。

三島由紀夫「アメリカ人の日本神話」より

46 :名無しさん@また挑戦:2011/03/06(日) 15:22:20.24 ID:???
どの国も自分の国のことだけで一杯で、日本みたいに好奇心のさかんな国はどこにもない。
…なかんづく好奇心の皆無におどろかされるのはフランスで、あの唯我独尊の文化的優越感は
支那に似てゐる。


「古橋はすばらしいですね、僕たちとても古橋を尊敬しているんです」
私は源氏物語の日本を尊敬してゐるなんぞとどこかの国のインテリに云はれるより、
他ならぬギリシアの子供にかう云はれたことのはうをよほど嬉しく感じた。競技の優勝者を
尊敬した古代ギリシアの風習が、子供たちの心に残つてをり、しかもわが日本が、
(古代ギリシアには、水泳競技はなかつたと思はれるが)、古代ギリシアの競技会に
参加して、優勝者を出したやうな気がしたのである。かういふ端的なスポーツの勝利が、
いかに世界をおほつて、世界の子供たちの心を動かすかに、私は併せて羨望を禁じえなかつた。
事実、われわれの精神の仕事も、もし人より一センチ高く飛ぶとか、一秒速く走るか
とかいふ問題をバカにすれば、殆んどその存在理由を失ふであらう。

三島由紀夫「日本の株価――通じる日本語」より

47 :名無しさん@また挑戦:2011/03/06(日) 15:22:36.46 ID:???
同じアメリカぎらひでも、フランスのそれと日本のそれとの間には、大きな相違がある。
フランスのアメリカぎらひは、自分の下手な似顔を描いた絵描きに対する憎悪のやうなものである。


ニュースの功罪について、僕はいろいろと考へざるをえなかつた。どこの国でも知識階級は
疑り深くて、新聞に書いてあることを一から十まで信じはしない。信じるのは民衆である。
しかし或る非常の事態にいたると、知識階級の観念性よりも、民衆の直感のはうが、
ニュースを超えて、事態の真実を見抜いてしまふ。かれらは自分の生活の場に立つて、
蟻が洪水を予感するやうに、しづかに触角をうごめかして現実を測つてゐる。真実な
デマゴオグ(煽動者)といふものが、かうして起る。敗戦間近い日本に起つたやうな
あの民衆の本能的不信は、古代にもたびたび起つた。民衆のあひだにいつのまにか
歌はれはじめる童謡が、何らかの政治的変革の前兆と考へられたのには、理由がある。

三島由紀夫「遠視眼の旅人」より

48 :名無しさん@また挑戦:2011/03/06(日) 15:22:53.66 ID:???
映像はいつも映画作家の意志に屈服するとは限らぬことは、言葉がいつも小説家の意志に
屈服するとは限らぬと同じである。映像も言葉も、たえず作家を裏切る。


われわれの古典文学では、紅葉(もみぢ)や桜は、血潮や死のメタフォアである。
民族の深層意識に深くしみついたこのメタフォアは、生理的恐怖に美的形式を課する訓練を
数百年に亘つてつづけて来たので、歴史の変遷は、ただこの観念聯合の秤のどちらかに、
重みをかけることでバランスを保つてきた。戦争中のやうに多すぎる血潮や死の時代には、
人々の心は紅葉や桜に傾き、伝統的な美的形象で、直接の生理的恐怖を消化した。
今日のやうに泰平の時代には、秤が逆に傾いて、血潮や死自体に、観念的美的形象を
与へがちになるのは、当然なことである。かういふことは近代輸入品のヒューマニズムなどで
解決する問題ではない。

三島由紀夫「残酷美について」より

49 :名無しさん@また挑戦:2011/03/07(月) 13:15:04.78 ID:???
歌には残酷な抒情がひそんでゐることを、久しく人々は忘れてゐた。古典の桜や紅葉が、
血の比喩として使はれてゐることを忘れてゐた。月や雁や白雲や八重霞や、さういふものが
明白な肉感的世界の象徴であり、なまなましい肉の感動の代置であることを忘れてゐた。
ところで、言葉は、象徴の機能を通じて、互(かた)みに観念を交換し、互みに呼び合ふ
ものである。それならば血や肉感に属する残酷な言葉の使用は、失はれた抒情を、
やさしい桜や紅葉の抒情を逆に呼び戻す筈である。春日井氏の歌には、さういふ象徴言語の
復活がふんだんに見られるが、われわれはともあれ、少年の純潔な抒情が、かうした手続を
とつてしか現はれない時代に生きてゐる。

三島由紀夫「春日井建氏の『未青年』の序文」より


性と解放と牢獄との三つのパラドックスを総合するには芸術しかない。

三島由紀夫「恐ろしいほど明晰な伝記――澁澤龍彦著『サド侯爵の生涯』」より

50 :名無しさん@また挑戦:2011/03/07(月) 13:15:25.26 ID:???
肉といふものは、私には知性のはぢらひあるひは謙抑の表現のやうに思はれる。鋭い知性は、
鋭ければ鋭いほど、肉でその身を包まなければならないのだ。ゲーテの芸術はその模範的な
ものである。精神の羞恥心が肉を身にまとはせる。それこそ完全な美しい芸術の定義である。
羞恥心のない知性は、羞恥心のない肉体よりも一そう醜い。
ロダンの彫刻「考へる人」では、肉体の力と、精神の謙抑が、見事に一致してゐる。

三島由紀夫「ボディ・ビル哲学」より

51 :名無しさん@また挑戦:2011/03/07(月) 13:15:38.91 ID:???
生物は、いらいらの中で育ち、成長期に死に一等親近してゐるやうに感じ、さて、幸福感を
感じるときには、もう衰退の中にゐるのだ。


春といふ言葉は何と美しく、その実体は何とまとまりがなく不安定であらう。さうして
青春は思ひ出の中でのみ美しいとよく云ふけれど、少し記憶力のたしかな人間なら、
思ひ出の中の青春は大抵醜悪である。多分、春がこんなに人をいらいらさせるのは、
この季節があまりに真摯誠実で、アイロニイを欠いてゐるからであらう。あの春先の
まつ黄いろな突風に会ふたびに、私は、うるさい、まともすぎる誠実さから顔をそむけるやうに、
顔をそむけずにはゐられない。

三島由紀夫「春先の突風」より

52 :名無しさん@また挑戦:2011/03/07(月) 13:15:57.37 ID:???
青春といふものは明るいと思へば暗く、暗いと思へば明るく、自分がその渦中に在るあひだは
五里霧中でありながら、時経てかへりみると、村の教会の尖塔のやうにくつきりと日を受けて
輝やいてゐる。意味があると思へばあり、ないと思へばなく、生の激湍(げきたん)と
死の深淵とにふたつながら接し、野心と絶望を併せ蔵してゐる。ティボーデが、小説に
青年を書いて成功したものの少ないことを指摘してゐるのは、青春のかういふ特質に
よるのであらう。いはば深海魚が大気の中に引揚げられると変形されてしまふやうに、
青春の姿は、さういふ変形された形でしかとらへられぬものかもしれない。しかし青春も亦、
病気のやうに、一人一人がその中を生きるもので、いづれは治る病気ではあるけれど、
療法をあやまると、とりかへしのつかないことになる。

三島由紀夫「あとがき『青春をどう生きるか』」より

53 :名無しさん@また挑戦:2011/03/08(火) 15:51:13.43 ID:???
飛行機が美しく、自動車が美しいやうに、人体は美しい。女が美しければ、男も美しい。
しかしその美しさの性質がちがふのは、ひとへに機能がちがふからである。(中略)
機能に反したものが美しからう筈もなく、そこに残される手段は装飾美だけであるが、
文明社会では、男でも女でも、この機能美と装飾美の価値が巓倒してゐる。男の裸が
グロテスクなどといふ石原慎太郎の意見は、いかにも文明に毒された低級な俗見である。

三島由紀夫「機能と美」より


エロティシズムが本来、上はもつとも神聖なもの、下はもつとも卑賎なものまで、
自由につながつた生命の本質であることは、「古事記」を読めばよくわかることだが、
後世の儒教道徳が、その神聖なエロティシズムを忘れさせて、ただ卑賎なエロティシズムだけを、
日本人の心に与へつづけて来たのであつた。

三島由紀夫「バレエ『憂国』について」より

54 :名無しさん@また挑戦:2011/03/08(火) 15:51:29.06 ID:???
わが国中世の隠者文学や、西洋のアベラアルとエロイーズの精神愛などは肉体から精神への
いたましい堕落と思はれる。精神が肉体の純粋を模倣しようとしてゐる。宗教に於ては
「基督のまねび」それは愛においても肉体のまねびであつた。近代以後さらにその精神の
純粋すら失はれて今日見るやうな世界の悲劇のかずかずが眼前にある。

三島由紀夫「精神の不純」より


われわれが住んでゐる時代は政治が歴史を風化してゆくまれな時代である。


古代には運命が、中世には信仰が、近代には懐疑が、歴史の創造力として政治以前に存在した。
ところが今では、政治以前には何ものも存在せず、政治は自然力の代弁者であり、
したがつて人間は、食あたりで床について下痢ばかりしてゐる無力な患者のやうに、
しばらく(であることを祈るが)彼自身の責任を喪失してゐる。

三島由紀夫「天の接近――八月十五日に寄す」より

55 :名無しさん@また挑戦:2011/03/08(火) 15:51:49.57 ID:???
それがたとへどのやうな黄金時代であつても、その時代に住む人間は一様に、自分の
生きてゐる時代を「悪時代」と呼ぶ権利をもつてゐると私には考へられる。


あらゆる改革者には深い絶望がつきまとふ。しかし、改革者は絶望を言はないのである。
絶望は彼らの理想主義的情熱の根源的な力であるにもかかはらず、彼らの理想はその力の
根絶に向けられてゐるからである。


「絶望する者」のみが現代を全的に生きてゐる。絶望は彼らにとつて時代を全的に
生きようとする欲求であり、しかもこの絶望は生れながらに当然の前提として賦与へられた
ものではなく、偶発的なものである。なればこそかれらは「絶望」を口叫びつづける。
しかもこのやうな何ら必然性をもたない絶望が、彼らを在るが如く必然的に生きさせるのである。

三島由紀夫「美しき時代」より

56 :名無しさん@また挑戦:2011/03/08(火) 15:52:04.72 ID:???
人間の道徳とは、実に単純な問題、行為の二者択一の問題なのです。善悪や正不正は
選択後の問題にすぎません。道徳とはいつの場合も行為なんです。


自意識が強いから愛せないなんて子供じみた世迷ひ言で、愛さないから自意識がだぶついて
くるだけのことです。

三島由紀夫「一青年の道徳的判断」より


すぐれた芸術作品はすべて自然の一部をなし、新らしく創られた自然に他ならない。


地球上の人類は、全く未知の人同志が同じ瞬間に必ず息を引き取つてゐるといふ当然すぎるほど
当然な現象を、見て見ぬふりをしてをります。


運命的な愛こそは、人々の社会や国家や民族相互の愛の母胎をなし象徴をなすものである。

三島由紀夫「情死について――やゝ矯激な議論――」より

57 :名無しさん@また挑戦:2011/03/08(火) 20:03:32.50 ID:???
老夫妻の間の友情のやうなものは、友情のもつとも美しい芸術品である。


長い間続く親友同志の間には、必ず、外貌あるひは精神の、両性的対象がある。

三島由紀夫「女の友情について」より


文学に対する情熱は大抵春機発動期に生れてくるはしかのやうなものである。


われわれは人生を自分のものにしてしまふと、好奇心も恐怖もおどろきも喜びも忘れてしまふ。
思春期に於ては人生は夢みられる。われわれ生きることと夢みることと両方を同時に
やることができないのであるが、かういふ人間の不器用に思春期はまだ気づいてゐない。


思春期にある潔癖感は、多く自分を不潔だと考へることから生れてくる。かう考へることは
少年たちを安心させるが、それは自分がまだ人生から拒まれ排斥されてゐるといふ逆説的な
怠惰な安堵なのである。


思春期を殺してしまつた詩人といふものは考へられない。

三島由紀夫「文学に於ける春のめざめ」より

58 :名無しさん@また挑戦:2011/03/08(火) 20:04:07.25 ID:???
芸術はすべて何らかの意味で、その扱つてゐる素材に対する批評である。判断であり、
選択である。


文体をもたない批評は文体を批評する資格がなく、文体をもつた批評は(小林秀雄氏のやうに)
芸術作品になつてしまふ。


小説を総体として見るときに、批評家は読者の恣意の代表者として、それをどう解釈しようと
勝手であるが、技術を問題にしはじめたら最後、彼ははなはだ倫理的な問題をはなはだ
無道徳な立場で扱ふといふ宿命を避けがたい。


理解力は性格を分解させる。理解することは多くの場合不毛な結果をしか生まず、
愛は断じて理解ではない。


芸術家の才能には、理解力を滅殺する或る生理作用がたえず働いてゐる必要があるやうに思はれる。

三島由紀夫「批評家に小説がわかるか」より

59 :名無しさん@また挑戦:2011/03/08(火) 20:04:21.33 ID:???
人間は自分一人でゐるときでさへ、自分に対して気取りを忘れない。


男の虚栄心は、虚栄心がないやうに見せかけることである。


個性を超克するところにのみ生れる本当の美の領域では、虚栄心はほとんど用をなさない。
そこではただ献身だけが必要で、この美徳は芸術家と母性との共通点だ。

三島由紀夫「虚栄について」より


作家は末期の瞬間に自己自身になりきつた沈黙を味はふがために一生を語りつづけ喋りつづける。


安易に自己自身になりきれるかのやうな無数のわなからのがれるために、純粋な作家は
遠まはりを余儀なくされる。それも誰よりも遠い、一番遠い遠まはりを。――従つて
純粋な作家の方法論は、不純のかたまりでなければならぬ。さうでなければ、その純粋さは
贋ものである。一つの純粋さのために千の純粋さが犠牲にされねばならぬ。

三島由紀夫「極く短かい小説の効用」より

60 :名無しさん@また挑戦:2011/03/08(火) 20:04:55.65 ID:???
あらゆる芸術作品は完結されない美であるが、もし万一完結されるときそれは犯罪と
なるのである。 犯罪、殊に殺人のやうな行為には、創造のもつ本質的な超倫理性の醜さが
見られ、犯人は人間の登場すべからざる「事実」の領域へ足を踏み入れたことによつて
罰せられるのだ。だからあらゆる犯罪者の信条には、何かきはめて健康なものがある。

三島由紀夫「画家の犯罪――Pen, Pencil and Poison の再現」より


ヨーロッパの芸術家はもつと無邪気に「私は天才です」と吹聴してゐる。自我といふものは
ナイーヴでなければ意味をなさない。


日本の新劇から教壇臭、教訓臭、優等生臭、インテリ的肝つ玉の小ささ、さういふものが
完全に払拭されないと芝居が面白くならない。そのためにはもつと歌舞伎を見習ふが
よいのである。演劇とはスキャンダルだ。

三島由紀夫「戯曲を書きたがる小説書きのノート」より

61 :名無しさん@また挑戦:2011/03/08(火) 20:05:13.99 ID:???
真の技術といふものはそれ自身一つの感動なのである。


歌舞伎とは魑魅魍魎の世界である。その美は「まじもの」の美でなければならず、
その醜さには悪魔的な蠱惑がなければならない。

三島由紀夫「中村芝翫論」より


歌舞伎の近代化といふはたやすい。しかし浅墓な古典の近代的解釈にだまされるやうなお客は
却つて近代人ですらないのだ。そんなのはもう古い。イヤサ、古いわえ。


美は犠牲の上に成立ち、犠牲を踏まへた生活の必死の肯定によつて維持され育まれる。


類型的であることは、ある場合、個性的であることよりも強烈である。

三島由紀夫「歌舞伎評」より

62 :名無しさん@また挑戦:2011/03/09(水) 11:28:52.33 ID:???
「後悔せぬこと」――これはいかなる時代にも「最後の者」たる自覚をもつ人のみが
抱きうる決心である。

三島由紀夫「跋(坊城俊民著「末裔」)」より


「子供らしくない部分」を除いたら「子供らしさ」もまた存在しえない。


大人が真似ることのできるのはいはゆる「子供らしさ」だけであり、子供の中の
「子供らしくない部分」は決して大人には真似られない部分である。

三島由紀夫「師弟」より


大学新聞にはとにかく野生がほしい。野生なき理想主義は、知性なきニヒリズムより
数倍わるくて汚ならしい。

三島由紀夫「野生を持て――新聞に望む」より

63 :名無しさん@また挑戦:2011/03/09(水) 11:29:05.59 ID:???
「商業」それも大規模な商業には、人間の集団とその生活がもたらす深い暮色の香りが
たゞよつてゐるやうな気がします。人間が大勢あつまると暮色がたゞよふのです。


インダストリーといふ雰囲気にはどこかメランコリックなものがあるね。


詩情をよびおこすものは消費面より生産面のはうが多いのではないか。


僕はビルディングの窓々にともる灯火よりも、工場街の灯火のはうに、深い郷愁を
そそるものがあるのを感じます。…昼のサイレンよりも、工場の作業開始のサイレンのはうが、
何故かしら僕のあこがれる世界に近かつたのです。そこでは又しても暗いどよめきの彼方に、
汚れた河口や、並立つ煙突や、曇つた空や、それらの象徴する漠たる人工の苦悩が
聳(そび)え立つてくるのでした。

三島由紀夫「インダストリー――柏原君への手紙」より

64 :名無しさん@また挑戦:2011/03/09(水) 11:29:17.49 ID:???
偽悪者たることは易しく、反抗者たり否定者たることはむしろたやすいが、あらゆる
外面的内面的要求に飜弄されず、自身のもつとも蔑視するものに万全を尽くすことは、
人間として無意味なことではない。「最高の偽善者」とはさういふことであり、物事が
決して簡単につまらなくなつたりしてしまはない人のことである。


人間は自由を与へられれば与へられるほど幸福になるとは限らない。

三島由紀夫「最高の偽善者として――皇太子殿下への手紙」より


理想は狂熱に、合理主義は打算に、食慾はお腹下しに、真面目は頑迷に、遊び好きは自堕落に、
意地悪はヒステリーに紙一重の美徳でありますから、その紙一重を破らぬためには、
やはり清潔な秩序の精神が、まばゆいほど真白なエプロンが、いつもあなたがたの生活の
シンボルであつてほしいと思ひます。

三島由紀夫「女学生よ白いエプロンの如くあれ」より

65 :名無しさん@また挑戦:2011/03/09(水) 11:29:31.00 ID:???
作家はどんな環境とも偶然にぶつかるものではない。

三島由紀夫「面識のない大岡昇平氏」より


理想主義者はきまつてはにかみやだ。

三島由紀夫「武田泰淳の近作」より


小説のヒーローまたはヒロインは、必然的に作者自身またはその反映なのである。

三島由紀夫「世界のどこかの隅に――私の描きたい女性」より


これつぽつちの空想も叶へられない日本にゐて、「先生」なんかになりたくなし。

三島由紀夫「作家の日記」より


私の詩に伏字が入る! 何といふ光栄だらう。何といふ素晴らしい幸運だらう。

三島由紀夫「伏字」より


小説家には自分の気のつかない悪癖が一つぐらゐなければならぬ。気がついてゐては、
それは悪でも背徳でもなく、何か八百長の悪業、却つてうすぼんやりした善行に近づいてしまふ。

三島由紀夫「ジイドの『背徳者』」より

66 :名無しさん@また挑戦:2011/03/09(水) 11:29:43.19 ID:???
簡潔とは十語を削つて五語にすることではない。いざといふ場合の収斂作用をつねに
忘れない平静な日常が、散文の簡潔さであらう。

三島由紀夫「『元帥』について」より


伝説や神話では、説話が個人によつて導かれるよりも、むしろ説話が個人を導くのであつて、
もともとその個人は説話の主題の体現にふさはしい資格において選ばれてゐるのである。

三島由紀夫「檀一雄の悲哀」より


物語は古典となるにしたがつて、夢みられた人生の原型になり、また、人生よりももつと
確実な生の原型になるのである。

三島由紀夫「源氏物語紀行――『舟橋源氏』のことなど」より


趣味はある場合は必要不可欠のものである。しかし必要と情熱とは同じものではない。
私の酒が趣味の域にとどまつてゐる所以であらう。

三島由紀夫「趣味的の酒」より


衒気(げんき)のなかでいちばんいやなものが無智を衒(てら)ふことだ。

三島由紀夫「戦後観客的随想――『ああ荒野』について」より

67 :名無しさん@また挑戦:2011/03/09(水) 13:04:02.24 ID:???
われわれが孤独だといふ前提は何の意味もない。生れるときも一人であり、死ぬときも
一人だといふ前提は、宗教が利用するのを常とする原始的な恐怖しか惹き起さない。
ところがわれわれの生は本質的に孤独の前提をもたないのである。誕生と死の間に
はさまれる生は、かかる存在論的な孤独とは別箇のものである。

三島由紀夫「『異邦人』――カミュ作」より


君の考へが僕の考へに似てゐるから握手しようといふほど愚劣なことはない。それは
野合といふものである。われわれの考へは偶発的に、あるひは偶然の合致によつて
似、一致するのではなく、また、体系の諸部分の類似性によつて似るのではない。
われわれの考へは似るべくして似る。それは何ら連帯ではなく、共同の主義及至は理想でもない。

三島由紀夫「新古典派」より

68 :名無しさん@また挑戦:2011/03/09(水) 13:04:15.20 ID:???
左翼の人は「ファッシスト」と呼ぶことを最大の悪口だと思つてゐるから、これは
世間一般の言葉に飜訳すれば「大馬鹿野郎」とか「へうろく玉」程度の意味であらう。


ファッシズムの発生はヨーロッパの十九世紀後半から今世紀初頭にかけての精神状況と
切り離せぬ関係を持つてゐる。そしてファッシズムの指導者自体がまぎれもない
ニヒリストであつた。日本の右翼の楽天主義と、ファッシズムほど程遠いものはない。


暴力と残酷さは人間に普遍的である。それは正に、人間の直下に棲息してゐる。今日店頭で
売られてゐる雑誌に、縄で縛られて苦しむ女の写真が氾濫してゐるのを見れば、いかに
いたるところにサーディストが充満し、そしらぬ顔でコーヒーを呑んだり、パチンコに
興じたりしてゐるかがわかるだらう。

三島由紀夫「新ファッシズム論」より

69 :名無しさん@また挑戦:2011/03/09(水) 13:04:30.48 ID:???
文学とは、青年らしくない卑怯な仕業だ、といふ意識が、いつも私の心の片隅にあつた。
本当の青年だつたら、矛盾と不正に誠実に激昂して、殺されるか、自殺するか、すべきなのだ。


青年だけがおのれの個性の劇を誠実に演じることができる。


芸術家にとつて本当に重要な時期は、少年期、それよりもさらに、幼年期であらう。


肉体の若さと精神の若さとが、或る種の植物の花と葉のやうに、決して同時にあらはれない
ものだと考へる私は、青年における精神を、形成過程に在るものとして以外は、高く
評価しないのである。肉体が衰へなくては、本当の青年は生れて来ないのだ。私はもつぱら
「知的青春」なるものにうつつを抜かしてゐる青年に抱く嫌悪はここから生じる。

三島由紀夫「空白の役割」より

70 :名無しさん@また挑戦:2011/03/09(水) 13:04:53.49 ID:???
今日の時代では、青年の役割はすでに死に絶え、青年の世界は廃滅し、しかも古代希臘のやうに、
老年の智恵に青年が静かに耳傾けるやうな時代も、再びやつて来ない。孤独が今日の青年の
置かれた状況であつて、青年の役割はそこにしかない。それに誠実に直面して、そこから
何ものかを掘り出して来ること以外にはない。


青年のためにだけ在り、青年に本当にふさはしい世界は、行動の世界しかない。

三島由紀夫「空白の役割」


若い女性の「芸術」かぶれには、いかにもユーモアがなく、何が困るといつて、昔の長唄や
お茶の稽古事のやうな稽古事の謙虚さを失くして、ただむやみに飛んだり跳ねたりすれば、
それが芸術だと思ひこんでゐるらしいことである。芸術とは忍耐の要る退屈な稽古事なのだ。
そしてそれ以外に、芸術への道はないのである。

三島由紀夫「芸術ばやり――風俗時評」より

71 :名無しさん@また挑戦:2011/03/09(水) 20:32:28.24 ID:???
文士などといふ人種ほど、我慢ならぬものはない。ああいふ虫ケラどもが、愚にもつかぬ
ヨタ話を書きちらし、一方では軟派が安逸奢侈の生活を勤め、一方では左翼文士が斜視的
社会観を養つて、日本再建をマイナスすることばかり狂奔してゐる。


若造の純文学文士がしきりに呼号する「時代の不安」だの、「実存」(こんな日本語が
あるものか)だの、「カソリシズムかコミュニズムか」だの、青年を迷はすバカバカしい
お題目は、私にいはせれば悉く文士の不健康な生活の生んだ妄想だと思はれるのである。

三島由紀夫「蔵相就任の思ひ出――ボクは大蔵大臣」より


中年や老人の奇癖は滑稽で時には風趣もあるが、未熟な青年の奇癖といふものは、醜く、
わざとらしくなりがちだ。

三島由紀夫「あとがき(『若人よ蘇れ』)」より

72 :名無しさん@また挑戦:2011/03/09(水) 20:32:56.77 ID:???
この世で最も怖ろしい孤独は、道徳的孤独であるやうに私には思はれる。


良心といふ言葉は、あいまいな用語である。もしくは人為的な用語である。良心以前に、
人の心を苛むものがどこかにあるのだ。

三島由紀夫「道徳と孤独」より


文化の本当の肉体的浸透力とは、表現不可能の領域をしてすら、おのづから表現の形態を
とるにいたらしめる、さういふ力なのだ。世界を裏返しにしてみせ、所与の存在が、
ことごとく表現力を以て歩む出すことなのだ。爛熟した文化は、知性の化物を生むだけではない。
それは野獣をも生むのである。

三島由紀夫「ジャン・ジュネ」より


その苦悩によつて惚れられる小説家は数多いが、その青春によつて惚れられる小説家は稀有である。

三島由紀夫「『ラディゲ全集』について」より

73 :名無しさん@また挑戦:2011/03/09(水) 20:33:20.85 ID:???
私は自分の顔をさう好きではない。しかし大きらひだと云つては嘘になる。自分の顔を
大きらひだといふ奴は、よほど己惚れのつよい奴だ。自分の顔と折合いをつけながら、
だんだんに年をとつてゆくのは賢明な方法である。
六千か七十になれば、いい顔だと云つてくれる人も現はれるだらう。

三島由紀夫「私の顔」


恥多き思ひ出は、またたのしい思ひ出でもある。

三島由紀夫「『恥』」より


映画には青少年に与へる悪影響も数々あらうが、映画は映画なりのカタルシスの作用を
持つてゐる。それが無害なものであるためには、できるだけ空想的であることがのぞましく、
大人の中にもあり子供の中にもある冒険慾が、何の遠慮もなく充たされるやうな荒唐無稽な
環境がなければならない。


私のいちばん嫌ひな映画といへば、それはいふまでもなく、あのホーム・ドラマといふ代物である。

三島由紀夫「荒唐無稽」より

74 :名無しさん@また挑戦:2011/03/09(水) 20:33:43.43 ID:???
われわれが、お互ひにどんなに共感し共鳴しようと、相手の顔はわれわれの精神の外側に
あり、われわれ自身の顔はといふと、共感した精神のなかに没してしまつて、あたかも
存在しないかのやうであり、そこでこれに反して相手の顔は、いかにも存在を堂々と
主張してゐる不公平なものに思はれる。相手の顔に対する、われわれの要請は果てしれない。
だが、要するに、私は顔といふものを信じる。明晰さを愛する人間は、顔を、肉体を、
目に見えるままの素面を信じることに落ちつくものだ。といふのも、最後の謎、最後の
神秘は、そこにしかないからだ。

三島由紀夫「福田恆存氏の顔」より

75 :名無しさん@また挑戦:2011/03/09(水) 20:33:56.13 ID:???
知的なものと感性的なもの、ニイチェの言つてゐるアポロン的なものとディオニソス的な
もののどちらを欠いても理想的な芸術ではない。


芸術の根本にあるものは、人を普通の市民生活における健全な思考から目覚めさせて、
ギョッとさせるといふことにかかつてゐる。


ちやうどギリシャのアドニスの祭のやうに、あらゆる穫入れの儀式がアドニスの死から
生れてくるやうに、芸術といふものは一度死を通つたよみがへりの形でしか生命を
把握することができないのではないかといふ感じがする。さういふ点では文学も古代の
秘儀のやうなものである。収穫の祝には必ず死と破滅のにほひがする。しかし死と破滅も
そのままでは置かれず、必ず春のよみがへりを予感してゐる。

三島由紀夫「わが魅せられたるもの」より

76 :名無しさん@また挑戦:2011/03/09(水) 20:37:48.05 ID:???
立派な芸術は積木に似た構造を持ち、積木を積みあげていくやうなバランスをもつて
組立てられてゐるけれども、それを作るときの作者の気持は、最後のひとつの木片を
積み重ねるとたんにその積木細工は壊れてしまふ、さういふところまで組立てていかなければ
満足しない。積木が完全なバランスを保つところで積木をやめるやうな作者は、私は
芸術家ぢやないと思はれる。


最後の一片を加へることによつてみすみす積木が崩れることがわかつてゐながら、最後の
木片をつけ加へる。そして積木はガラガラと崩れてしまふのであるが、さういふふうな
積木細工が芸術の建築術だと私は思ふ。

三島由紀夫「わが魅せられたるもの」より

77 :名無しさん@また挑戦:2011/03/09(水) 20:38:06.80 ID:???
この世界には美しくないものは一つもないのである。何らかの見地が、偏見ですら、
美を作り、その美が多くの眷族(けんぞく)を生み、類縁関係を形づくる。


幻想が素朴なリアリズムの足枷をはめられたままで思ふままにのさばると、かくも美に
背致したものが生れる。

三島由紀夫「美に逆らふもの」より


男性の色情が、いつも何らかの節片淫乱症(フェティシズム)にとらはれてゐるとすれば、
色情はつねに部分にかかはり、女体の「全体」の美を逸する。つまり、いかなる意味でも
「全体」を表現してゐるものは、色情を浄化して、その所有慾を放棄させ、公共的な美に
近づけるのである。


動物的であるとはまじめであることだ。笑ひを知らないことだ。一つのきはめて人工的な
環境に置かれて、女たちははじめて、自分たちの肉体が、ある不動のポーズを強ひられれば
強ひられるほど、生まじめな動物の美を開顕することを知らされる。それから突然、
彼女たちの肉体に、ある優雅が備はりはじめる。

三島由紀夫「篠山紀信論」より

78 :名無しさん@また挑戦:2011/03/09(水) 20:38:23.17 ID:???
日本ではいまだに啓蒙的なインテリゲンチアが、古い日本は悪であり、アジア的なものは
後退的であると思ひ込んでゐるのは、実に簡単な理由、日本人に植民地の経験がないからである。
又、進歩主義者の民族主義が、目前の政治的事象への反撥以外に、民衆に深い共感を
与へないのも、日本人に植民地の経験がないからである。この民族主義は東南アジアでは
怖るべき力になる。


資本主義国、社会主義国いづれを問はず、結局めざましい成功を収めた経済現象の背後には、
必ず政策の成功があり、政策の基礎には民族的エネルギーに富んだ「国民的生産力」が存在する。

三島由紀夫「亀は兎に追ひつくか?――いはゆる後退国の諸問題」より


今日、伝統といふ言葉は、ほとんど一種のスキャンダルに化した。


どんな時代が来ようと、己れを高く持するといふことは、気持のよいことである。

三島由紀夫「藤島泰輔『孤独の人』序」より

79 :名無しさん@また挑戦:2011/03/09(水) 20:38:36.80 ID:???
風俗といふやつは、仮名遣ひなどと同様、むやみに改めぬがよろしい。

三島由紀夫「きのふけふ 羽田広場」より


母親に母の日を忘れさすこと、これ親孝行の最たるものといへようか。

三島由紀夫「きのふけふ 母の日」より


現実はいつも矛盾してゐるのだし、となりのラジオがやかましいと非難しながら、やはり
家にだつてラジオの一台は必要だといふことはありうる。

三島由紀夫「きのふける 両岸主義」より


日本はここでアジア後進国にならつて、もう少し威厳とものわかりのわるさを発揮
できないものであらうか。ものわかりのよすぎる日本人はもう沢山。

三島由紀夫「きのふけふ 威厳」より


大衆に迎合して、大衆のコムプレックスに触れぬやうにビクビクして作られた喜劇などは、
喜劇の部類に入らぬ。

三島由紀夫「八月十五夜の茶屋」より


怖くて固苦しい先生ほど、後年になつて懐かしく、いやに甘くて学生におもねるやうな先生ほど、
早く印象が薄れるのは、教育といふものの奇妙な逆説であらう。

三島由紀夫「ドイツ語の思ひ出」より

80 :名無しさん@また挑戦:2011/03/09(水) 20:39:20.32 ID:???
作家にとつての文体は、作家のザインを現はすものではなく、常にゾルレンを現はすものだ。


一つの作品において、作家が採用してゐる文体が、ただ彼のザインの表示であるならば、
それは彼の感性と肉体を表現するだけであつて、いかに個性的に見えようともそれは
文体とはいへない。

三島由紀夫「自己改造の試み――重い文体と鴎外への傾倒」より


はじめからをはりまで主人公が喜び通しの長編小説などといふものは、気違ひでなければ書けない。

三島由紀夫「文字通り“欣快”」より


画家と同様、作家にも純然たる模写時代模倣時代、があつてよいので、どうせ模倣するなら
外国の一流の作家の模倣と一ト目でわかるやうな、無邪気な、エネルギッシュな失敗作が
ズラリと並んでゐてほしい。


運動の基本や練習の要領については、先輩の忠告が何より実になる筈だが、文学だつて、
少なくとも初歩的な段階では、スポーツと同じ激しい日々の訓練を経なければものに
ならないのである。

三島由紀夫「学習院大学の文学」より

81 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 10:22:25.94 ID:???
芸術とは物言はぬものをして物言はしめる腹話術に他ならぬ。この意味でまた、芸術とは
比喩であるのである。物言はんとして物言ひうるものは物言はしておけばよい。


作品を読むことによつてその内容が読者の内的経験に加はるやうに、一人の女の肉体を
知ることはまた一瞬の裡にその女の生涯を夢みその女の運命を生きることでもある。

三島由紀夫「川端康成論の一方法――『作品』」より


神を持つ人種と、神を持たぬ人種との間に横たはる深淵は、芸術を以てしては越えられぬ。
それを越えうるものは信仰だけである。

三島由紀夫「小説的色彩論――遠藤周作『白い人・黄色い人』」より


芸術家が芸術と生活をキチンと仕分けることは、想像以上の難事である。芸術家は、
その生活までも芸術に引つぱりこまれる危険にいつも直面してゐる。

三島由紀夫「谷桃子さんのこと」より


人間は好奇心だけで、人間を見に行くことだつてある。

三島由紀夫「奥野健男著『太宰治論』評」より

82 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 10:22:41.46 ID:???
歴史の欠点は、起つたことは書いてあるが、起らなかつたことは書いてないことである。
そこにもろもろの小説家、劇作家、詩人など、インチキな手合のつけ込むスキがあるのだ。

三島由紀夫「『鹿鳴館』について」より


オルフェは誰であつてもよい。ただ彼は詩に恋すればいいのだ。日本語では妙なことに
詩と死は同じ仮名である。

三島由紀夫「元禄版『オルフェ』について」より


恋が障碍によつてますます募るものなら、老年こそ最大の障碍である筈だが、そもそも
恋は青春の感情と考へられてゐるのであるから、老人の恋とは、恋の逆説である。

三島由紀夫「作者の言葉(『綾の鼓』)」より


かういふ箇所(自然描写)で長所を見せる堀氏は、氏自身の志向してゐたフランス近代の
心理作家よりも、北欧の、たとへばヤコブセンのやうな作家に近づいてゐる。人は自ら
似せようと思ふものには、なかなか似ないものである。

三島由紀夫「現代小説は古典たり得るか 『菜穂子』修正意見」より

83 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 10:23:26.18 ID:???
世の中には完全に誤解されてゐながら、絶対に誤解されてゐないといふふうに世間に
思はれてゐる人もたくさんゐる。


人間は精神だけがあるのではなくて、肉体がなぜあるのかといふと、神様が人間はなかば
シャイネン(ふりをする)の存在だとしてゐるといふことを暗示してゐると思ふ。
ザイン(存在)だけのものになつたら、シャイネンがほんたうに要らない人間になる。
それならもう社会生活も放棄し、人間生活も放棄したはうがいい。どんなに誠実さうな
人間でも、シャイネンの世界に生きてゐる。だから僕が一番嫌ひなのは、芸術家らしく
見えるといふことだ。芸術家といふものは、本来シャイネンの世界の人間ぢやないのだから。
芸術家らしいシャイネンといふものは意味がない。それは贋物の芸術家にきまつてゐる。
芸術家らしいシャイネンといへば、頭髪を肩まで伸ばして、コール天の背広を着て
歩いてゐるといふのだらうが、そんなのは贋物の絵描きにきまつてゐる。

三島由紀夫「作家と結婚」より

84 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 10:23:44.19 ID:???
花柳界ではいまだに奇妙な迷信がある。不景気のときは黄色の着物がはやり、また矢羽根の
着物がはやりだすと戦争が近づいてゐるといふことがいはれてゐる。…かうした慣習や迷信は、
女性が無意識に流行に従ひ、無意識に美しい着物を着るときに、無意識のうちに同時に
時代の隠れた動向を体現しようとしてゐることを示すものである。女の人の髪形や、
洋服の形の変遷も馬鹿にはできない。そこには時代精神の、ある隠された要求が動いて
ゐるかもしれないのである。

三島由紀夫「私の見た日本の小社会」より


知的なものは、たえず対極的なものに身をさらしてゐないと衰弱する。自己を具体化し
肉化する力を失ふのである。

三島由紀夫「ボクシングと小説」より


知己は意外なところに居るものであります。

三島由紀夫「私の商売道具」より


退屈な人間は狂人に似てゐる。

三島由紀夫「大岡昇平著『作家の日記』」より

85 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 10:24:21.57 ID:???
ゲエテがかつて「東洋に憧れるとはいかに西欧的なことであらう」と申しましたが、
これを逆に申しますと「西欧に憧れるとはいかに東洋的なことであらう」ともいへるのです。


他への関心、他の文化、他の芸術への関心を含めて、他者への関心ほど人間を永久に
若々しくさせるものはありません。

三島由紀夫「日本文壇の現状と西洋文学との関係――ミシガン大学における講演」より

86 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 10:28:26.37 ID:???
無神論も、徹底すれば徹底するほど、唯一神信仰の裏返しにすぎぬ。無気力も、徹底すれば
徹底するほど、情熱の裏返しにすぎぬ。近ごろはやりの反小説も、小説の裏返しにすぎぬ。


たとへば情熱、たとへば理想、たとへば知性、……何でもかまはないが、人間によつて
価値づけられたもののかういふ体系を、誰も抜け出すことができない。逆を行けば
裏返しになるだけのことだ。

三島由紀夫「川端康成再説」より


現実といふものは、いろんな面を持つてゐる。火口を眺め下ろした富士の像は、現実暴露
かもしれないが、麓から仰いだ秀麗な富士の姿も、あくまで現実の一面であり一部である。
夢や理想や美や楽天主義も、やはり現実の一面であり一部であるのだ。


古代ギリシャ人は、小さな国に住み、バランスある思考を持ち、真の現実主義をわがものに
してゐた。われわれは厖大な大国よりも、発狂しやすくない素質を持つてゐることを、
感謝しなければならない。世界の静かな中心であれ。

三島由紀夫「世界の静かな中心であれ」より

87 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 10:28:42.95 ID:???
サドの文学はヒューマニズムで擁護される性質のものではない。また、芸術的見地から
弁護される性質のものではない。サドはこの世のあらゆる芸術の極北に位し、芸術による
芸術の克服であり、その筆はとつくに文学の領域を踏み越えてしまつてゐた。時代を経て
徐々にその毒素を失ふのが、あらゆる芸術作品の通例だが、サドほど、何百年を経ても
その毒素を失はない作家はなからう。それはあらゆる政治形態にとつての敵であり、
サドを容認する政府は、人間性を全的に容認する政府であつて、そんなものは政府の
埒外に在るから、政府は一日も存続しまい。つまりサドは芸術のみならず、政治に対しても、
政治による政治の克服、政治が政治を踏み越えることを要求せずにゐないのだ。

三島由紀夫「受難のサド」より


胃痛のときにはじめて胃の存在が意識されると同様に、政治なんてものは、立派に動いて
ゐれば、存在を意識されるはずのものではなく、まして食卓の話題なんかになるべき
ものではない。政治家がちやんと政治をしてゐれば、カヂ屋はちやんとカヂ屋の仕事に
専念してゐられるのである。

三島由紀夫「一つの政治的意見」より

88 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 10:29:20.87 ID:???
主知主義の能力の限界は、人間が生の非連続性に耐へ得る能力の限界である。この限界を
究めようとする実験は、主知主義の側から、しばしば、且つ大規模に試みられたが、
ゆきつくところは、個人的な倫理の確立といふところに落ちつかざるをえない。

三島由紀夫「『エロチシズム』――ジョルジュ・バタイユ著 室淳介訳」より


実業人と文士のちがふところは、実業人は現実に徹しなければならないのだが、小説家は
この世の現実のほかのもう一つの現実を信じなければならぬといふことにあるのだらう。
そのもう一つの現実をどうやつて作り出すかといふと、その原料になるものは、やはり
少年時代の甘美な「文学へのあこがれ」しかない。その原料自体は、お粗末で無力な
ものであるが、それを精錬し、鍛へ、徐々に厚く鞏固に織り成して、はじめはフハフハした
靄にすぎぬものから、鉄も及ばぬ強靭な織物を作り出さねばならない。「人生は夢で
織られてゐる」とシェークスピアも言ふ。
その夢の原料は、やはり少年時代に、
つまりはあの汚ない、埃だらけの文芸部室にあつたと思ふのである。

三島由紀夫「夢の原料」より

89 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 10:29:47.99 ID:???
作家の思想は哲学者の思想とちがつて、皮膚の下、肉の裡、血液の流れの中に流れなければ
ならない。


あるとき野球部に入つてゐる友だちが、肺浸潤の診断をうけて学校を休みだす直前、
かへりの電車の中で、突然私にかうきいた。
「君は sterben(死)する覚悟はあるかい?」
私は目の前が暗くなるやうな気がし、人生がひとつもはじまつてゐないのに、今死ぬのは
たまらない、といふ感じが痛切にした。
それから半年ほどのちその友だちは死んだ。(中略)
「君は sterben する覚悟はあるかい?」
といふ死んだ友人の言葉が又ひびいて来る。さうまともにきかれると、覚悟はないと
答へる他はないが、死の観念はやはり私の仕事のもつとも甘美な母である。

三島由紀夫「十八歳と三十四歳の肖像画」より

90 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 10:30:26.53 ID:???
簡素、単純、素朴の領域なら、西洋が逆立ちしたつて、東洋にかなふわけはないのである。

三島由紀夫「オウナーの弁――三島由紀夫邸のもめごと」より


私は球戯一般を好まない。直接に打つたりたたいたり、ぢかな手ごたへのあるものでないと
興がわかない。見るスポーツもさうである。芸術にしろスポーツにしろ、社会の一般的に
許容しないところのものが、芸術でありスポーツであるが故に許される、といふのが
私の興味の焦点だ。

三島由紀夫「余暇善用――楽しみとしての精神主義」より


犬が人間にかみつくのではニュースにならない。人間が犬にかみつけばニュースになる。
ぼくら小説家は、いつも犬が人間にかみつくことに、かみついてゐるわけだ。


映画俳優は極度にオブジェである。


映画の匂ひをかいだり、少しでもその世界に足をふみ入れた人間には、なにか毒がある。

三島由紀夫「ぼくはオブジェになりたい」より


舞台の夜空に描きこまれたキラキラする金絵具の星のやうな、安つぽいロマンスこそ
女の心を永久に惹きつけるものだ。

三島由紀夫「『からっ風野郎』の情婦論」より

91 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 10:34:06.80 ID:???
作家あるひは詩人は、現代的状況について、それを分析するよりも、一つの象徴的構図の下に
理解することが多い。それは多少夢の体験にも似てゐる。ところで犯罪者もこれに似て、
かれらも作家に似た象徴的構図を心に抱き、あるひはそのオブセッションに悩まされてゐる。
ただ作家とちがふところは、かれらは、ある日突然、自分の中の象徴的構図を、何らの
媒体なしに、現実の裡に実現してしまふのである。自分でもその意味を知ることなしに。

三島由紀夫「魔――現代的状況の象徴的構図」より


決して人に欺されないことを信条にする自尊心は、十重二十重の垣を身のまはりにめぐらす。


目がいつもよく利きすぎて物事に醒めてゐる人の座興や諧謔といふものは、ふつうでは
厭味なものだ。

三島由紀夫「友情と考証」より


作家にとつて、栄光といふものは、奇妙な疥癬(かいせん)みたいなもので、その痒みは
一種の快感であり、それをかくことは一種の快楽にほかならないが、それは仕方なしに
くつついて来たものにすぎない。

三島由紀夫「川端康成氏と文化勲章」より

92 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 10:34:32.09 ID:???
人間は、自分のこととなれば、自分が実在するかどうかは大問題であつて、もし実在しない
といふ結論が出れば大変なことになるが、他人のこととなると、他人の実在如何は大して
気にかけないといふ性質がある。


われわれはめつたに会つたことのない遠い親戚なんかよりも、好きな小説の主人公のはうに
はるかに実在感を持つてゐる。

三島由紀夫「映画『潮騒』の想ひ出」より


青年の冒険を、人格的表徴とくつつけて考へる誤解ほど、ばかばかしいものはない。

三島由紀夫「堀江青年について」より


日本の芸能界では、憎まれたら最後、せつかくもつてゐる能力も発揮できなくなるおそれがある。

三島由紀夫「現代女優論――越路吹雪」より


一度自分の味はつた陶酔を人に伝へようとする努力は、奇妙に生理に逆行する。意気沮喪
するやうな努力である。

三島由紀夫「『花影』と『恋人たちの森』」より

93 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 10:34:47.21 ID:???
処女作とは、文学と人生の両方にいちばん深く足をつつこんでゐる。だから、それを
書いたあとの感想は、人生的感想によく似て来るのです。

三島由紀夫「『未青年』出版記念会祝辞」より


どんな芸術でも、根本には危機の意識があることは疑ひを容れまい。原始芸術にはこの危機が、
自然に対する畏怖の形でなまなましく現はれてゐたり、あるひはその反対に、自然を
呪伏するための極端な様式化になつて現はれてゐたりする。

三島由紀夫「危機の舞踊」より


青春が誤解の時期であるならば、自分の天性に反した文学的観念にあざむかれるほど、
典型的な青春はあるまい。またその荒廃の過程ほど典型的な荒廃はあるまい。しかも
そのあざむかれた自分を、一つの個性として全的に是認すること。……これは佐藤氏より
小さな規模で、今日われわれの周囲にくりかへされてゐる。

三島由紀夫「青春の荒廃――中村光夫『佐藤春夫論』」より


近代ヒューマニズムを完全に克服する最初の文学はSFではないか。

三島由紀夫「一S・Fファンのわがままな希望」より

94 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 10:35:14.17 ID:???
嘘八百の裏側にきらめく真実もある。

三島由紀夫「『黒蜥蜴』について」より


二流のはうが官能的魅力にすぐれてゐる。

三島由紀夫「ギュスターヴ・モロオの『雅歌』――わが愛する女性像」より


人がやつてくれないなら、自分がやらねばならぬ。

三島由紀夫「ジャン・コクトオの遺言劇――映画『オルフェの遺言』」より


お客を怒らすことは必要だがナメることは禁物だ、といふのが、すべてのショウ・ビジネス
(古典から前衛にいたる)の鉄則だらう。

三島由紀夫「Four Rooms」より


顔と肉体は、俳優の宿命である。いつも思ふことだが、俳優といふものは、宿命を外側に
持つてゐる。一般人もある程度さうだが、文士などの場合は、その程度は殊に薄くて、
彼ははつきり宿命を内側に持つてゐる。これは職業の差などといふよりは、人間の
在り方の差で、宿命を外側に持つ人間と、内側に持つ人間との、両極端の代表的存在が、
俳優と文士といふものだらうと思はれる。


本当の芸の境地は、競争や戦ひの向うにある。

三島由紀夫「若尾文子讃」より

95 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 10:35:27.90 ID:???
男らしさとは、対女性的観念ではなく、あくまで自律的な観念であつて、ここで
考へられてゐる男とは、何か青空へ向つて直立した孤独な男根のごときものである。
男らしさを企図する人間には、必ずファリック・ナルシシズムがある。


「男らしさ」といふことの価値には、一種の露出症的なものがあり、他人の賞賛が
必要なのである。


真に独創的な英雄といふものは存在しない。


あと何百万年たつても、女が男にかなはないものが二つある。それは筋肉と知性である。

三島由紀夫「私の中の“男らしさ”の告白」より


私の文学の母胎は、偉さうな西欧近代文学なんぞではなくて、もしかすると幼時に耽溺した
童話集なのかもしれない。目下SFに凝つてゐるのも、推理小説などとちがつて、それは
大人の童話だからだ。

三島由紀夫「こども部屋の三島由紀夫――ジャックと豆の木の壁画の下で」より

96 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 10:38:29.73 ID:???
文学の勉強といふのは、とにかく古典を読むことに尽きるので、自国の古典に親しんだのち、
この世界文学の古典に親しめば、鬼に金棒である。


古典の面白さを一度味はつたら、現代文学なんかをかしくて読みなくなる危険がある。

三島由紀夫「小説家志望の少年に(『世界古典文学全集』推薦文)」


古典文学に親しむ機会の少なかつたことが、大正以後の日本文学にとつて、どれだけ
マイナスになつてゐるか。又、大正以後の知識人の思考の浅薄をどれだけ助長したかは、
今日、日ましに明らかになりつつある事実である。

三島由紀夫「時宜を得た大事業(『日本古典文学大系 第二期』推薦文)」より


文学だらうと、何だらうと、簡明が美徳でないやうな世界など、犬に食はれてしまふがいい。


文学が人の心を動かす度合は、享受者の些末な窄い関心事をのりこえて、文学独特の世界へ
引きずりこむだけの力を備へてゐるかどうかによつて測られる。

三島由紀夫「胸のすく林房雄氏の文芸時評」より

97 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 10:38:48.03 ID:???
旅では、誰も知るやうに、思ひがけない喜びといふものは、思ひがけない蹉跌に比べると、
ほぼ百分の一、千分の一ぐらゐの比率でしか、存在しないものである。


私はいつも人間よりも風景に感動する。小説家としては困つたことかもしれないが、
人間は抽象化される要素を持つてゐるものとして私の目に映り、主としてその問題性によつて
私を惹きつけるのに、風景には何か黙つた肉体のやうなものがあつて、頑固に抽象化を
拒否してゐるやうに思はれる。自然描写は実に退屈で、かなり時代おくれの技法であるが、
私の小説ではいつも重要な部分を占めてゐる。


小説の制作の過程では、細部が、それまで眠つてゐた或る大きなものを目ざめさせ、
それ以後の構成の変更を迫ることが往々にして起る。したがつて、構成を最初に立てることは、
一種の気休めにすぎない。

三島由紀夫「わが創作方法」より

98 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 10:39:02.80 ID:???
人のよい読者は、作家によつて書かれた小説作法といふものを、小説書き初心者のための
親切な入門書と思つて読むだらうが、それは概して、たいへんなまちがひである。
作家は他の現代作家の方法意識の欠如、甘つちよろさ、無知、増上慢、などに対する
限りない軽蔑から、自分の小説作法を書くであらう。

三島由紀夫「爽快な知的腕力――大岡昇平『現代小説作法』」より


自分に関するおしやべりが人を男らしくするといふことは、至難の業である。

三島由紀夫「アメリカ版大私小説―N・メイラー作 山西英一訳『ぼく自身のための広告』」より


いささかの誤解も生まないやうな芸術は、はじめから二流品である。


われわれは美の縁(へり)のところで賢明に立ちどまること以外に、美を保ち、それから
受ける快楽を保つ方法を知らないのである。

三島由紀夫「川端康成読本序説」より

99 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 10:39:25.31 ID:???
大体、時代といふものは、自分のすぐ前の時代には敵意を抱き、もう一つ前の時代には
親しみを抱く傾きがある。

三島由紀夫「明治と官僚」より


日本人は、改革の情熱よりも、復興の情熱に適してゐるところがある。

三島由紀夫「幸せな革命」より


小さくても完全なものには、巨大なものには、求められない逸楽があり、必ずしも
偉大でなくても、小さく澄んだ崇高さがありうる。

三島由紀夫「宝石づくめの小密室」より


日本には妙な悪習慣がある。「何を青二才が」といふ青年蔑視と、もう一つは「若さが
最高無上の価値だ」といふ、そのアンチテーゼとである。私はそのどちらにも与しない。
小沢征爾は何も若いから偉いのではなく、いい音楽家だから偉いのである。

三島由紀夫「小沢征爾の音楽会をきいて」(昭和38年)より

100 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 10:39:47.40 ID:???
猫は何を見ても猫的見地から見るでせうし、床屋さんは映画を見てもテレビを見ても、
人の頭ばかり気になるさうです。世の中に、絶対公平な、客観的な見地などといふものが
あるわけはありません。われわれはみんな色眼鏡をかけてゐます。そのおかげで、
われわれは生きてゐられるともいへるので、興味の選択ははじめから決つてをり、
一つ一つの些事に当つて選択を迫られる苦労もなく、それだけ世界はきれいに整備され、
生きるたのしみがそこに生じます。
しかし人生がそこで終ればめでたしですが、まだ先があります。同じ色眼鏡が、
ほかの人の見えない地獄や深淵をそこに発見させるやうになります。猫は猫にしか見えない
猫の地獄を見出し、床屋さんは床屋さんにしか見えない深淵を見つけ出します。

三島由紀夫「序(久富志子著『食いしんぼうママ』)」より

101 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 10:42:48.40 ID:???
ボクシングのいい試合を見てゐると、私はくわうくわうたるライトに照らされたリングの
四角の空間に、一つの集約された世界を見る。行動する人間にとつては、世界はいつも
こんなふうに単純きはまる四角い空間に他ならない。世界を、こんがらかつた複雑怪奇な
場所のやうに想像してゐる人間は、行動してゐないからだ。そこへ二人の行動家が登場する。
そしてもつとも単純化された、いはば、もつとも具体的で同時にもつとも抽象的な、
疑ひやうのない一つの純粋な戦ひが戦はれる。さういふときのボクサーには、完全な
人間とは本来かういふものではないか、と思はせるだけの輝きがある。

三島由紀夫「ウソのない世界――ひきつける野生の魅力」より


狂言の「釣狐」ではないけれど、狐はある場合は、敢然と罠に飛び込むことで、彼自身が
狐であることを実証する。それは狐の宿命、プロ・ボクサーの宿命のごときものであらう。

三島由紀夫「狐の宿命(関・ラモス戦観戦記)」より

102 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 10:43:07.39 ID:???
日劇のストリップ・ショウの特別席は、大てい外人の観光客で占められてゐるが、鬼をも
とりひしぐ顔つきの老婆と居並んで、ぽかんと口をあけてストリップを見てゐる老紳士ほど、
哀れな感じのするものはない。ああいふのを見ると、私はいつも、西洋人の夫婦を
支配してゐる或る「性の苛烈さ」を感じてしまふのである。尤も御当人の身にしてみれば、
鬼のごとき老妻に首根つこをつかまへられながらストリップを見るといふ、一種の
醍醐味があるのかもしれない。

三島由紀夫「西洋人の夫婦」より



103 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 10:43:27.10 ID:???
一体、赤紙の召集ぢやあるまいし、芝居の大事なお客さまを「動員」するなどといふのは、
失礼な話だ。


芝居のお客は、窓口で、個々人の判断で、切符を買つてくれる人が、あくまで本体である。
われわれ小説家の著書を、団体で売りさばくといふ話はきいたことがない。部数の大小に
かかはらず、われわれの本は、われわれの仕事に興味を持つてくれる人の手へ、直接に
流れてゆくのであつて、さういふ読者の支持によつて、はじめてわれわれの仕事も実を
結ぶのである。


芝居といふものは絵空事で、絵空事のうちに真実を描くのだ。

三島由紀夫「私がハッスルする時――『喜びの琴』上演に感じる責任」より


芝居はとにかく芝居なのであつて、それ以下のものでも、それ以上のものでもない。
芝居を「しばや」と発音するほどの年齢の人にも、楽しんでもらへるのが芝居といふものだ。

三島由紀夫「三島さんと『喜びの琴』」より

104 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 10:43:40.62 ID:???
旅は古い名どころや歌枕を抜きにしては考へられない。


旅には、実景そのものの美しさに加へるに、古典の夢や伝統の幻や生活の思ひ出などの、
観念的な準備が要るのであつて、それらの観念のヴェールをとほして見たときに、
はじめて風景は完全になる。


ストリップこそわが古典芸能の源であり、女性美の根本である。


苦行の果てにはかならずすばらしい景色が待つてゐる。


観光地といへば、パチンコ屋とバーと土産物屋が蠅のやうにたかつて来てそこを真黒に
してしまふ大都市の周辺は、私に黒人共和国ハイチの不潔な市場を思ひ出させる。
いやに真黒なものばかり売つてゐるな、と思つて近づくと、それがみな食料品に隙間なく
たかつた蠅なのだ。しかしバーや土産物屋などの蠅よりも、一等始末のわるいのは、
音を出す拡声器といふ蠅である。

三島由紀夫「熊野路――新日本名所案内」より

105 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 10:43:54.03 ID:???
「いやな感じ」といふのは、裏返せば「いい感じ」といふことである。


人間と世界に対する嫌悪の中には必ず陶酔がひそむことは、哲学者の生活体験からだけ
生れるわけではない。行為者も亦、そのやうにして世界と結びつく瞬間があるのだ。

三島由紀夫「いやな、いやな、いい感じ(高見順著『いやな感じ』)」より


異国趣味と夢幻の趣味とは、文学から力を失はせると共に、一種疲れた色香を添へるもので、
世界文学の中にも、二流の作品と目されるものの中に、かういふ逸品の数々があり、
さういふ文学は普遍的な名声を得ることはできないが、一部の人たちの渝(かは)らぬ
愛着をつなぎ、匂ひやかな忘れがたい魅力を心に残す。


学生に人気のある、甘い賑やかな感激家の先生には、却つて貧寒な、現実的な魂しか
備はつてゐないことが多い。


正確な無味乾燥な方法的知識のみが、夢へみちびく捷径(せふけい)である。

三島由紀夫「夢と人生」より

106 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 10:47:35.73 ID:???
相手を自分より無限に高いものとして憧れる気持は、半ばこちらの独り合点である場合が多い。
それがわかつて幻滅を感じても、自分の中の、高いもの美しいもの、美しいものへ憧れた
気持は残る。

三島由紀夫「愛(エロス)のすがた――愛を語る」より


憧れるとは、対象と自分との同一化を企てることである。従つて、異性に向つて憧れる、
といふのは、言葉の矛盾のやうに思はれる。

三島由紀夫「わが青春の書――ラディゲの『ドルヂェル伯の舞踏会』」より


フランス人のドイツ恐怖はむしろ民衆の感性であつて、歴史上からも、フランス人は
ドイツに対する愛好心を貴族の趣味として伝へてきた。外交官でもあり、社交界に
精通したジロオドウの中には、このやうな貴族趣味が生き永らへてゐて、彼の親独主義は、
別に現実政治と見合つたものではない。いがみ合ひは民衆のやることであつて、
ドイツだらうが、フランスだらうが、貴族はみんな親戚なのだ。

三島由紀夫「ジークフリート管見――ジロオドウの世界」より

107 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 10:47:50.42 ID:???
万物は落ち、あらゆる人間的な企図は人間の手から辷り落ちる。しかし落ちることのこの
スピードと快さと自然さに、人間の本質的な存在形態があることに詩人が気づくとき、
詩人はもはや天使の目ではなく、人間の目で人間を見てゐるのである。

三島由紀夫「跋(高橋睦郎著『眠りと犯しと落下と』)」より


時は移り、青春は移る。あるひは、文学は不変で、そこに描かれた青春も不変である。

三島由紀夫「(『われらの文学』推薦文)」より


本当に危険な作品は、感覚的な作品だ。どんな危険思想であつても、論理自体は社会的
タブーを犯さぬのであつて、サドのやうな非感覚的な作家の安全性はこの点にある。


これ(言語による言語からの脱出といふ自己撞着)を突破したのはアルチュール・
ランボオ唯一人だが、われわれが言語を一つの影像として定着するときに、われわれは
すでに自ら一つの脱出口を閉鎖したのである。

三島由紀夫「現代文学の三方向」より

108 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 10:48:08.80 ID:???
ものごとの表面ほど、多く語るものはない。

不安自体はすこしも病気ではないが、「不安をおそれる」といふ状態は病的である。

三島由紀夫「床の間には富士山を――私がいまおそれてゐるもの」より


すべてのスポーツには、少量のアルコールのやうに、少量のセンチメンタリズムが含まれてゐる。

三島由紀夫「『別れもたのし』の祭典――閉会式」より


美容整形も、因果物師も、紙一重のやうな気もする。因果物師とは、むかし見世物に出す
不具者ばかりを扱つた卑賎な仕事で、それだけならいいが、むかしの支那では、
子供のときから畸形をつくるために、人間を四角い箱に押しこめて、首と手足だけ出させて
育てたなどといふ奇怪な話が伝はつてゐる。美と醜とは両極端だが、実はそれほど
遠いものではない。

三島由紀夫「『美容整形』この神を怖れぬもの」より

109 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 11:07:06.09 ID:???
二十五年前に私が憎んだものは、多少形を変へはしたが、今もあひかはらずしぶとく生き永らへてゐる。生き
永らへてゐるどころか、おどろくべき繁殖力で日本中に完全に浸透してしまつた。それは戦後民主主義とそこから
生ずる偽善といふおそるべきバチルスである。
こんな偽善と詐術は、アメリカの占領と共に終はるだらう、と考へてゐた私はずいぶん甘かつた。おどろくべき
ことには、日本人は自ら進んで、それを自分の体質とすることを選んだのである。政治も、経済も、社会も、
文化ですら。
私は昭和二十年から三十二年ごろまで、大人しい芸術至上主義者だと思はれてゐた。私はただ冷笑してゐたのだ。
或る種のひよわな青年は、抵抗の方法として冷笑しか知らないのである。そのうちに私は、自分の冷笑・自分の
シニシズムに対してこそ戦はなければならない、と感じるやうになつた。(中略)
なるほど私は小説を書きつづけてきた。戯曲もたくさん書いた。しかし作品をいくら積み重ねても、作者に
とつては、排泄物を積み重ねたのと同じことである。その結果賢明になることは断じてない。さうかと云つて、
美しいほど愚かになれるわけではない。

三島由紀夫「果たし得てゐない約束――私の中の二十五年」より

110 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 11:13:12.09 ID:???
私の中の二十五年間を考へると、その空虚に今さらびつくりする。私はほとんど「生きた」とはいへない。
鼻をつまみながら通りすぎたのだ。
二十五年前に私が憎んだものは、多少形を変へはしたが、今もあひかはらずしぶとく生き永らへてゐる。
生き永らへてゐるどころか、おどろくべき繁殖力で日本中に完全に浸透してしまつた。それは戦後民主主義と
そこから生ずる偽善といふおそるべきバチルスである。
こんな偽善と詐術は、アメリカの占領と共に終はるだらう、と考へてゐた私はずいぶん甘かつた。おどろくべき
ことには、日本人は自ら進んで、それを自分の体質とすることを選んだのである。政治も、経済も、社会も、
文化ですら。
私は昭和二十年から三十二年ごろまで、大人しい芸術至上主義者だと思はれてゐた。私はただ冷笑してゐたのだ。
或る種のひよわな青年は、抵抗の方法として冷笑しか知らないのである。そのうちに私は、自分の冷笑・自分の
シニシズムに対してこそ戦はなければならない、と感じるやうになつた。

三島由紀夫「果たし得てゐない約束――私の中の二十五年」より

111 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 11:19:48.39 ID:???
この二十五年間、認識は私に不幸をしかもたらさなかつた。私の幸福はすべて別の源泉から汲まれたものである。
なるほど私は小説を書きつづけてきた。戯曲もたくさん書いた。しかし作品をいくら積み重ねても、作者にとつては、
排泄物を積み重ねたのと同じことである。その結果賢明になることは断じてない。さうかと云つて、美しいほど
愚かになれるわけではない。
この二十五年間、思想的節操を保つたといふ自負は多少あるけれども、そのこと自体は大して自慢にならない。
思想的節操を保つたたために投獄されたこともなければ大怪我をしたこともないからである。又、一面から見れば、
思想的に変節しないといふことは、幾分鈍感な意固地な頭の証明にこそなれ、鋭敏、柔軟な感受性の証明には
ならぬであらう。つきつめてみれば、「男の意地」といふことを多く出ないのである。それはそれでいいと内心
思つてはゐるけれども。

三島由紀夫「果たし得てゐない約束――私の中の二十五年」より

112 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 11:23:48.19 ID:???
それよりも気にかかるのは、私が果たして「約束」を果たして来たか、といふことである。否定により、批判により、
私は何事かを約束して来た筈だ。政治家ではないから実際的利益を与へて約束を果たすわけではないが、政治家の
与へうるよりも、もつともつと大きな、もつともつと重要な約束を、私はまだ果たしてゐないといふ思ひに日夜
責められるのである。その約束を果たすためなら文学なんかどうでもいい、といふ考へが時折頭をかすめる。
これも「男の意地」であらうが、それほど否定してきた戦後民主主義の時代二十五年間を、否定しながらそこから
利得を得、のうのうと暮らして来たといふことは、私の久しい心の傷になつてゐる。
個人的な問題に戻ると、この二十五年間、私のやつてきたことは、ずいぶん奇矯な企てであつた。まだそれは
ほとんど十分に理解されてゐない。もともと理解を求めてはじめたことではないから、それはそれでいいが、
私は何とか、私の肉体と精神を等価のものとすることによつて、その実践によつて、文学に対する近代主義的妄信を
根底から破壊してやらうと思つて来たのである。

三島由紀夫「果たし得てゐない約束――私の中の二十五年」より

113 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 11:38:18.36 ID:???
肉体のはかなさと文学の強靱との、又、文学のほのかさと肉体の剛毅との、極度のコントラストと無理強ひの
結合とは、私のむかしからの夢であり、これは多分ヨーロッパのどんな作家もかつて企てなかつたことであり、
もしそれが完全に成就されれば、作る者と作られる者の一致、ボードレエル流にいへば、「死刑囚たり且つ
死刑執行人」たることが可能になるのだ。作る者と作られる者との乖離に、芸術家の孤独と倒錯した矜持を
発見したときに、近代がはじまつたのではなからうか。私のこの「近代」といふ意味は、古代についても
妥当するのであり、万葉集でいへば大伴家持、ギリシア悲劇でいへばエウリピデスが、すでにこの種の「近代」を
代表してゐるのである。
私はこの二十五年間に多くの友を得、多くの友を失つた。原因はすべて私のわがままに拠る。私には寛厚といふ徳が
欠けてをり、果ては上田秋成や平賀源内のやうになるのがオチであらう。

三島由紀夫「果たし得てゐない約束――私の中の二十五年」より

114 :名無しさん@また挑戦:2011/03/10(木) 11:43:50.70 ID:???
自分では十分俗悪で、山気もありすぎるほどあるのに、どうして「俗に遊ぶ」といふ境地になれないものか、
われとわが心を疑つてゐる。私は人生をほとんど愛さない。いつも風車を相手に戦つてゐるのが、一体、人生を
愛するといふことであるかどうか。
二十五年間に希望を一つ一つ失つて、もはや行き着く先が見えてしまつたやうな今日では、その幾多の希望が
いかに空疎で、いかに俗悪で、しかも希望に要したエネルギーがいかに厖大であつたかに唖然とする。これだけの
エネルギーを絶望に使つてゐたら、もう少しどうにかなつてゐたのではないか。
私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま行つたら「日本」はなくなつてしまうのでは
ないかといふ感を日ましに深くする。日本はなくなつて、その代はりに、無機的な、からつぽな、ニュートラルな、
中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであらう。それでもいいと思つてゐる人たちと、
私は口をきく気にもなれなくなつてゐるのである。

三島由紀夫「果たし得てゐない約束――私の中の二十五年」より

115 :牧野一美 :2011/03/15(火) 20:25:01.88 ID:???
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116 :名無しさん@また挑戦:2011/03/17(木) 15:51:14.03 ID:???
女の声でもあんまり甲高いキンキン声は私はきらひだ。あれをきいてゐると、健康によくない。声に翳りがほしい。
いはばかあーつと照りつけたコンクリートの日向のやうな声はたまらないが、風が吹くたびに木かげと日向が
一瞬入れかはる。さういふしづかな、あまり鬱蒼と濃くない木影のやうな声が私は好きだ。
寒気のするもの天中軒雲月の声、バスガールの声、活動小屋の幕間放送の声、街頭の広告放送の声。
燻(くす)んだチョコレートいろの声も私は好きだ。さういふとむやみにむつかしくきこえるが、そこらで
自分の声をちつとも美しくないと思ひ込んでゐる女性のなかに、時折かういふ声を発見して、美しいなと思ふ
ことがある。
(中略)
時と場合によつては、女の一言二言の声のひびきが、男の心境に重大な変化をもたらす。電話のむかうの声の
たゆたひが、男に多大の決心を強ひる。「まあ」といふ一言の千差万別!
声が何かの加減で嗄れてゐて、大事な場合の「まあ」が濁つてしまふことがあつても、それをごまかす小さな咳の
可愛らしさが、電話のむかうのつつましい女の様子をありありと思ひ描かせることがある。

三島由紀夫「声と言葉遣ひ――男性の求める理想の女性」より

117 :名無しさん@また挑戦:2011/03/17(木) 15:53:34.10 ID:???
いくら声のいい人でも立てつづけに喋りちらされてはたまらない。そこで問題はおのづと声と言葉の関係に移る。
私はおしやべりな人は本当にきらひだ。自分がおしやべりだから、その反映を相手に見るやうな気持がして
きらひなのかとも思ふが、いくら私がおしやべりでも私は女のおしやべりには絶対にかなはない。女のおしやべりが
はじまると私はいかにも男らしく沈黙を守らねばならぬ。世の男女の役割は、習慣によつて躾けられ、かうなると
いやでも、男は男らしく、女は女らしくならねばならぬ宿命があるかに思へる。女のタイプライターのやうな
お喋りがはじまると、私は目の前に女性といふ不可解な機械が立ちふさがるのを感じる。
尤も、友達として話相手になれるやうな女性は、大ていおしやべりであるし、教養があつてしかもおしやべりで
ない女など、まづ三十以下ではゐないと言つていい。黙りがちの女性はいかにも優雅にみえるが、ともすると
細雪のきあんちやんのやうな薄馬鹿である。

三島由紀夫「声と言葉遣ひ――男性の求める理想の女性」より

118 :名無しさん@また挑戦:2011/03/17(木) 20:13:35.89 ID:???
女はゆたかな感情の間を持つて、とぎれとぎれに、すこし沈んだ抑揚で、しかもギラギラしない明るさ賑やかさ
快活さの裏付けをもつて、大して意味のない、それでゐて気のきいた話し方をするやうな女がいい。批判、皮肉、
諷刺、かうした話題が女の口から洩れる時ほど、女が美しくみえなくなる時はない。痛烈骨を刺す諷刺なんてものは、
男に委せておけばいい。何かなるたけ意味がなくて洒落れたことを言つてゐればいい。若い女性の存在価値は、
何も意味がなくてありさうにみえるところにあるのであつて、これは若い男性の存在価値が頗る意味があつて
しかもなささうにみえるところにあることと対蹠的である。
(中略)
私は妙にあの「ことよ」といふ言葉づかひが好きだ。口の中で小さな可愛らしい踵を踏むやうに、「ことよ」と
早口でいふのが本格である。私がやたらむしやらこの用法に接するやうになつたのは、亡妹が聖心女子学院に
ゐた時からで、聖心では何でもかんでも、行住座臥すべて「ことよ」である。

三島由紀夫「声と言葉遣ひ――男性の求める理想の女性」より

119 :名無しさん@また挑戦:2011/03/17(木) 20:13:54.80 ID:???
「そんなこと知らないことよ」
「そこまで行つてさしあげることよ」
「いいことよ」
「さうだことよ」
あまり「さうだことよ」がつづいてうるさい時は、軽くかう言つて逆襲する。
「さうだことか?」(中略)
女の言葉づかひだけはどんな世の中になったても女らしくあつてほしい。襖ごしに、カアテンごしにきこえる
姉妹の対話、女の友達同志の対話、それを耳にしただけで女の世界のふしぎな豊かさ美しさ柔らかさ和やかさ
滑らかさ温かさが、女の世界の馥郁(ふくいく)たる香りが感じられるのでなければ、男どもは生きてゐることが
つまらない。襖ごしにこんな会話がきこえてきたら、世をはかなみたくなるではないか。
「さういふ実際的問題とは問題が別よ。もつと全宇宙的な……」
「さうよ。あんたの主張は理解できるわよ。しかし、何といふかなあ、さういふデリケートな感覚的な没論理的な
主張は……」

三島由紀夫「声と言葉遣ひ――男性の求める理想の女性」より

120 :名無しさん@また挑戦:2011/03/19(土) 16:59:25.86 ID:???
男は一人のこらず英雄であります。私は男の一人として断言します。ただ世間の男のまちがつてゐる点は、
自分の英雄ぶりを女たちにみとめさせようとすることです。


「何くそ! 何くそ!」
これが男の子の世界の最高原理であり、英雄たるべき試練です。


「足が地につかない」ことこそ、男性の特権であり、すべての光栄のもとであります。


子惚気ばかり言ふ男は、家庭的な男といふ評判が立ち、へんなドン・ファン気取の不潔さよりも、女性の好評を
得ることが多いさうだが、かういふ男は、根本的にワイセツで、性的羞恥心の欠如が、子惚気の形をとつて
現はれてゐる。


動物になるべきときにはちやんと動物になれない人間は不潔であります。


男が女より強いのは、腕力と知性だけで、腕力も知性もない男は、女にまさるところは一つもない。

三島由紀夫「第一の性」より

121 :名無しさん@また挑戦:2011/03/19(土) 17:01:36.26 ID:???
女は「きれいね」と、云はれること以外は、みんな悪口だと解釈する特権を持つてゐる。なぜなら男が、
「あいつは頭がいい」と云はれるのは、それだけのことだが、女が「あの人は頭がいい」と云はれるのは、概して
その前に美人ではないけれどといふ言葉が略されてゐると思つてまちがひないからです。


「積極的」といふのと、「愛する」といふのとはちがふ。最初にイニシァチブをとるといふことと、「愛する」と
いふこととはちがふ。


相手の気持ちをかまはぬ、しつこい愛情は、大てい劣等感の産物と見抜かれて、ますます相手から嫌はれる羽目になる。


愛とは、暇と心と莫大なエネルギーを要するものです。


小説家と外科医にはセンチメンタリズムは禁物だ。


男性操縦術の最高の秘訣は、男のセンチメンタリズムをギュッとにぎることだといふことが、どの恋愛読本にも
書いてないのはふしぎなことです。

三島由紀夫「第一の性」より

122 :名無しさん@また挑戦:2011/03/19(土) 17:03:31.30 ID:???
変り者の変り者たる所以は、その無償性にあります。世間に向つて奇を衒ひ、利益を得ようとするトモガラは、
シャルラタン(大道香具師)であつて、変り者ではありません。


変り者と理想家とは、一つの貨幣の両面であることが多い。どちらも、説明のつかないものに対して、第三者からは
どう見ても無意味なものに対して、頑固に忠実にありつづける。


男の性慾は、ものの構造に対する好奇心、探求慾、研究心、調査熱、などといふものから成立つてゐる。


男には謎に耐へられない弱さがある。
男に与へられてゐる高度の抽象能力は、この弱さの楯であつたらしい。抽象能力によつて、現実と人生の謎を、
カッチリした、キチンと名札のついた、整理棚に納めることなしには、男は耐へられない。


人間は安楽を百パーセント好きになれない動物なのです。特に男は。……こればかりは、どんなにえらい御婦人たちが
矯正しようとかかつても、永久に治らない男の病気の一つであります。

三島由紀夫「第一の性」より

123 :名無しさん@また挑戦:2011/03/19(土) 17:04:59.88 ID:???
スタアといふものには、大てい化物じみたところがあるものです。


政治家の宿命は、死後も誤解を免かれないところにあるのでせう。


俳優といふショウ・アップ(見せつける)する職業には、本質的にナルシスムと男色がひそんでゐると云つても
過言ではない。


宗教家ほどある意味では男くさい男はありません。そこでは余分の男がギュウギュウ抑へつけられ、身内に溢れて
ゐるからです。


宗教家といふものには、思想家(哲学者)としての一面と、信仰者としての一面と、指導者、組織者としての一面と、
三つの面が必要なので、それには、男でなければならず、キリストも釈迦も、男でありました。

三島由紀夫「第一の性」より

124 :名無しさん@また挑戦:2011/03/19(土) 18:23:17.29 ID:???
新人の辛さは、「待たされる」辛さである。


私もそのころの太宰氏と同年配になつた今、決して私自身の青年の客気を悔いはせぬが、そのとき、氏が初対面の
青年から、
「あなたの文学はきらひです」
と面と向つて言はれた心持は察しがつく。私自身も、何度かさういふ目に会ふやうになつたからである。
思ひがけない場所で、思ひがけない時に、一人の未知の青年が近づいてきて、口は微笑に歪め、顔は緊張のために
蒼ざめ、自分の誠実さの証明の機会をのがさぬために、突如として、「あなたの文学はきらひです。大きらひです」
と言ふのに会ふことがある。かういふ文学上の刺客に会ふのは、文学者の宿命のやうなものだ。もちろん私は
こんな青年を愛さない。こんな青臭さの全部をゆるさない。私は大人つぽく笑つてすりぬけるか、きこえないふりを
するだらう。
ただ、私と太宰氏のちがひは、ひいては二人の文学のちがひは、私は金輪際、「かうして来てるんだから、
好きなんだ」などとは言はないだらうことである。

三島由紀夫「私の遍歴時代」より

125 :名無しさん@また挑戦:2011/03/20(日) 10:59:50.30 ID:???
青春の特権といへば、一言を以てすれば、無知の特権であらう。人間には、知らないことだけが役に立つので、
知つてしまつたことは無益にすぎぬ、といふのは、ゲエテの言葉である。どんな人間にもおのおののドラマがあり、
人に言へぬ秘密があり、それぞれの特殊事情がある、と大人は考へるが、青年は自分の特殊事情を世界における
唯一例のやうに考へる。


小説は書いたところで完結して、それきり自分の手を離れてしまふが、芝居は書き了へたところからはじまるので
あるから、あとのたのしみが大きく、しかもそのたのしみにはもはや労苦も責任も伴はない。


芝居の仕事の悲劇は、この世でもつとも清純なけがれのない心が、一度芝居の理想へ向けられると、必ずひどい目に
会ふのがオチだといふことである。その一例として、今もときどき私が思ひ出すのは、加藤道夫氏のことである。

三島由紀夫「私の遍歴時代」より

126 :名無しさん@また挑戦:2011/03/20(日) 11:02:59.42 ID:???
芝居の世界は実に魅力があるけれど、一方、おそろしい毒素を持つてゐる。自分だけは犯されまいと思つても、
いつのまにかこの毒に犯されてゐる。この世界で絶対の誠実などといふものを信じたら、えらい目に会ふのである。
或るアメリカ人が、ニューヨークで、芝居を見るのは実に好きだが、劇壇の人たちはcorrupt people(腐敗した
人たち)だからきらひだ、と言つてゐたのも、一面の真実を伝へてゐる。
しかし、煙草のニコチンと同じで、毒があるからこそ、魅力もある。こればかりは、どう仕様もない。



大体私は「興いたれば忽ち成る」といふやうなタイプの小説家ではないのである。いつもさわぎが大きいから
派手に見えるかもしれないが、私は大体、銀行家タイプの小説家である。このごろの銀行が、派手なショウ・
ウィンドウをくつつけたりしてゐる姿を、想像してもらつたらよからう。


忘却の早さと、何ごとも重大視しない情感の浅さこそ、人間の最初の老いの兆だ。

三島由紀夫「私の遍歴時代」より

127 :名無しさん@また挑戦:2011/03/25(金) 12:45:54.40 ID:???
中世にパロディー文学=連歌なり謡曲なりあの奇怪な古今伝授(これも私は文芸として考へたい)なりが生れて
きたのは漠然たる憧れの為ではあつたが、文芸の次の時代の生命を奪はれたところに必然に執られねばならなかつた
姿ともいへる。パロディー文芸は学問といふやうな態度を多くとらない。生活を抽象に高めて行つて極美に達して
ゐるのは古典であるが、パロディーはその抽象を生活に還元しようとする働らきだ。日本の詩人たちの隠遁は
かゝる古典の還元の一作用である。その慨きの切なさについては頃日云ふ人も多いので云はない。学といふものは
自らの生活への還元といふよりもつと遠心的なところに立つて身にかへるのを要したのは宣長の古事記伝の態度を
みればわかる。かゝるパロディー文学は大抵の場合パロディーのまゝ伝はるか又は全く別な新文学の内に融合するか
どちらかゞ普通だが、後者は門左衛門(巣林子)に一時成就するかとみえた。蓋し自ら身に行ふ戯曲は、その
本質に於てパロディー性を有するものであつたのか千本桜や嫩軍記に於ては中世の軍記物のもつ雰囲気が切ないほど
身近くゑがかれてゐた。

平岡公威(三島由紀夫)18歳「近松半二」より

128 :名無しさん@また挑戦:2011/03/25(金) 12:51:44.01 ID:???
(中略)
日本の歴史の上の創造即ち「むすび」は段階的なものではなく、デカダンスの次の空間から生れるものではない。
「かへる」のではなく、いはゆる復古でもない。その前によこたはるものゝ「はじめ」が次の「はじめ」を誘致する。
「をはり」は「はじめ」を誘致するのではなく、「はじめ」が常に「はじめ」につらなるのである。これは
日本風な創造であり、仏教風な輪廻思想ではない。「はじめ」の連結により歴史が形づくられるが、「をはり」と
「はじめ」は革命思想でむすびつけられるのではない。「はじめ」が「はじめ」に結びつきうるのは血の
ありがたさで血の連続なきところにはかゝる結合はうまれない。支那では「はじめ」が「はじめ」にむすびつくなど
考へられぬ。日本ではじめて天壌無窮の御神勅ははじめて意義をもつのである。

平岡公威(三島由紀夫)18歳「近松半二」より

129 :名無しさん@また挑戦:2011/03/25(金) 15:40:36.85 ID:???
古人は国を思ふをものおもひと名付けてよんだ。それは恰かも恋情の呼び名と似てゐた。恋のものおもひは
憑かれつゝおもふことであつた。おもふために神憑りが、すなはち古里がなくてはならなかつた。おもふこそ
憑かれつゝ憧れること、春風を身にうけて、受身の身のよすがにむすぼほれた憧れをさぐることであつた。
いつも受けうる清らかな姿に古人は居た。そこに身を保つてあらたな目をつねに雲居のかなたへ馳せてゐた。
かゝる目こそ大きないのちの中にあつていのちの呼吸その身動きその手振のことごとくを共にし得る目であつた。
憑かれることに対して勇敢な、永劫新らしき目であつた。


詩のあらゆる故里への契りは、蕪村をとほしてむすばれた。私たちはけふの意味をそれのかなたに読むであらう。
私たちの存在から更に生ひ立つ鳥影を信ずるであらう。花時はやがて訪れる。私たちも亦、心もそゞろに
「待つ」人でありたい。重ねていふ、待つとは同時に、詩人の不朽のかなしみである。

平岡公威(三島由紀夫)19歳「長柄堤の春――春風馬堤曲につきて」より

130 :名無しさん@また挑戦:2011/03/25(金) 18:19:14.34 ID:???
人々の関心は蝶々にも似てゐる。通ひつめる夥しい蝶に蜜といふ蜜を吸ひつくされる艶やかな大輪の花がある。
プルウストが嘗てさうであつた。――しかしこの熱烈にして気まぐれな恋人たちの訪問が途絶えると、花は一時、
疲れ果て萎え光を失つたやうにみえる。恋人たちはもう見向きもしない。花は色褪せて、花壇の翳の方にうなだれる。
果してその本質が発光作用を失くしたのであらうか? 果して豊かな蜜の井戸は涸れ果てたのか?――熱烈とは
いへないが不断に生命に向つて瞠らかれてゐる隠者の眼はある朝人気のない花壇の隅にふしぎな花の変容を
見出だして驚く。その花が嘗ての数倍も艶やかに蘇つてゐるさまを。数倍も香り高い新たな蜜に溢れてゐるさまを。
人に見られてゐないといふ秘密な喜びで、不用意な美しさを露はにしてゐるさまを。過剰が一種高貴な物憂さを
花弁に与へ、恣な光の遍満は不可思議の音楽を漲らせてゐるさまを。(別箇の生――生よりも活々とした生の
誕生が営まれたかのやうに)

平岡公威(三島由紀夫)21歳「バルダサアルの死」より

131 :名無しさん@また挑戦:2011/03/25(金) 19:43:01.39 ID:???
時代を考へることを皮相の面でするときそれは便乗に類する。便乗とはむしろ時代を考へない謂である。

平岡公威(三島由紀夫)17歳「無題(『輔仁会雑誌』編輯後記用)」より


芟夷(さんい)の詩であることは、不朽のますらをぶりとたわやめぶりのその礎を固くすること――太しく
たてる宮柱のみわぎの裔に外ならない。

平岡公威(三島由紀夫)18歳「後記(『赤絵』二号)」より


時世に敏なりといふことが詩人の特性のやうに言はれるのは滑稽で抱腹絶倒なことである。国の最高のなげかひを
共にせぬ詩人が最高の慶びにどうして侍(はべ)ることができよう。直毘をいふのはそこなのだ。だから日本こそは
古典主義即浪漫主義であるところの唯一の国である。

平岡公威(三島由紀夫)19歳「古座の玉石――伊東静雄覚書」より

132 :名無しさん@また挑戦:2011/03/25(金) 19:49:48.96 ID:???
時間による超国家性は無窮の国に於ては国家性に外ならない。世界文学が時間で結ばれると真の国粋文学に一致する。
かゝる「時」の上の宣長の思想は本然的に血統となり血脈となり系譜となるものである。弁証法的思想史と全く
異つた思想を日本に於て宣明したところに宣長の世界的偉大がある。

平岡公威(三島由紀夫)19歳「無題(『作文補遺』)」より


だんだんに私は文学を引き寄せるやうにしてゆきたいと思ふ。己れより乗り憑つて乗り憑りつつ清められると
云つたあり方に心ひかれる。さういふ場合の放胆さについてはもう口でいはぬはうがよいと思ふ。それは一種の
ニイチェ風な陥没であらうもしれぬが私は日本人にふさはしい手振だけをまなんでゆくほかはない。そして、
戦後の世界に於て、世界各国人が詩歌をいふとき、古今和歌集の尺度なしには語りえぬ時代がくること、それらを
私は評論としてでなく文学として物語つてゆきたい。

平岡公威(三島由紀夫)19歳「跋に代へて(『花ざかりの森』)」より

133 :名無しさん@また挑戦:2011/03/25(金) 19:57:09.23 ID:???
少年がすることの出来る――そしてひとり少年のみがすることのできる世界的事業は、おもふに恋愛と不良化の
二つであらう。恋愛のなかへは、祖国への恋愛や、一少女への恋愛や、臈(らふ)たけた有夫の婦人への恋愛などが
はひる。また、不良化とは、稚心を去る暴力手段である。暴力といふこのことだつて既に、生の過食からうまれて
くる一つの美しい憲法に他ならない。稚心を去る少年たちは、まづ可能性の海の瑰麗な潮風になぶられる。


神が人間の悲しみに無縁であると感ずるのは若さのもつ酷薄であらう。しかし神は拒否せぬ存在である。神は
否定せぬ。

平岡公威(三島由紀夫)19歳「檀一雄『花筐』――覚書」より


童話とは人間の最も純粋な告白に他ならないのである。

平岡公威(三島由紀夫)21歳「川端氏の『抒情歌』について」より


無秩序が文学に愛されるのは、文学そのものが秩序の化身だからだ。

平岡公威(三島由紀夫)22歳「恋する男」より

134 :名無しさん@また挑戦:2011/03/25(金) 20:02:09.41 ID:???
わが国中世の隠者文学や、西洋のアベラアルとエロイーズの精神愛などは肉体から精神へのいたましい堕落と
思はれる。精神が肉体の純粋を模倣しようとしてゐる。宗教に於ては「基督のまねび」それは愛においても肉体の
まねびであつた。近代以後さらにその精神の純粋すら失はれて今日見るやうな世界の悲劇のかずかずが眼前にある。

平岡公威(三島由紀夫)22歳「精神の不純」より


われわれが築くべき次代の駘蕩たる文化も亦、古い時代の駘蕩たる文化の残した生ける証拠を基ゐにして築かれる。

平岡公威(三島由紀夫)22歳「沢村宗十郎について」より


芸術が純粋であればあるほどその分野をこえて他の分野と交流しお互に高めあふものである。演劇的批判にしか
耐へないものは却つて純粋に演劇的ですらないのである。

平岡公威(三島由紀夫)22歳「宗十郎覚書」より

135 :名無しさん@また挑戦:2011/03/25(金) 20:05:00.42 ID:???
小説の世界では、上手であることが第一の正義である。ドストエフスキーもジッドもリラダンも、先づ上手だから
正義なのである。下手なものは、千万言の理論の正不正とは別に、悪である。われわれ若い者は下手なるがゆゑに
悪である。


凡てにわかり合はうといふことがおそろしいほど欠けてゐる時代である。お互がわからないことを誇る悲しい
時代である。なまじつかわかり合はうとすれば自分の体に傷がつくことを知つてゐるからだ。もうすこしバカに
ならうではないか。そしてよいものをよいと言はうではないか

平岡公威(三島由紀夫)22歳「上手と正義(舟橋聖一『鵞毛』評)」より


来年といふ領域は海のやうだ。僕の海への憧れは実はあこがれといふやうなものではない。それは僕の慾情だ。

平岡公威(三島由紀夫)22歳「一九四八年への慾情」より

136 :名無しさん@また挑戦:2011/03/25(金) 20:51:42.56 ID:???
止ることから流れることへの転身は、夢みることにとつて誕生と復活の朝であらう。すべて夢みることに先行して、
礫のやうに人をうつあの幻は、まさに転身の成就に俟つて現はれるであらう。そのとき止る存在は流れる存在と
なりきるゆゑに、止る姿に無限に近づくに従つて即ち無限に遠ざかる流れの天性から、それが、一歩一歩が可能の
おそろしい断崖である「止る」存在とは似て非なる、「永久に止る」ともいふべき存在の型式をとるときこそ、
不朽の語は、はじめて使用に価する。立ちあらはれる幻は、無辺際の可能の海の極まりつくした充実と空虚の末に、
すなはち無への無限の接近の大きな消極の頂点に、すがすがしく、暁天の星をさながらの、最高の有が輝きだす瞬間、
つと人の目や心をよぎる。さうして人は陥ちるのだ。およそ陥没のなかでもつとも聖らかな陥没、上昇のうちで
もつとも美しい陥没を。あの止ることの「可能の海」が、完全の喪失へと身を向けるときに、おそらくそこには
完全さがはじめて存在する。はじめて。しかしなほ明けやらぬ東雲におぼめきわたるであらう。永くこの陥没を、
人々は愛して来たのだ。

平岡公威(三島由紀夫)18歳「夢野乃鹿」より

137 :名無しさん@また挑戦:2011/03/25(金) 21:11:56.91 ID:???
「学習院の連中が、ジャズにこり、ダンスダンスでうかれてゐる、けしからん」と私が云つたら氏は笑つて、
「全くけしからんですね」と云はれた。それはそんなことをけしからがつてゐるやうぢやだめですよ、と云つて
ゐるやうに思はれる。
川端氏のあのギョッとしたやうな表情は何なのか、殺人犯人の目を氏はもつてゐるのではないか。僕が「羽仁五郎は
雄略帝の残虐を引用して天皇を弾劾してゐるが、暴虐をした君主の後裔でなくて何で喜んで天皇を戴くものか」と
反語的な物言ひをしたらびつくりしたやうな困つたやうな迷惑さうな顔をした。
「近頃百貨店の本屋にもよく学生が来てゐますよ」と云はれるから、
「でも碌(ろく)な本はありますまい」
と云つたら、
「エエッ」とびつくりして顔色を変へられた。そんなに僕の物言ひが怖ろしいのだらうか。

雨のしげき道を鎌倉駅へかへりぬ。

平岡公威(三島由紀夫)21歳「川端康成印象記」より

138 :名無しさん@また挑戦:2011/04/05(火) 15:24:38.11 ID:???
飛行機が美しく、自動車が美しいやうに、人体は美しい。女が美しければ、男も美しい。しかしその美しさの
性質がちがふのは、ひとへに機能がちがふからである。飛行機の美しさは飛行といふ機能にすべてが集中して
ゐるからであり、自動車もさうである。しかし、人体が美しくなくなつたのは、男女の人体が自然の与へた機能を
逸脱し、あるひは文明の進歩によつて、さういふ機能を必要としなくなつたからである。
(中略)
機能に反したものが美しからう筈もなく、そこに残される手段は装飾美だけであるが、文明社会では、男でも女でも、
この機能美と装飾美の価値が巓倒してゐる。男の裸がグロテスクなどといふ石原慎太郎の意見は、いかにも文明に
毒された低級な俗見である。
このごろは、しかし、男性ヌードと称して女性的な柔弱な男の体がもてはやされてゐるのも、又別の俗見である。
もちろん、ヘルマフロディット的(男女両性をそなへた)な少年美といふものは存在するが、男の柔弱さだけを
美しいと思ふ今の流行は、単なる末流の風俗現象にすぎないのである。

三島由紀夫「機能と美」より

139 :名無しさん@また挑戦:2011/04/05(火) 17:09:36.19 ID:???
美しいヌード写真は、いはば、鍵をかけられた硝子の函の中の性である。


男性の色情が、いつも何らかの節片淫乱症(フェティシズム)にとらはれてゐるとすれば、色情はつねに部分に
かかはり、女体の「全体」の美を逸する。つまり、いかなる意味でも「全体」を表現してゐるものは、色情を
浄化して、その所有慾を放棄させ、公共的な美に近づけるのである。


動物的であるとはまじめであることだ。笑ひを知らないことだ。一つのきはめて人工的な環境に置かれて、
女たちははじめて、自分たちの肉体が、ある不動のポーズを強ひられれば強ひられるほど、生まじめな動物の美を
開顕することを知らされる。それから突然、彼女たちの肉体に、ある優雅が備はりはじめる。

三島由紀夫「篠山紀信論」より

140 :名無しさん@また挑戦:2011/04/06(水) 12:07:04.05 ID:???
「海と夕焼」は、奇蹟の到来を信じながらそれが来なかつたといふ不思議、いや、奇蹟自体よりもさらにふしぎな
不思議といふ主題を、凝縮して示さうと思つたものである。この主題はおそらく私の一生を貫く主題になるものだ。
人はもちろんただちに、「何故神風が吹かなかつたか」といふ大東亜戦争のもつとも怖ろしい詩的絶望を
想起するであらう。なぜ神助がなかつたか、といふことは、神を信ずる者にとつて終局的決定的な問ひかけなのである。
「海と夕焼」は、しかし、私の戦争体験のそのままの寓話化ではない。むしろ、私にとつては、もつとも私の
問題性を明らかにしてくれたのが戦争体験だつたやうに思はれ、「なぜあのとき海が二つに割れなかつたか」
といふ奇蹟待望が自分にとつて不可避なことと、同時にそれが不可能なこととは、実は「詩を書く少年」の
年齢のころから、明らかに自覚されてゐた筈なのだ。

三島由紀夫「『花ざかりの森・憂国』解説」より

141 :名無しさん@また挑戦:2011/04/06(水) 14:08:46.59 ID:???
政治への熱狂と、芝居への熱狂はひよつとすると、同じものではないだらうか。それはいづれも、幻への熱狂では
ないだらうか。現にここにあるものを否定して、ここにある筈のないものを、今ここにあるかのやうに信じて、
それに酔ふといふ熱狂は。

三島由紀夫「『黒蜥蜴』について」より


エロティシズムが本来、上はもつとも神聖なもの、下はもつとも卑賎なものまで、自由につながつた生命の本質で
あることは、「古事記」を読めばよくわかることだが、後世の儒教道徳が、その神聖なエロティシズムを
忘れさせて、ただ卑賎なエロティシズムだけを、日本人の心に与へつづけて来たのであつた。

三島由紀夫「バレエ『憂国』について」より


電子計算機を使ふ人間が、ともすると忘れてゐることは、電子計算機の命令に従つて動くのはよいが、人間は
疲れるのに、電子計算機は決して疲れない、といふことである。人間にとつて、疲労は又、生命力の逆の
証明なのだ。

三島由紀夫「クールな日本人(桜井・ローズ戦観戦記)」より

142 :名無しさん@また挑戦:2011/04/06(水) 14:47:32.59 ID:???
人間性を十全に解放したらどうなるか。こはいことになるんだよ。紙くづだらけはまだしも、泥棒、強盗、強姦、
殺人……獣に立ち返る可能性を人間はいつももつてゐる。

三島由紀夫「東大を動物園にしろ 核兵器だつて使ふだらう」より


未来社会を信じない奴こそが今日の仕事をするんだよ。現在ただいましかないといふ生活をしてゐる奴が何人ゐるか。
現在ただいましかないといふのが“文化”の本当の形で、そこにしか“文化”の最終的な形はないと思ふ。
小説家にとつては今日書く一行が、テメへの全身的表現だ。明日の朝、自分は死ぬかもしれない。その覚悟なくして、
どうして今日書く一行に力がこもるかね。その一行に、自分の中に集合的無意識に連綿と続いてきた“文化”が
体を通してあらはれ、定着する。その一行に自分が“成就”する。それが“創造”といふものの、本当の意味だよ。
未来のための創造なんて、絶対に嘘だ。

三島由紀夫「東大を動物園にしろ 未来を信ずる奴はダメ」より

143 :名無しさん@また挑戦:2011/04/06(水) 15:08:33.16 ID:???
激情のあとに、突然、ある静かな冷たい受容が生れ、そこから又、新らしい力が湧いてくる。激情は思想である。
力は生である。その二つを最終的に一致させれば、そこに「第一義の道」はひらけるのであるが、そのポジティヴな
一致が「政治」であれば、ネガティヴな一致は「自然」である。

三島由紀夫「解説(『日本の文学40林房雄・武田麟太郎・島木健作』)」より


白日夢が現実よりも永く生きのこるとはどういふことなのか。人は、時代を超えるのは作家の苦悩だけだと
思ひ込んでゐはしないだらうか。

三島由紀夫「解説(『日本の文学4尾崎紅葉・泉鏡花』)」より


よき私小説はよき客観小説であり、よき戯曲はよき告白なのである。

三島由紀夫「解説(『日本の文学52尾崎一雄・外村繁・上林暁』)」より


ひとたび叛心を抱いた者の胸を吹き抜ける風のものさびしさは、千三百年後の今日のわれわれの胸にも直ちに
通ふのだ。この凄涼たる風がひとたび胸中に起つた以上、人は最終的実行を以てしか、つひにこれを癒やす術を知らぬ。

三島由紀夫「日本文学小史 第四章 懐風藻」より

144 :名無しさん@また挑戦:2011/04/06(水) 15:15:41.69 ID:???
「まづ身を起こせ」といふのが、生来オッチョコチョイの私の主義であつて、「核兵器よりもまづ駆け足」といふ
ことを、隊付をして学びえたと思つてゐる。人間の脚は、特に国土戦において、バカにならぬ戦場機動速度を
持つのである。

三島由紀夫「自衛隊と私」より


世間の全体の傾向は、イデオロギーの終焉といふお題目だの、世界国家への道といふ空疎な世迷ひ言だのに
飾られながら、「何よりも秩序が大切だ」といふ平均的世論の味方をするやうになつてゐる。「平和と安全の
ため」なら、「国益のため」なら、どんなお妾修業でもしよう、といふ保守的感覚と、「平和と秩序のため」なら、
どんなイデオロギーでも呑み込まうといふ民衆感覚とは、政治的には右と左に別れるやうだが、その実、よく
似たメンタリティーに基礎を置いてゐる。大体身の安全しか考へない人間は、どつちへころぶか知れたものでは
ないのである。

三島由紀夫「秩序の方が大切か――学生問題私見」より

145 :名無しさん@また挑戦:2011/04/06(水) 15:20:21.28 ID:???
どんな時代でも、過去の一時代になつてしまへば、その時代に住んだ人々の不愉快は忘れられ、美しい記憶だけが
残るのは世の常だ。


「ぜいたくを言ふもんぢやない」
などと芸術家に向つて言つてはならない。ぜいたくと無い物ねだりは芸術家の特性であつて、それだけが
芸術(革命)を生むと信じられてゐる。

三島由紀夫「不満と自己満足」より


日本の文化は何度も何度もフィルターにかけられて、一つのものが、時代が下るにつれて極度に理想化された。
世阿弥の能の時にはすでに新古今集のフィルターをかけた王朝文化がその理想で、これはあこがれの産物とも言へる。
このあこがれはずつと武家階級に続き、禅的な文化へと尾を引いてますます美化されていつた。世阿弥のところで、
十四世紀までの文化は全部ダムになつてゐて、あそこから電気が出てゐるやうな感じがする。ところで日本の
近代文化といふものは、さういふことを一度もやつてゐない。つまり古代文化を一度われわれの時代のフィルターに
かけて、それを大きな電力を生ずるやうなダムにするといふことをだれもやつてゐない。

三島由紀夫「世阿弥に思ふ――鼎談に参加して」より

146 :名無しさん@また挑戦:2011/04/06(水) 15:29:34.45 ID:???
年のはじめだけに、なぜ伝統が意識され、古い日本がいかにも美しく感じられるのであらうか。思ふに、日本といふ
泉が、そのときだけ心の底から、澄んだ水をほとばしらせるのは、われわれが新らしい年に直面する不安と恐怖を、
過去にくりかへされてきたおめでたい伝承の復活でふりはらはうとするときに、その泉の水の澄んだ生命の力の
持続性にたよらうとするからであらう。本当のところ、新らしいものは怖い。新らしい年は怖い。未来は怖い。
未来が全然怖くないのなら、その人は人間ではない。怖いからこそ、われわれはその未知に、自分の一番大切な
ものである希望を懸けるのである。

三島由紀夫「月々の心 伝承について」より


人間にとつての悲劇は、もう若くないといふことではなくて、心ばかりがいつまでも若いといふところにあるやうに、
夏が去つたあとも我々の心に夏が燃えつきないのが悲劇なのだ。

三島由紀夫「月々の心 夏のをはり」より

147 :名無しさん@また挑戦:2011/04/06(水) 15:33:15.18 ID:???
国家総動員体制の確立には、極左のみならず極右も斬らねばならぬといふのは、政治的鉄則であるやうに思はれる。
そして一時的に中道政治を装つて、国民を安心させて、一気にベルト・コンベアーに載せてしまふのである。


ヒットラーは政治的天才であつたが、英雄ではなかつた。英雄といふものに必要な、爽やかさ、晴れやかさが、
彼には徹底的に欠けてゐた。ヒットラーは、二十世紀そのもののやうに暗い。

三島由紀夫「『わが友ヒットラー』覚書」より


「しがらみ」からの解放といふことが、一体男性的なことであるか大いに疑はしい。自由が人を男性的にするか
どうかは甚だ疑はしい。

三島由紀夫「鶴田浩二論――『総長賭博』と『飛車角と吉良常』のなかの」より


ウワーッと両手で顔をおほつて、その指のあひだから、こはごはながめて「イヤだア」とかなんとか言つて
ゐる手合ひを野次馬といふ。私に対する否定的意見は、すべてこの種の野次馬の意見で、私はともあれ、
交通事故なのだ。

三島由紀夫「感想 広域重要人物きき込み捜査『エッ! 三島由紀夫??』」より

148 :名無しさん@また挑戦:2011/04/06(水) 18:09:57.12 ID:???
空手は武器を禁じられた沖縄島民の民族の悲願が凝つて成つた武道ときいてゐる。日本の戦後も占領軍による
武装解除がそのまま平和憲法に受けつがれ、徒手空拳で戦ひ、徒手空拳で身を守るほかに、民族の志を維持する道を
ふさがれてゐる。
空手道が戦後の日本で隆盛になつたのは決して偶然ではない。

三島由紀夫「第十一回空手道大会に寄せる……」より


刀が武士の魂といはれ、筆が文士の魂といはれるのは、道具を使つた闘争や芸術表現が、そのまま精神のあらはれに
なるためには、その道具と生体の一体化が企てられねばならぬ、といふ要請から生れた言葉であらう。道具が
生体の一部になればなるほど、道具はただの道具ではなくなり、手段はただの手段ではなくなり、魂といふ幹の
一本の枝になつて、そこにまで魂の樹液が浸透して、魂の動くままに動き、いはば道具は透明になるであらう。
そのとき、手段と目的、肉体と精神、行動と思想の、乖離や二元性は完全に払拭されるであらう。

三島由紀夫「空手の秘義」より

149 :名無しさん@また挑戦:2011/04/06(水) 18:15:19.49 ID:???
現代に政治を語る者は多い。政治的言説によつて世を渡る者の数は多い。厖大なデータを整理し、情報を蒐集し、
これを理論化体系化しようとする人は多い。しかもその悉くが、現実の上つ面を撫でるだけの、究極的には
ニヒリズムに陥るやうな、いはゆる現実主義的情勢論に墜するのは何故だらうか。このごろ特に私の痛感する
ところであるが、この複雑多岐な、矛盾にみちた苦悶の胎動をくりかへして、しかも何ものをも生まぬやうな
不毛の現代社会に於て、真に政治を語りうるものは信仰者だけではないのか? 日本もそこまで来てゐるやうに
思はれる。

三島由紀夫「『占領憲法下の日本』に寄せる」より


もつとも美しい男の服装は剣道着である。手に藍のつくやうな、匂ふやうな濃い藍の稽古着、袴に、黒胴と垂れを
つけた姿ほど、日本男児の美しさを見せるものはない。

三島由紀夫「男らしさの美学」より


正しい力は崇高であり、汚れた力は醜悪であることは、あたかも、清い水は生命をよみがへらせ、汚ない水は
人を病気にさせるのに似てゐる。

三島由紀夫「『第十二回全国空手道選手権大会』推薦文」より

150 :名無しさん@また挑戦:2011/04/06(水) 20:14:21.41 ID:???
羞恥心は微妙なパラドキシカルな感情である。自分について羞恥心を抱いてゐるとき、人は又、ひそかに、
あたかも罪悪感のやうなナルシシズムを抱いてゐるかもしれず、憎悪と愛とのアンビヴァレンツを隠してゐるかも
しれない。それだけ羞恥心は、自分の内部の深いものとインティメートな感情の、隠れ家であつたかもしれない。
日本人が日本の古い習俗を「蛮風」として恥ぢてゐたときには、どこかで心の一部がその蛮風に支配されて
ゐたときかもしれない。心のみならず、自分の生活感情や社会意識に、ひそかに、そんな蛮風が影を落してゐた時
かもしれない。


文明人がプリミティヴィズムを内部に蔵してゐるのは、何と素敵なことであらう。蒼ざめた都市生活者であること
よりも、noble savage であるといふことは、現代人として何と誇らしいことであらう。一国の文化の底の底を
掘り起しても、何ら原始的な生命の根に触れえないやうな「文明国民」とは、何と十九世紀的で、何と時代おくれな
ことであらう!

三島由紀夫「序(矢頭保写真集『裸祭り』)」より

151 :名無しさん@また挑戦:2011/04/06(水) 20:22:24.57 ID:???
本とはよくしたもので、読むはうに「読書術」などといふ下品な、町人風な、思ひ上がつた精神があれば、
本のはうも固く扉をとざして、奥の殿を拝ませないのが常である。殊に文学作品を読むには、それなりに一定の
時間と、細心の注意と、酔ふ覚悟が必要である。
私は二三の文学賞の委員をしてゐるが、その一つは殊に長編小説中心の賞で、各作家の心をこめた長編を七つ八つは
読まねばならぬ。大へんな重量感で、大へんな精神的負担である。気持が受身になつたら最後、読めるものではない。
そこで私は、心持を水のやうにして、作品の中へ流れ入るやうに心がける。すると大ていな偏見も除かれ、
どんなに自分のきらひな作家でも、その作家なりの苦心経営の跡を虚心に味はふことができる。そのためには
どうしても時間がかかる。時間をかけたくなければ、偏見の色メガネをかけて読めばよいのである。これが
速読法としてはもつとも有効確実なものであらう。

三島由紀夫「私の読書術」より

152 :名無しさん@また挑戦:2011/04/06(水) 20:31:26.70 ID:???
宇宙的見地に立てば、建築そのものと建築模型とのあひだのひらきは、ほとんどゼロに等しいほど微小なものに
なるであらう。人間がこれを区別するのは、ただ単に、実用に供しうるか否かといふプラクチカルな価値判断しか
ないからであるが、そもそも建築の本質が、実用価値(人が住み、あるひはその中で仕事をしうるといふ価値)
だけにあるのではないことは、例へばアンコール・トムのバイヨン寺院一つ見ても明らかであらう。そして、
人が住み、その中に入りうるといふ実用価値を絶対的に否定しようとすれば、何よりの捷経は、その建築を、
人の決して入りえないサイズに縮小してしまふことである。
人の決して入れない建築、住めない建築、しかも太陽の明暗のくつきりとした建築、……さういふものを考へて、
子供の私が、フィクションとしての文学に到達したのは、すこぶる自然であると言はねばならない。

三島由紀夫「電灯のイデア――わが文学の揺籃期」より

153 :名無しさん@また挑戦:2011/04/07(木) 10:41:09.12 ID:???
Q――生、虚構(フィクション)、事実(ファクト)について。
三島:あらゆるものがニセモノ。政治も芸術も、どこかで有効性にすがりついてゐる限りフィクションだ。
事実は死だけ。存在証明の最終的なものは死だ。焼身自殺などは事実の最高。かうした日常性=フィクションに
対して、一人の芸術家が抵抗しようとする時、死しかない。事実としての死。主義(イデオロギー)なんか
問題ぢやない。

Q――現代について。
三島:(中略)知識人が守りたがつてゐたものは何か? 守るためには何かしなきやならない、ことがわかつてきた。
“守る行為”を今まで何と思つてきたか? 暴力が平和を、平和が暴力を守る時もある。暴力の等価性、それが
紛争状態で証明された。デモクラシーは、他の国へ入つて他の国の人を殺すこともできるものだ。ベトナム戦で
はじめて現実を知つたんぢやおそいのだ。日本人は絶対性を好む。相対的、簡易主義に立脚してゐるデモクラシーを
絶対化したところに誤りがある。

三島由紀夫「壮麗なる“虚構”の展開」より

154 :名無しさん@また挑戦:2011/04/07(木) 12:41:58.80 ID:???
少年時代には、ホテルといふものは、日本の西欧化の一つのあこがれのシンボルであつた。東京にはホテルらしい
ホテルは帝国ホテルしかなかつたし、戦時中の日本主義全盛時代にも、ホテルの中だけは、欧化主義の治外法権が
ゆるされてゐた。堀辰雄の小説には、神戸などの洒落た小ホテルが、いかにもヨーロッパの一港市の憂愁にみちた
小ホテルのやうに描かれてゐたし、私も大人になつたら、そんなところへ一人旅をしてちよつと微熱を出して、
部屋に引きこもつて、洋書でも読んでゐたらよからうと思はれた。(中略)
ところが成人して作家になつた私にとつていつしかホテルは牢獄になつた。急ぎの、集中を要する仕事は、いつも
ホテルに自己監禁をして、仕上げるのが習慣になつたからである。ホテルに対するロマンチックなイメージは
完全に消失した。同じ形の窓を並べたあの巨大なコンクリートの巣を見上げると私はすぐさま、その一室で机に
向つてゐる自分の姿を思ひうかべ、異様な圧迫感にふたがれるのである。(中略)

三島由紀夫「ホテル」より

155 :名無しさん@また挑戦:2011/04/07(木) 12:45:24.93 ID:???
なぜホテルで仕事がはかどるかといふと、その完璧な非人情、その無機質のサーヴィスが、仕事に対して、何ら
人間関係の邪魔物を持ち込まないからである。室内にする音は、冷暖房装置の衣ずれのやうな風音と、こちらの
原稿用紙の紙の音ばかり、集中を妨げるものは何一つなく、衣食住は機械的に保障されてゐるから、腹が減つたら
電話一本かければよく、フロに入りたかつたら、人手を借りずに入れる。何だか、寂しい、清潔な、福祉国家の
一員になつたやうな気がするし、フランスのランチエ(年金生活者)の生活感情に似たものを味はへる。何ら
不安も希望もないこんな状態が仕事に必要なのだ。つまり、生きながら死んでゐるといふ、ぜいたくな仮死状態を、
ホテルが保障してくれるのである。
仕事が行き詰まると、ドレス・アップして食堂へゆく。わざとメニューにない料理を注文したり、クレソンだけの
サラダを作らせたりして、ウェイターを困らせて、ヨーロッパの気むづかしい独り者の金持の老人のやうな
晩餐をする。ああはなりたくないと思つてゐるやうな人物に変身するたのしみ。(中略)

三島由紀夫「ホテル」より

156 :名無しさん@また挑戦:2011/04/07(木) 12:48:48.49 ID:???
窓を見る。高速道路の上を車が流れ、ネオン・サインが地の果てまで、瑠璃光を放つて散らばつてゐる。動いてゐる。
動いてゐるけれども、この大都市の歓楽には、人間の欲望の組織化にはあたかもホテルの密室と同じやうな、
無機質の「完璧なサーヴィス」のにほひがある。人間にはこれこれのものだけを与へておけば、それで必要にして
十分であり、それ以上のものを与へる要はないといふ管理者の不人情がある。おびただしい赤・黄・紫・緑・青の
ネオンには、たしかに過剰と競争があるけれども、その熱気は、冷たい一枚のガラスの窓からながめると、
冷蔵庫の中でしんしんと四角い小さな氷を作つてゐる機構のやうに、「冷えきつた熱気」といふふうに感じられる。
そしてこれだけの大都会が、あたかも仕事中のホテルの密室のやうに、ただ人間を仮死状態に置くために活動して
ゐるやうに見えるのである。私はこんな世界におさらばをするのには、大した抵抗を覚えないやうな気がする……。

三島由紀夫「ホテル」より

157 :名無しさん@また挑戦:2011/04/07(木) 12:53:24.06 ID:???
――もとよりかうした感想は、仕事に疲れた一文士の誇張にすぎない。ホテルといふ抽象的環境が、世界を
むやみに抽象的に見せてゐる心理作用にすぎない。いはばこれは幻覚なのだ。
しかし、かうした「はかなさ」の幻覚だけが、私を仕事へ向かはせるのもたしかなことだ。もし人生を十分に
愛してゐたら、文学をやらうなどといふバカな気を起すわけがない。「はかなさ」から仕事が生れ、別乾坤を
作り出さうといふ意欲が生れる。ともすると、仕事をするためには、人工的に「はかなさ」を作りだす装置が
必要なのかもしれず、ホテルはその最適の装置である。

三島由紀夫「ホテル」より

158 :名無しさん@また挑戦:2011/04/07(木) 14:40:27.47 ID:???
不思議なことに色気の感じられる女は、昔から単に陰性な、内気一方の女ではなく、どこかに凜とした男まさりの
ところがなければならない。


性的魅力において自分よりすぐれてゐると思はれる女を、男に紹介するバカな女はゐないのである。


ひたすら男性の嗜好に合はせて長い訓練を経て形成された色気といふものに対して、女はある本能的な敵意を
持つてゐるものであるらしい。


多くの女に色気があると言はれてゐる男は、概して男の世界では顰蹙と軽蔑の対象である。もちろんその中には
羨望や嫉妬がまじつてゐないとは言へないが、そのやうな男は概して男の理想的なイメージとはなりにくいのである。
なぜならば、男がみづから克服したいと思つてゐる欠陥を女は愛するからである。勝利者にあこがれる女よりも
敗北者にあこがれる女のはうが圧倒的に多い。

三島由紀夫「女の色気と男の色気」より

159 :名無しさん@また挑戦:2011/04/07(木) 14:44:58.11 ID:???
家庭にはひりこんでくるテレビの威力の前に、子どもたちを守らうとしても、もうむだです。よい言葉やよい
しつけについては、おとなでさへ忘れてしまつてゐる時代です。何がよいことで、何がわるいことか、子どもたちは
わかりやすい簡単な基準を与へてほしがつてゐるのですが、それを与へることのできない親たちは、子どもたちを
しかる資格さへ失つてゐるのです。


ある形に結晶し完成された生活や道徳は、その安定した美しさで、別の美しさを誘ひ出します。一つの美しさは
別の美しさと照応し、一つの美しさによつて別の美しさが誘ひ出される。これが美の法則でもあり、道徳の法則でも
あります。美しさは「誘ひ出される」のです。もしこれが確信を持たぬ不完全な美なら心をうちますまいし、
またもしこれが風土に根ざさぬ抽象的な高遠な人類愛のお話なら心をたのしませないでせう。遠い歴史と風土の
中に咲く花であつても、小さく咲いた完全なえにしだは、日本の可憐な夕顔の親せきになり、われわれの心に、
忘れてゐた夕顔の美しさを誘ひ出すのです。

三島由紀夫「序(セギュール夫人作 松原文子・平岡瑤子訳『ちっちゃな淑女たち』)」より

160 :名無しさん@また挑戦:2011/04/07(木) 15:05:54.05 ID:???
刑事が被疑者を扱ふやうに、当初から冷たい猜疑の目で作家を扱ふ作家論が、いつも犀利な批評を成就するとは
限らない。義務的に読まされる場合は別として、私は虫の好かぬ作家のものは読まぬし、虫の好く作家のものは読む。
すでに虫が好いてゐるのであるから、作品のはうも温かい胸をひらいてくれる。そこへ一旦飛び込んで、作家の
案内に委せて、無私の態度で作中を散歩したあとでなければ、そもそも文学批評といふものは成立たぬ、と私は
信ずるものだ。ましてイデオロギー批評などは論外である。非政治主義を装つた、手のこんだ政治主義的批評は
数多いのである。
これが私の基本的態度であるから、はじめから気負ひ立つた否定などは、一度も企てたことがなかつた。否定が
逸するところのものを肯定が拾ふことがある。もしその拾つたものに批評の意味が発見されれば、本書の目的は
達せられたことにならう。

三島由紀夫「あとがき(『作家論』)」より

161 :名無しさん@また挑戦:2011/04/07(木) 16:58:26.53 ID:???
滝ヶ原分屯地にお世話になりはじめてから、早いものですでに四年になる。(中略)
私の生涯でも、自分の家以外に、こんなに長い時間をすごした場所は他にない。富士学校はわが母校、滝ヶ原は
第二のわが家と人に言ふやうになつた。
ここでは終始温かく迎へられ、利害関係の何もからまない真の人情と信頼を以て遇され、娑婆ではつひに味はふ
ことのない男の涙といふものを味はつた。
私にとつてはここだけが日本であつた。娑婆の日本の喪つたものの悉くがここにあつた。
日本の男の世界の厳しさと美しさがここだけに活きてゐた。われわれは直接、自分の家族の運命を気づかふやうに、
日本の運命について語り、日本の運営について憂へた。
それがすべてここでは自然であり、インテリの観念の上すべりも、大衆社会のかしましさもなく、ぢかに手に
ふれる手ざはり、ぢかに足で踏みしめる富士山麓の日本の大地の足ざはりを以て、日本の危機と困難と非運について
考へることができた。

三島由紀夫「滝ヶ原分屯地は第二の我が家」より

162 :名無しさん@また挑戦:2011/04/07(木) 17:01:18.27 ID:???
ここは私の鍛練の場所でもあり、思索の場所でもあつた。
私は、ここで自己放棄の尊さと厳しさを教へられ、思想と行為の一体化を、精神と肉体の綜合のきびしい本道を
教へられた。
汗と労苦を男の強情我慢を、忍耐を、極限の自己の探究を、規律を、それを克服した者のみの知る喜びを教へられた。
これらはすべて自衛隊の教官助教官諸官の無私の指導に負ふところのものであつた。
知らない間に、私は、あの傍観者たちの世界における異端者になつてゐた。
この私に対し、終始温かい後楯になつて下さつた歴代連隊長を始め、滝ヶ原分屯地の方々のすべてに、私は感謝の
一語あるのみである。
同時に、二六時中自衛隊の運命のみを憂へ、その未来のみに馳せ、その打開のみに心を砕く、自衛隊について
「知りすぎた男」になつてしまつた自分自身の、ほとんど狂熱的心情を自らあはれみもするのである。

三島由紀夫「滝ヶ原分屯地は第二の我が家」より

163 :名無しさん@また挑戦:2011/04/07(木) 17:05:03.64 ID:???
ものを書くことと農耕とは、いかによく似てゐることであらう。嵐にも霜にも、精神は一刻の油断もゆるさず、
たえず畑を見張り、詩と夢想の果てしない耕作のあげくに、どんな豊饒がもたらされるか、自ら占ふことができない。
書かれた書物は自分の身を離れ、もはや自分の心の糧となることはなく、未来への鞭にしかならぬ。どれだけ
烈しい夜、どれだけ絶望的な時間がこれらの書物に費やされたか、もしその記憶が累積されてゐたら、気が狂ふに
ちがひない。……しかし、今日も亦、次の一行、次の一行と書き進めてゆくほかに、生きる道はないのだ。

三島由紀夫「無題(『三島由紀夫展』案内文 書物の河)」より


にせものの血が流れる絢爛たる舞台は、もしかすると、人生の経験よりも強い深い経験で、人々を動かし富ます
かもしれない。音楽や建築に似た戯曲といふものの抽象的論理的構造の美しさは、やはり私の心の奥底にある
「芸術の理想」の雛型であることをやめないのだ。

三島由紀夫「無題(『三島由紀夫展』案内文 舞台の河)」より

164 :名無しさん@また挑戦:2011/04/07(木) 17:09:08.14 ID:???
私の肉体はいはば私のマイ・カーだつた。この河は、マイ・カーのさまざまなドライヴへ私を誘ひ、今まで
見なかつた景色が私の体験を富ませた。しかし肉体には、機械と同じやうに、衰亡といふ宿命がある。私は
この宿命を容認しない。それは自然を容認しないのと同じことで、私の肉体はもつとも危険な道を歩かされて
ゐるのである。

三島由紀夫「無題(『三島由紀夫展』案内文 肉体の河)」より


この河と書物の河とは正面衝突する。いくら「文武両道」などと云つてみても、本当の文武両道が成立つのは、
死の瞬間にしかないだらう。しかし、この行動の河には、書物の河の知らぬ涙があり血があり汗がある。言葉を
介しない魂の触れ合ひがある。それだけにもつとも危険な河はこの河であり、人々が寄つて来ないのも尤もだ。
この河は農耕のための灌漑のやさしさも持たない。富も平和ももたらさない。安息も与へない。……ただ、
男である以上は、どうしてもこの河の誘惑に勝つことはできないのである。

三島由紀夫「無題(『三島由紀夫展』案内文 行動の河)」より

165 :名無しさん@また挑戦:2011/04/07(木) 17:17:10.56 ID:???
日本人は何度でも自国の古典に帰り、自分の源泉について知らねばならない。その泉から何ものかを汲まねば
ならない。この「源泉の感情」が涸れ果てるときこそ、一国一民族の文化がつひに死滅するときであらう。

三島由紀夫「文化の危機の時代に時宜を得た全集(『日本古典文学全集』推薦文)」より


政治に暗く、経済に暗く、社会に暗く、しかしその暗い全景の一部分に、丁度ルネッサンスの風景画のやうに、
啓示のやうな光りを強く浴びてゐる部分がある。そこだけ草が輝き、羊の背が光つてゐる。そこだけ木立は光りに
あふれた籠のやうに見え、そこだけ流れは光彩を放つてゐる。そここそは、女だけに特権的な、不可侵の情念の
領域なのだ。

三島由紀夫「詩集『わが手に消えし霰』序文」より


まじめで良心的なのも思想だが、不まじめで良心的といふ思想もあれば、又、一番たちのわるいのに、まじめで
非良心的といふ思想もある。

三島由紀夫「あとがき(『行動学入門』)」より

166 :名無しさん@また挑戦:2011/04/07(木) 17:20:59.73 ID:???
偉大な作家には、おもてむきの傑作と、裏側の傑作があるらしい。顕教的顕仏的傑作と、密教的秘仏的傑作と
言ひかへてもよい。

三島由紀夫「『眠れる美女』論」より


天才の奇蹟は、失敗作にもまぎれもない天才の刻印が押され、むしろそのはうに作家の諸特質や、その後
発展させられずに終つた重要な主題が発見されることが多いのである。

三島由紀夫「解説(『新潮日本文学6谷崎潤一郎集』)」より


性の拒否が最高の性のよろこびに到達する大詰の童話の結婚式は、あらゆる童話における、
「それから王子様と王女様は世界でいちばん倖せに暮しました」
といふ決り文句の、ほとんど猥褻なひびきを伝へるものでなければならない。至福の猥褻さは、死の猥褻さに
似てゐる。現世離脱は、同時に、自己からの離脱である。

三島由紀夫「『薔薇と海賊』について」より

167 :名無しさん@また挑戦:2011/04/17(日) 19:53:26.07 ID:???
私には、一九四五年から四七、八年にかけて、いつも夏がつづいてゐたやうな錯覚がある。
(中略)
私はあのころ、実生活の上では何一つできなかつたけれども、心の内には悪徳への共感と期待がうづまき、
何もしないでゐながら、あの時代とまさに「一緒に寝て」ゐた。どんな反時代的なポーズをとつてゐたにしろ、
とにかく一緒に寝てゐたのだ。
それに比べると、一九五五年といふ時代、一九五四年といふ時代、かういふ時代と、私は一緒に寝るまでに
いたらない。いはゆる反動期が来てから、私は時代とベッドを共にしたおぼえがない。
作家といふものは、いつもその時代と、娼婦のやうに、一緒に寝るべきであるか? もちろん小説には、
まぬがれがたい時世粧といふものは要る。しかし反動期における作家の孤立と禁欲のはうが、もつと大きな小説を
みのらせるのではないか? 
……それにしても、作家は一度は、時代とベッドを共にした経験をもたねばならず、その記憶に鼓舞される必要が
あるやうだ。

三島由紀夫「小説家の休暇」より

168 :名無しさん@また挑戦:2011/04/17(日) 19:57:02.73 ID:???
人間のやつたことは、自然力から、人間生活に役立つ効用を発見し、機能を引出すことだつた。道具や機械に
とつては、物の究極の構造などはどうでもよいのだ。自然の一機能が、ただグロテスクに誇張されてゐればよいのだ。
科学が誕生した。科学の目的は、宇宙的法則および宇宙構造の認識に在るとしても、それを模写し、その雛型を
つくることに在るのではない。そんな全的なことは、何の役にも立たないのだ。
(中略)
原子力時代が到来して、科学の人間的要請、つまり自然の効用と機能を盗むことが、いひしれぬ非人間的な結果に
おちいり、逆に、非人間的要請から出発した芸術が、唯一の人間的なものとして取り残されたのは、逆説的な
ことである。しかし原子力研究が発見したやうな物の究極の構造へ、芸術は新らしい方法によつて達するべきで
あらうか? あくまで可視的な自然にとどまることが、芸術の節度であり、倫理でもあるのではないか? 
原子爆弾は、人間の作つたもつともグロテスクな、誇張された自然である。

三島由紀夫「小説家の休暇」より

169 :名無しさん@また挑戦:2011/04/17(日) 20:00:03.55 ID:???
私が太宰治の文学に対して抱いてゐる嫌悪は、一種猛烈なものだ。第一私はこの人の顔がきらひだ。第二に
この人の田舎者のハイカラ趣味がきらひだ。第三にこの人が、自分に適しない役を演じたのがきらひだ。女と
心中したりする小説家は、もう少し厳粛な風貌をしてゐなければならない。
私とて、作家にとつては、弱点だけが最大の強味となることぐらゐ知つてゐる。しかし弱点をそのまま強味へ
もつてゆかうとする操作は、私には自己欺瞞に思はれる。どうにもならない自分を信じるといふことは、
あらゆる点で、人間として僭越なことだ。ましてそれを人に押しつけるにいたつては!
太宰のもつてゐた性格的欠陥は、少なくともその半分が、冷水摩擦や器械体操や規則的な生活で治される筈だつた。
生活で解決すべきことに芸術を煩はしてはならないのだ。いささか逆説を弄すると、治りたがらない病人などには
本当の病人の資格がない。

三島由紀夫「小説家の休暇」より

170 :名無しさん@また挑戦:2011/04/17(日) 20:04:24.34 ID:???
青年の自殺の多くは、少年時代の死に関するはげしい虚栄心の残像である。絶望から人はむやみに死ぬものではない。
私は青年期以後、はじめて確乎とした肉体的健康を得た。かういふ人には、生れつき健康な人間とは別の心理的
機制があつて、自分は今や肉体的に健康だから、些事に対して鈍感になる権利があると考へ、そんなふうに自分を
馴らしてしまふのである。


典型的な少年は、少年期の犠牲になる。しかしこれは少年期ばかりではないかもしれぬ。典型的な青年は、青春の
犠牲になる。十分に生きることは、生の犠牲になることなのだ。生の犠牲にならぬためには、十分に生きず、
フランス人のやうに吝嗇を学ばなければならぬ。貯蓄せねばならぬ。卑怯な人間にならなければならぬ。

三島由紀夫「小説家の休暇」より

171 :名無しさん@また挑戦:2011/04/17(日) 20:10:28.09 ID:???
学生にふさはしい趣味は、おそらくスポーツだけであらう。そして学生にふさはしい文章は、その清潔さにおいて、
アスリート的文章だけであらう。どんなに華美な衣裳をつけてゐても、下には健康な筋骨が、見え隠れして
ゐなくてはならない。
ところで最近私は、「太陽の季節」といふ学生拳闘選手のことを書いた若い人の小説を読んだ。よしあしは別にして、
一等私にとつて残念であつたことは、かうした題材が、本質的にまるで反対の文章、学生文学通の文章で、
書かれてゐたことであつた。


極度にまで理性に蝕まれた感情が、しかも強力に観客に作用して、観客を引きずつてゆかねばならないとは、劇の
逆説的要請であるが、感情のかういふ逆説の可能になる場所が、まさに俳優の肉体なのだ。そして媒体である俳優は、
白(せりふ)を諳んじ、ある白のあとで退場するといふやうなこまごました理性の統制に服しながら、同時に
その生理的機能をあげて、顔を紅潮させて怒り、あるひは時には本物の涙を流して嘆くのである。
しかし俳優の作品は極度に抽象的で、芸術家のなかでもつとも肉体(可視的)でものを言ふ俳優なるものが、
実はもつとも抽象的(不可視的)な作品をもつてゐる。

三島由紀夫「小説家の休暇」より

172 :名無しさん@また挑戦:2011/04/17(日) 20:19:15.38 ID:???
肉体が宿命的であるならば、精神も宿命的でないとはいへない。俳優における肉体の宿命は、あらゆる芸術家に
おける精神の宿命と、相似のものでないとはいへない。小説家の作品にも、作曲家の作品にも、画家の静物画にも、
われわれは俳優の肉体と相似のもの、まるで肉体の宿命のやうにはつきりした精神の宿命を見ないだらうか? 
これらの芸術家が素材を可塑的(プラスチック)だと思つてゐるのは、単なる妄信ではなからうか?
かう考へてゆくと、私には、俳優なるもののグロテスクな定義が思ひうかんで来るのである。私は仮りに、
(あくまで仮りにだが)、かう定義したい誘惑にとらはれる。
「芸術家としての俳優は、内面と外面とが丁度裏返しになつた種類の人間、まことに露骨な可視的な精神である」と。
(中略)彼があんなにも次々と、他人の精神に身をまかせながら、(この点では俳優は批評家に似てゐる)、
批評と別の方向を辿るのは、彼にとつてはつきりした外面、はつきりした肉体があるおかげではないか。

三島由紀夫「小説家の休暇」より

173 :名無しさん@また挑戦:2011/04/17(日) 20:24:17.71 ID:???
扇が射落されたとき、(那須の)与市のその行為は、彼の現実認識と一つものになつてゐた。それがそのまま
認識たりうるやうな稀な行為。与市はその行為の体験によつてのみ認識に達し得たのであり、その瞬間、認識と
行為とはまつたく同一の目的、すなはち現実を変革するといふ目的に奉仕した。
さて、われわれは、かういふ一瞬のために生きれば足り、爾余の人生は死にすぎない。与市がそれによつて
生きたやうな一瞬こそ、まさに純粋な生、極度に反芸術的なもの、芸術不要の一点だ、と私は言ふのである。
芸術をここへもつてくれば、芸術は認識の冷たさと行為の熱さの中間に位し、この二つのものの媒介者であらうが、
芸術は中間者、媒介者であればこそ、自分の坐つてゐる場所がひろびろと、居心地のよいことをのぞまず、むしろ
つねに夢みてゐるのは、認識と行為とがせめぎ合ひ、与市のそれのやうに、ぎりぎりの決着のところで結ばれて、
芸術を押しつぶしてしまふことなのである。そして芸術がいつもかかるものから真の養分を得て、よみがへつて
来たといふ事実以上に、奇怪な不気味なことがあらうか?

三島由紀夫「小説家の休暇」より

174 :名無しさん@また挑戦:2011/04/18(月) 20:31:43.30 ID:???
われわれの目に映る範囲では、女性的特色をもつた男色家はたくさんゐる。熾烈な女装の欲望を抱いた男もあれば、
男の言葉を使ふことにゆゑしらぬ困難を感ずる男もある。しかし無智な人間ほど、面白いことには、男色の
本質的特異性がつかめず、世俗的な異性愛の常識に犯されてしまふのである。その結果、どうなるかといふと、
自分が男のくせに男が好きなのは、自分が女だからだらうと思ひ込んでしまふ。人間は思ひ込んだとほりに
変化するもので、言葉づかひや仕草のはしばしまで、おどろくほど急激に女性化してくる。田舎出の少年などは、
ひとたびこの風習に染まると、それが都会のハイカラな流行だと思ひちがへて、たちまち女言葉に習熟してくる。
それはあたかも外国人が日本へ来て、女からばかり日本語を習つて、女の言葉づかひしか出来なくなつた場合に
似てゐる。これらの変化は生理的な変化といふよりも、支配的な異性愛文化の影響下にある一種の社会的変化とでも
云つたはうが適当であらう。

三島由紀夫「小説家の休暇」より

175 :名無しさん@また挑戦:2011/04/18(月) 20:36:03.26 ID:???
例のビキニ実験における補償問題でも感じたことであるが、その実験を非人間的といひ、反人道的といふときに、
われわれの人間なる概念は、すでに動揺を来してゐる。私は政治的偏見なしに言ふのであるが、水爆の実験を
した国の人間が、被害国の人間に補償を提供するといふこの行為には、国際間の問題とか、人種的偏見の問題とかを
超えて、人間の或る機能が、人間の別の機能に対して、慈悲を垂れてゐるといふ感を与へる。「知的」な概観的な
世界像に直面してゐる人間が、自分の一部分であるところの、さういふ世界像と無縁な部分に、慈悲を垂れるとは
何を意味するか。私は人間相互の問題といふよりも、人間一般の内部の出来事、といふふうに理解するのである。
たとへばわれわれは、水爆を企画する精神と無縁ではない。われわれが文明の利便として電気洗濯機を利用する
ことと、水爆を設計した精神とは無縁ではない。科学はさういふ風に発達して来て、精神の歴史にも関はつて
来たのであり、火薬の発明と活字の発明は、かつて手をたづさへて、封建制を打破したのであつた。

三島由紀夫「小説家の休暇」より

176 :名無しさん@また挑戦:2011/04/19(火) 11:37:11.30 ID:???
現代の人間概念には、おそるべきアンバランスが起つてゐる。広島の原爆の被災者におけるよりも、あの原爆を
投下した人間に、かうしたアンバランスはもつと強烈に意識された筈であつた。被災者は火と閃光と死を見た。
それを知的に概観的に理解する暇はなかつた。相手が原爆であらうと、大砲であらうと、小銃であらうと、被害者は
いつも原始的な個体に還元され、死がさらに彼を物質に還元してしまふ。しかし原爆投下者はどうだつたか? 
彼は決して巨人の感受性にめぐまれてゐたわけではなかつた。彼の肉体は小刀にも血を流し、うすい皮膚の下には、
こはれやすい内蔵が動いてゐた。しかし彼には距離があり、はるか高みから日本の小さな地方都市を見下ろしてゐた。
人間の同一の条件についての意識は隠蔽された。むしろ彼はそれを押しかくした。おそらくいくばくの技術と
科学知識にめぐまれてゐた投下者は、巨大ならざる自分の感受性を、あの知的な概観的な世界像の下に押しつぶす
ことを知つてゐたのである。そしてかういふ小さな隠蔽、小さな抑圧が、十分あの酸鼻な結果をもたらすに足りた。

三島由紀夫「小説家の休暇」より

177 :名無しさん@また挑戦:2011/04/19(火) 11:41:06.93 ID:???
ところがかうした投下者の意識は、今日われわれの生活のどの片隅にも侵入してゐて、それが気づかれないのは、
習慣になつたからにすぎないのである。われわれは、新聞やラヂオのニュースに接したり、あるひは小さな
政治問題にひそむ世界的な関聯に触れたり、国際聯合を論じ世界国家を夢想したりするとき
のみならず、ほんの日常の判断を下すときにも、知的な概観的な世界像と、人間の肉体的制約とのアンバランスに
当面して、一瞬、目をつぶつて、「小さな隠蔽」、「小さな抑圧」を犯すことに馴れてしまつた。瞬間、われわれは
巨人の感受性を持つてゐるやうな錯覚におそはれる。私が諷して巨人時代といふのは、このことを斥すのだ。
かくて例の水爆実験の補償は、私の脳裡でふしぎな図式を以て、浮んで来ざるをえない。いづれも人間の領域で
ありながら、一方には、水爆、宇宙旅行、国際聯合をふくめた知的概観的世界像があり、一方には肉体的制約に
包まれた人間の、白血病の減少があり、日常生活があり、家族があり、労働があるのだ。

三島由紀夫「小説家の休暇」より

178 :名無しさん@また挑戦:2011/04/19(火) 11:48:17.58 ID:???
この二つのものをつなぐ橋が経済学だけで解決されようとは思はれぬ。この二つのものは、現代に住む人間の
条件であり、アメリカの富豪にあつても、焼津の漁夫にあつても、程度の差こそあれ、免れがたい同一の条件
なのである。(中略)
そして慈悲を垂れることが侮蔑を意味するなら、この現象は、人間が人間を侮蔑し、人間の或る価値が他の価値を
おとしめつつあることに他ならぬ。人間内部の問題だと云つたのはこのことである。
さて、かうした「巨人時代」が来てから、巨人的な精神といふものは、徐々に必要でなくなり、半ば衰減してをり、
政治の領域でさへ、四巨頭会議といふ用語は、首をかしげさせることになつた。世界の国々をめぐつて飛行機旅行を
した人には、実感のあることであるが、そのひどく無機的な旅の印象には、われわれの統一や綜合をめざす精神の
動きは入りこむ隙のない感を与へられる。

三島由紀夫「小説家の休暇」より

179 :名無しさん@また挑戦:2011/04/19(火) 11:52:41.92 ID:???
われわれはただ地上を地図のやうに考へ、与へられた概観に忠実であることによつてしか、世界を把握することが
できぬ。現代は、丁度かうして、常住飛行機に乗つてゐるやうなものである。諸現象は窓のかなたを飛び去り、
体験は無機的になり、科学的な嘔吐と目まひは、われわれの感覚を占領してしまふ。
精神はどこに位置するのか、とわれわれは改めて首をかしげる。巨人的な精神とは、一個の有機体であつて、
こんなものを容れる隙が世界にはなくなつた。巨人的な精神とは、精神それ自体の法則に従つて統一と綜合を
成就したものであるから、その肉体的制約と世界像の間には、小宇宙と大宇宙のやうな相互の反映があつて、
しかも堅固な有機的基礎に立つてゐた。さういふものが人間と称されてゐたのに、人間概念は崩壊したのである。
人間愛はかくて侮蔑的なものになつた。なぜならそれは、人間が人間を愛することではなくて、誰も信じなく
なつた人間概念を信じてゐるやうなふりをすることであり、ひいては人間の自己蔑視に他ならなくなつたからである。

三島由紀夫「小説家の休暇」より

180 :名無しさん@また挑戦:2011/04/19(火) 12:00:26.47 ID:???
それでもなほかつ、精神がどこに位置するか、といふ問は、さまざまな形で問はれてゐる。私がさつき挙げた
二つのもののその後者、その肉体的制約のうちに、精神をおしこめて、そこから出発しようといふ思考の形は、
二十世紀初頭からいろいろと試みられた。(中略)精神固有の形態は、かくてすでに十九世紀末に崩壊し、
ふたたびギリシア時代が再現して、肉体と精神の親密さが取り戻されたかのやうであつた。しかし根本的なちがひは、
ギリシアの精神が美しい肉体から羽搏き飛立つたのに引きかへて、二十世紀では、精神がおそれをののいて、
肉体の中へ逃げ込んだのである。
(中略)哲学の使命である世界把握は、普遍的な概観的世界像によつて追ひ抜かれた。今日、斬新な哲学は、
ニュースによる世界把握の上に組み立てられ、哲学のみが世界像の把握に到達する唯一の小径であつたやうな
嘗ての状態は消滅した。そしてこの世界像を更新し、拡張してゆく作業を、今では科学が受け持つてゐるのである。

三島由紀夫「小説家の休暇」より

181 :名無しさん@また挑戦:2011/04/19(火) 12:03:57.67 ID:???
精神はどこに位置するか? 精神は二十世紀後半においては、人間概念の分裂状態の、修繕工として現はれる
ほかはない。統一と綜合の代りに、あの二つのものの縫合の技術が、精神の職分になるだらう。それがどんなに
不可能に見え、時にはどんなに「非人間的」に見えても、精神はこの仕事のために招かれてゐるのである。その
縫合の結果が誰に予見できよう。もし再び、肉体的制約の中へ人間が確乎として立ち戻り、科学のあらゆる兇暴な
進歩を否定することにならうと、それが簡単に精神の勝利だと云へようか? また、万一、各人が肉体的制約を
離れて、まさしく、巨人の感受性をわがものにするやうにならうと、それな簡単に精神の敗北だと云へようか? 
精神は縫合をすませれば、いづれは本来の動きに戻つて、しやにむに統一と綜合へ進むだらう。
さて、芸術は、もつとも頑なに有機的なもののなかに止まりながらも、もし精神がそれを命ずれば、どんな
怖ろしい身の毛のよだつやうな領域へも、子供じみた好奇心で、命ぜられたままに踏み込んでゆくにちがひない。

三島由紀夫「小説家の休暇」より

182 :名無しさん@また挑戦:2011/04/19(火) 17:44:42.87 ID:???
七月二十六日(火)

啓蒙主義的人間主義は、まつたく唯物的な人間主義である。自然科学だけが、このやうな人間主義を教へ、自然を
物とみなし、自然を征服せしめ、自然を道具に分解し、……やがて人間をも物として見るやうに誘導した。
なぜなら自然を物として見ることは、やがて人間をも物として見ることを意味するからである。
人間は人間をも物として見る。他人を物として見るばかりか、人から見られる自分をも物として見る。つひには
人間は、誰からも見られてゐない時だけしか、シュペルヴィエルのいはゆる「知られぬ海」の状態にある時しか、
彼自身たりえない。
近代的人間のかういふ孤独の救済のために、二つの方法が考へられる。キリスト教によつて再び、自然から
世界から人間から逃避するか、古代希臘の唯心論的自然観のうちにふたたび身をひたすか。ヘルデルリーンは
後者に従つたが、もとよりギリシアはすでに死んでをり、彼の行く道は、浪漫的個性の窄狭な通路しかなかつた。

三島由紀夫「小説家の休暇」より

183 :名無しさん@また挑戦:2011/04/20(水) 11:33:07.14 ID:???
七月三十一日(日)
私はしばしば自分の中にさういふ悪癖を感じるのだが、人に笑はれまいと思ふ一念が、かへつて進んで自分を
人の笑ひものに供するといふ場合が、よくある。戒めなくてはならぬ。社会生活といふものは、相互に自分の
弱点を提供しあひ、相互にそれを笑ふことを許し合つて成立してゐる。(中略)意識家のお先走りは、自分の
意識しない滑稽さが人に笑はれることほど意識家の矜りを傷つけることはないから、もし新たな弱点、新たな
滑稽さを自分の中に意識し発見すると、それが人に発見されるよりさきに自分が発見したといふことを他人に
納得させるために、わざわざその弱点を公共の笑ひ物に供して安心するといふやうな悪癖に立ちいたる。
他人が私に対するとき、本当に彼にとつて興味のあるものは私の弱点だけだといふことも、たしかな事実であるが、
ふしぎな己惚れが、この事実を過大視させ、もう一つの同じ程度にたしかな事実、「他人にとつて私の問題などは
何ものでもない」といふ事実のはうを忘れさせてしまふことが、往々にしてある。さういふところに成立する
告白文学ほど、醜悪なものはない。

三島由紀夫「小説家の休暇」より

184 :名無しさん@また挑戦:2011/04/20(水) 11:36:36.68 ID:???
人をして安心して笑はせるために、私も亦、私自身を客観視して共に笑ふやうな傾向も、戒めなくてはならぬ。
さまざまな自己欺瞞のうちでも、自嘲はもつとも悪質な自己欺瞞である。それは他人に媚びることである。
他人が私を見てユーモラスだと思ふ場合に、他人の判断に私を売つてはならぬ。「御人柄」などと云つて世間が
喝采する人は、大ていこの種の売淫常習者である。
意識家の陥りやすいあやまりは、自分を硝子の水槽のやうだと思ひ込んでしまふことだ。ところがやつぱり、
彼は硝子の水槽ではないのだ。この錯覚はなかなか複雑な構造をもつてゐて、実は意識家ほど、他人の目に決して
見えない自分を信じてゐる者はなく、しかしそのぎりぎりのところまでは、逆に他人にむかつて、自己解剖の
明察を誇りたく、このたえず千変万化する妥協を以て、自分の護身術と心得てゐるのである。

三島由紀夫「小説家の休暇」より

185 :名無しさん@また挑戦:2011/04/20(水) 11:39:36.01 ID:???
だから意識家は必ず看板をぶらさげ、その看板も亦、手のこんだ多様さを持つてゐるのであるが、自分を意識家と
して他人に印象づけることにぬかりがない。その一等見やすい看板が、自嘲とか自虐とかいふものなのである。
私はかつて、真のでくのばうを演じ了せた意識家を見たことがない。
傷つきやすい人間ほど、複雑な鎖帷子(くさりかたびら)を織るものだ。そして往々この鎖帷子が自分の肌を
傷つけてしまふ。しかしこんな傷を他人に見せてはならぬ。君が見せようと思ふその瞬間に、他人は君のことを
「不敵」と呼んでまさに讃(ほ)めようとしてしてゐるところかもしれないのだ。
意識家の唯一の衛生法は他人を笑ふときに哄笑を以てすることである。ニイチェも言つてゐる、「吾が年若き友よ、
汝等若し徹底的に飽迄厭世家たらんと欲するならば、笑ひを学ばなければならない」(「自己批判の試み」)

三島由紀夫「小説家の休暇」より

186 :名無しさん@また挑戦:2011/04/20(水) 11:42:18.62 ID:???
八月一日(月)
都会の人間は、言葉については、概して頑固な保守主義者である。或る作家たちが、小説のなかで、やすやすと
流行語をとり入れてゐるのを見ると、私はレオパルヂ伯の「流行と死との対話」といふ対話篇を思ひ出さずには
ゐられない。そこでは流行と死は姉妹分といふことになつてをり、この姉妹に共通な傾向、共通な作用は、
「たえず世界を新規にして行く」といふことなのである。


八月三日(水)
「葉隠」ほど、道徳的に自尊心を解放した本はあまり見当らぬ。精力を是認して、自尊心を否認するといふわけには
行かない。ここでは行き過ぎといふことはありえない。高慢ですら、(「葉隠」は尤も、抽象的な高慢といふ
ものは問題にしない)、道徳的なのである。「武勇と云ふ事は、我は日本一と大高慢にてなければならず」
「武士たる者は、武勇に大高慢をなし、死狂ひの覚悟が肝要なり」……正しい狂気、といふものがあるのだ。

三島由紀夫「小説家の休暇」より

187 :名無しさん@また挑戦:2011/04/20(水) 13:04:41.93 ID:???
八月四日(木)
日本文化の感受性は稀有のものである。これこそ独自の、どんな民族にも見当らぬほどに徹底したものである。
私にはふと、第二次大戦における敗戦は、日本文化の受容的特質の宿命でもあり、また、人が決して自分に
ふさはしからぬ不幸を選ばぬやうに、もつともこの特質にふさはしく、自ら選んだ運命ではないか、と思はれる
ことがある。なぜなら、敗北は受容的なものである。しかし勝利は、理念であり、統一的法則でなければならぬ。
日本文化は、このやうな勝利の、理念的責務に耐へ得たかどうか疑はしい。しかしそれと同時に日本の敗戦は、
理念が理念に敗れたのではなく、感受性そのものが典型的態度をとつて敗れたにすぎなかつた。そこへゆくと、
ナチス・ドイツの敗北は、完全に理念の敗北であつて、日本の敗戦とその意味はまるでちがつてゐる。ナチスの
敗北は、勝利の理念と法則から、敗北の感受性と無法則性への、日本では想像も及ばぬ、堕地獄的顛落であつた。

三島由紀夫「小説家の休暇」より

188 :名無しさん@また挑戦:2011/04/20(水) 13:20:59.33 ID:???
さて日本文化の稀有な感受性のはたらきは、つねに、内への運動と、外への運動とを、交互に、あるひは同時に、
たゆみなくつづけて来たのである。内への運動は、その美的探究の、極度の求心性にあらはれた。この感受性は
かつて普遍的な方法論を知らず、また、必要とせず、感受性それ自らの不断の鍛錬によつて、文化の中核となるべき
一理念に匹敵する。まことに具体的な或るものに到達した。日本文化における美は、あたかも西欧文化の文化的
ヒエラルヒーの頂点に一理念が戴かれるやうに、理念に匹敵するほど極度に具体的な或るものとして存在してゐる。
そこでは、理念は不要なのである。なぜなら、抽象能力の助けを借りずに、むしろそれと反対な道を進んで、
個別から普遍へと向はず、むしろ普遍から個別へ向つて、方法論を作らずに体験的にのみ探究を重ねて、しかも
同じやうに絶対(この「絶対」といふ用語も、仮に比喩として使つたのだが)をめざして進む精神は、理念の
代りに、それの等価物たる或る具体的存在にぶつからざるをえない。

三島由紀夫「小説家の休暇」より

189 :名無しさん@また挑戦:2011/04/20(水) 13:23:19.20 ID:???
私がこれを美と呼ぶのは、あくまで西欧的概念にすぎず、他に名付けやうのないものに、仮にその名称を借りたに
すぎぬ。私は、このことについては他所でもたびたび書いたのだが、日本の美は最も具体的なものである。
世阿弥がこれを「花」と呼んだとき、われわれが花を一理念の比喩と解することは妥当ではない。それはまさに
目に見えるもの、手にふれられるもの、色彩も匂ひもあるもの、つまり「花」に他ならないのである。
一方、日本文化の外への運動については、政治的措置にすぎぬ鎖国のかけで、その感受性の受容能力は、日本および
支那の古典と、現実の風俗のみに向けられて、これが今日、あやまつて「日本的」と呼びなされる、偏頗な特質、
似て非な独自性を形づくつた。もともと感受性といふものの無道徳性は、あらゆる他民族の文化の異質性をも
融解してしまふ筈のものなのだ。それはどんな放恣な娼婦よりも放恣であるべき筈なのだ。

三島由紀夫「小説家の休暇」より

190 :名無しさん@また挑戦:2011/04/20(水) 13:30:15.83 ID:???
江戸文化は、かうした感受性の外への運動を制約されて、日本の内部で、遠心力と求心力を働らかさざるを
えなかつた。その前者は、西鶴、後者は、芭蕉に代表される。
今や、しかし日本文化がこれほど裸かの姿で、世界のさまざまな思潮のうちに、さらされたことはなく、現代日本の
文化的混乱は、私には、感受性の遠心力の極限的なあらはれと思はれる。
ローマ人テレンティウスの有名な一句「私は人間である。人間的なるものは何一つ私にとつて疎遠ではないと
思つてゐる」をもぢつて言へば、「私は感受性である。感じられるものは、何一つ私にとつて疎遠ではない」かの
やうに、ギリシア思想も、キリスト教も、仏教も、共産主義も、プラグマティズムも、実存主義も、……また、
シェイクスピアの戯曲も、ドストエフスキーの小説も、ヴァレリイの詩も、ラシーヌ劇も、ゲーテの抒情詩も、
李白や杜甫の詩も、バルザックの小説も、また、トオマス・マンの小説も、……どれ一つとして、この稀有な、
私心なき感受性にとつて疎遠ではないのである。

三島由紀夫「小説家の休暇」より

191 :名無しさん@また挑戦:2011/04/20(水) 13:33:34.14 ID:???
一見混乱としか見えぬ無道徳な享受を、未曾有の実験と私が呼ぶのは、まさにこんな極限的な坩堝の中から、
日本文化の未来性が生れ出てくる、と思はれるからだ。なぜならかうした矛盾と混乱に平然と耐へる能力が、
無感覚とではなく、その反対の、無私にして鋭敏な感受性と結びついてゐる以上、この能力は何ものかである。
世界がせばめられ、しかも思想が対立してゐる現代で、世界精神の一つの試験的なモデルが日本文化の裡に作られ
つつある、と云つても誇張ではない。指導的な精神を性急に求めなければこの多様さそのものが、一つの広汎な
精神に造型されるかもしれないのだ。古きものを保存し、新らしいものを細大洩らさず包摂し、多くの矛盾に
平然と耐へ、誇張に陥らず、いかなる宗教的絶対性にも身を委ねず、かかる文化の多神教的状態に身を置いて、
平衡を失しない限り、それがそのまま、一個の世界精神を生み出すかもしれないのだ。

三島由紀夫「小説家の休暇」より

192 :名無しさん@また挑戦:2011/04/20(水) 14:36:29.53 ID:???
(中略)ここで私が、文化形式と呼ぶものは、内容を規定し、選択し、つひにはそれ自ら涸渇するところの、
死んだ形式ではなく、内容を富まし、無限に包摂するところの生きた形式である。日本文化の稀有な感受性こそは、
それだけが、多くの絶対主義を内に擁した世界精神によつて求められてゐる唯一の容器、唯一の形式であるかも
しれないのだ。なぜなら、西欧人がまさに現代の不吉な特質と考へて、その前に空しく手をつかねてゐる文化的混乱、
文化の歴史性の喪失、統一性の喪失、様式の喪失、生活との離反、等の諸現象は、日本文化にとつては、
明治維新以来、むしろ自明のものであつて、それ以前の、歴史性と統一性と様式をもち、生活と離反せぬ文化体験をも
持つ日本人は、この二つのものの歴史的断層をつなぐために、苦しい努力と同時に、楽天家の天分を駆使して
きたので、かういふ努力の果てに、なほ古い文化と新らしい文化との併存と混淆が可能であるやうな事情は、
新らしい世界精神といふものが考へられるときに、何らかの示唆を与へずには措かないからである。

三島由紀夫「小説家の休暇」より

193 :名無しさん@また挑戦:2011/05/10(火) 12:58:22.75 ID:???
昭和三十三年二月十七日(月)
さて今日は格別のたのしみがある。ニューヨークのタイムス・スクウェアの土産物屋で、ゴムで出来てゐる
人狼(ウェアウルフ)のお面を買つて来たのだが、それが実によく出来てゐて怖ろしい。(中略)
かへりのタクシーで、福田氏を文学座の前で下ろし、それからじつと黙つてゐて、タクシーが外苑の暗がりへ
入つたところを見計らひ、やをらお面をかぶつて、うしろから運転手の肩をグイと手をかけたら、ふりむいて
アッと叫んだ。
かういふ風に人を脅かして、人のおどろく顔を見るといふたのしみは、たのしみの極致を行くものである。
おどしやタカリの味を覚えた愚連隊のたのしみが想像される。彼らはそのために一生を棒に振り、私は一日を棒に
振つただけであるが、それも自分に裨益するところは少しもなく、ただ他人の反応だけを目的にした行為であつて、
悪といふものは多かれ少なかれ、これほどに献身的なものである。

三島由紀夫「裸体と衣裳」より

194 :名無しさん@また挑戦:2011/05/10(火) 13:31:47.10 ID:???
二月二十七日(木)
石橋広次選手はリング上で決して興奮しない人である。ボクシングにおけるほど、観衆の熱狂と選手の冷静が
見事な対照をなすものはない。闘争を見ることの熱狂は人間の本性に根ざしてゐるが、ボクシングはもつとも
よく出来た闘争のフィクションである。スポーツの中でもつとも現実の闘争と似た外観を呈してゐながら、
そのスポーツとしての技術性科学性(私のいふフィクション性)は高度である。私にそれがジャンルとしての
小説を想起させる。映画をのぞいては芸術中もつとも現実と似たジャンルである小説は、それだけに一層高度な
技術を要求されるが、ボクシングの試合を見て現実の喧嘩と混同する観衆の無邪気な熱狂と同じものが、今日
素人小説家の無数の輩出を惹き起してゐる。ボクシングなら叩かれれば痛いから自分の非にすぐ気がつくが、
かういふ連中は痛さを知らないから始末がわるい。

三島由紀夫「裸体と衣裳」より

195 :名無しさん@また挑戦:2011/05/11(水) 12:00:49.33 ID:???
三月十八日(火)
今まで見たところ大江健三郎の小説には、最近作「鳩」にいたるまで、ひんぱんに動物があらはれる。いはゆる
動物文学とは、多かれ少なかれ、動物の擬人化にもとづいたものであるが、大江氏のはそれと反対で、人間の
擬動物化ともいふべきものであり、われわれのうちにひそんでゐる人間の奴隷化や殺戮の欲望が、動物を相手に
充たされてゐる。状況がゆるせばもちろん人間そのものの動物的奴隷化が可能になるので、「飼育」や
「人間の羊」はその好例である。これを私は新しい動物文学と名附けよう。
(中略)
大江氏の小説の特色は、いろんな点で小説の近代的特色を根本的に欠いてゐるところにある。氏は登場人物の
近代的個性といふものを重視しない。氏の作品に登場する人間は、たかだか一般概念以上のものを要求されないのだ。
そしてそこに登場する動物群にも、個性的な擬人化された動物は出て来ないので、一般概念としてとどまつてゐる。
だから大江氏の小説は、比喩でもなく寓喩でもない。アレゴリーの根本条件が欠けてゐるのである。まして
いはんや風刺ではない。

三島由紀夫「裸体と衣裳」より

196 :名無しさん@また挑戦:2011/05/11(水) 12:04:17.87 ID:???
強ひて言へば、メタモルフォーシスの小説といふことができよう。「人間の羊」は羊のやうな人間を描いた
小説ではなく、人間が羊に変貌する物語であり、「飼育」は動物のやうに飼はれる黒人兵を描いたものではなく、
飼はれる動物、強い耐へがたい体臭を放つ家畜に変貌した黒人兵の物語である。
氏の小説のサディスティックな嗜欲は、かくて一般概念としての動物を、一般概念としての人間と対置し、人間が
動物を飼育したり殺したりするのを、汎性的な対等の関係でながめてゐる。鼠のやうな、また羊のやうな人間の
悲惨さと弱さは、比喩としてではなく、容易に、人間そのものの常態として語られる。日本人のお尻をバスの中で
まくつて叩く米兵と、叩かれる日本人とは、かかる関係において対等であり、死体とこれを見る青年(死者の奢り)
との関係も、鳩とこれを殺す少年との関係も、黒人兵とこれを飼育する少年との関係も、同様に対等であつて、
あらゆる政治的寓喩や人間的風刺を峻拒してゐる。

三島由紀夫「裸体と衣裳」より

197 :名無しさん@また挑戦:2011/05/11(水) 12:07:27.97 ID:???
そこには縛られた強者と残酷な弱者、あるひは残酷な強者と殺される弱者があるだけであり、最後に死体と、
殺された鳩の屍とが残される。なぜなら死とエロティックにおいてだけ、人間と動物とは一般概念によつて
同一化されるのであり、個性を持つてゐた筈の人間が一般概念に変貌する際の色情的かつ獣的な美しさを存分に
ゑがいた「飼育」は、殺された小動物の美を暗い背景の前に鏤(ちりば)める「鳩」に達する。(中略)
「鳩」の小動物たちは、それぞれ鼠やモルモットや鳩を呈示するにすぎないが、その宝石のやうに凝つた血に
よつて、鼠一般、モルモット一般、鳩一般の荘厳な象徴と化し、色欲的観念の具現となるのである。そこには
サディストの究極の夢があり、われとわが手で殺した小動物は、動物であるがゆゑに、永遠に一般概念の彼方に
とどまり、精神や個性の片鱗をひらめかすことはない。そこでこの殺戮行為は、黒人を飼育するよりももつと
純粋なエロティックな行為として終るのである。それはアニミズムからもつとも遠い文学である。

三島由紀夫「裸体と衣裳」より

198 :名無しさん@また挑戦:2011/05/11(水) 12:12:09.70 ID:???
四月十八日(金)
どの小説家も抱いてゐる或る感じ、自分の書いた小説のなかで、あるひはその小説を通じて、はじめて自分の
人生に本当に対面したやうな気のするといふ或る感じ、これは彼の実際に日々生きてゐる人生の像を、幾分か
ぼやけた不確かなものにすることは争へない。認識の手間をはぶいて表現することによつて、作家は生の人生を
幾分かのこしておかなければならないが、今日の河野先生の話ではないが、小説家は厳密に言ふと、認識者ではなく
表現者であり、表現を以て認識を代行する者である。作家が小説を書くことにより、表現してゆくことにより、
はじめて認識に達するといふ言ひ方は正確ではない。作家の狡猾な本能は、自分に現前するものに対して、つねに
微妙に認識を避けようとするからである。殺して解剖しようとする代りに、生け擒(ど)りにしようと思つて
ゐるからである。
もちろん生かしておいて認識するといふ手もある。卓抜なエッセイストはさういふ人種であつて、猛獣使ひの
やうなものであらうか。

三島由紀夫「裸体と衣裳」より

199 :名無しさん@また挑戦:2011/05/11(水) 12:14:47.97 ID:???
さて、作家が自分の生に対していつもあいまいな放任の態度を持してゐるとき、彼はいはば、それが認識の素材に
なることを免れさせてゐるのである。トオマス・マンの云ふやうに、「作家の幸福は、感情になり切る得る
思想であり、思想になり切り得る感情」(ヴェニスに死す)だとすると、彼の生は、まだ思想にもなりきらぬのみか、
感情にもなりきらない部分であり、さうなることを無意識に抑制されてゐる。感情の中にも思想の中にも
安住できない人間が、幸福になる方法は、おそらく表現することだけで、このやみくもな行為に耐へるには、
明敏なだけでは足りない。もちろんバカなだけでも足りないが……。そして表現したあげくの、創造の喜びと
いふやつは、又しても彼を認識者たることから遠ざける。なぜなら認識にとつて歓喜ほど始末に負へぬ敵はない
からである。

三島由紀夫「裸体と衣裳」より

200 :名無しさん@また挑戦:2011/05/12(木) 15:39:04.17 ID:???
五月九日(金)
キェルケゴールの有名な「あれかこれか」の一節は永いこと私を魅してゐた。
「結婚したまへ、君はそれを悔いるだらう。結婚しないでゐたまへ、やつぱり君は悔いるだらう」
(中略)
私は又、晩年のフロオベエルが公園を散策しながら、乳母車を押してゆく家族づれを見て、「私もああいふ生涯を
送ることもできたのだ」と述懐したといふ挿話をもよくおぼえてゐた。
人生が一人宛たつた一つしかないといふことは、全く不合理な、意味のない事実である。殊に小説家にとつては、
自分の創造の条件に対する侮辱とさへ思はれる我慢ならない事実である。これに対する解決は何も見当たらないが、
これをなだめすかす慰藉の方法がないわけではない。ディオゲネースのあの定言的な言ひ方を崩すには、たつた
一つの方法しかない。事実が決定的であり、人生が一個であるならば、これをうけとめる人間一般の感情の法則を、
せめて自分だけでも免れようとすればよからう。「結婚したまへ、君はそれを悔いるだらう。結婚しないで
ゐたまへ、やつぱり君は悔いるだらう」……それなら、ままよ、後悔しなければいいのである。

三島由紀夫「裸体と衣裳」より

201 :名無しさん@また挑戦:2011/05/12(木) 15:43:02.39 ID:???
(中略)
このやうな悔いは自由意志の幽霊のやうなもので、或る作為あるひは不作為が一個の人生を決定してしまふのを
見た自由意志自身の不安なのである。自由意志は無限の選択をするのではない。選択は百のうちから十、十の
うちから三つ、三つのうちから二つ、二つのうちから一つといふ具合に、徐々に限られて来て、最後に自由意志は、
それをするかしないかといふことだけを選ぶために現れる。しかしここまで追ひつめられた選択と、自由意志の
本質とは必ず矛盾する。自由意志は、選択の機能を本来帯びてゐなかつた自分に気がつくのである。自由意志は
決断のために使はれるべきではなく、作為と不作為との間に常に追ひつめられてゐる人間の、可能性の問題なのだ
といふことに。……自由意志にとつては、本来、人生は一人一個宛ではなかつた筈なのだ。
私がもし悔いないでゐられるなら、それは宿命を是認することになるだらうか。さうではない。

三島由紀夫「裸体と衣裳」より

202 :名無しさん@また挑戦:2011/05/12(木) 15:46:03.76 ID:???
私が悔いないといふことは、自由意志に対する嘲笑ではない。どんな選択も、どんな決断も、どんな行為も
自殺でさへも、最終的に人間の状況を決定することはできない、と私は考へるから、決断に従つたことを悔いも
しないし、おそらく決断に従はなかつたときも悔いはしまい。人間は選ぶことができないのではないが、最終的に
選択の不可能なことを知つてゐるのは自由意志であつて、さればこそ、人生がたつた一つであることをどうしても
肯はない自由意志は、宿命に対抗することができるのである。だから「悔い」といふ形であらはれる不安は、
自由意志にとつて本質的なものではない。宿命はすでに選択してゐるし、自由意志は永遠に選択しない。そして
行為とは、宿命と自由意志との間に生れる鬼子であつて、人は本当のところ、自分の行為が、宿命のそそのかしに
よるものか、自由意志のあやまちによるものか、知ることなど決してできない。結局、海水の上に浮身をするやうな
身の処し方が、自分の生に対する最大の敬意のしるしのやうに思はれる。

三島由紀夫「裸体と衣裳」より

203 :名無しさん@また挑戦:2011/05/13(金) 12:12:25.63 ID:???
八月八日(金) 悪と政治と
いろんな意味で対蹠的なサルトルの「殉教と反抗」(ジャン・ジュネ論)と界外五郎氏の銀座の一級ヤクザとしての
告白「恐喝」の二冊を、それぞれおもしろく読んでゐるうちに、日本よりさらに暑熱のきびしいイラクでは、
大がかりな「切つた張つた」がはじまつた。(中略)
その上私はナセル大統領の「敵に対しては、われわれは原爆さへもおそれてゐないことを警告する」といふ演説に
接して、「矢でも鉄砲でも持つてこい」といふ超現代的表現はかうもあらうかと思つて感心した。こんなバカげた
啖呵を切れる日本の政治家は一人もあるまいが、政治外交上の嚇し文句はそこまで行かなければ本当ではあるまい。
中近東や東南アジアの民族主義に対するわれわれの同意は、伝来の「弱きを助け強きを挫く」助六精神であるけれど、
弱い筈の民族主義者が、モスクワから帰つてくると、「原爆さへもおそれてゐない」と啖呵を切り出し、一方、
「強きを挫く」だけの助六の腕力がわれわれに欠けてゐる以上、民族主義に対するわれわれの立場は、不透明に
ならざるをえない。

三島由紀夫「裸体と衣裳」より

204 :名無しさん@また挑戦:2011/05/13(金) 12:18:55.45 ID:???
第一、日本にはすでに民族「主義」といふものはありえない。われわれがもはや中近東や東南アジアのやうな、
緊急の民族主義的要請を抱へ込んでゐないといふ現実は、幸か不幸か、ともかくわれわれの現実なのである。
今や明治維新の歴史的価値は、ますます高められてきた、と私は感じる。
さて界外氏の「恐喝」に話を戻して、氏のヤクザの定義を読むと、かうである。
「ほんとうのヤクザの社会では、タタキ(屋内強盗)やノビ(忍込み強盗)をするような人間は鼻にも引つかけない。
理由なくして金銭をホシイママにすることを極度に嫌う。泥棒社会の人間など普通ヤクザといわれている者とは
住む世界が違うし、実際に刑務所に入っても全然派閥が違う。というより色彩が違う。人の物を盗むようになったら
完全に浮かばれない。理由はともかく、尠くとも大義名分をはっきりわきまえているヤクザと破廉恥行為以外
なにものもない彼等とは全然世界が違うのである」

三島由紀夫「裸体と衣裳」より

205 :名無しさん@また挑戦:2011/05/13(金) 12:34:06.42 ID:???
(中略)
日本にはキリスト教の神の観念がないから、悪の観念も従つて稀薄だ、といふのはずいぶん言ひ古された議論で
あるけれど、マキャベリ以来の西欧の政治学にひそむ悪、そのもつとも理想主義的な政治学にさへ自明の前提として
受け入れられてゐる悪に比べれば、日本の政治は、正に界外氏の定義にすつぽりあてはまるヤクザ的なものだと
云つてもよからう。おんなじアジアでも、旧植民地諸国の政治家は、自分たちを虐げて来た帝国主義者たちから、
少くとも悪の原理と悪の知恵を学んでゐる。ネールなんぞは私にはその典型だと思はれる。ネールの孤独を、
たはむれに前掲のジュネの孤独と比べて、泥棒の代りに政治家として読み代へてみたまへ。「神に捧げられた子」
としての政治家の孤独がはつきりするだらう。
さて、ジュネは、この孤独から、しばしばの裏切りによつて自己聖化に達するのであるが、裏切りは界外氏の
定義によれば、ヤクザのもつとも忌むところであつて、日本の政治は共産党のいはゆる「民衆に対する裏切り行為」
などに専念する勇気がない。

三島由紀夫「裸体と衣裳」より

206 :名無しさん@また挑戦:2011/05/13(金) 12:59:48.45 ID:???
日本の悪は悪といふよりも、局限的道徳なのであつて、世間一般の道徳との間に範疇の差はなく、ただニュアンスの
相違でつながつてゐるだけで、政治家の道徳とヤクザの道徳は、局限的道徳であるといふ点だけで、世間の道徳に
対して特色を発揮してゐるにすぎない。
イラクのクウ・デタに対する日本政府の三転四転した腰の据わらぬ態度は、私には、日本の政治家が、自分の
ヤクザ性にも、模して及ばぬ悪人性にも、どつちにも徹し切らない中途半端から来るやうに思はれた。「民族主義に
対する裏切り」をおそれながら、一方アメリカにも気兼ねをし、やつとのことで国連的正義感に便乗してゐるのは、
ヤクザにしても性根のないヤクザで、せめてナセル親分ぐらゐに、「原爆おそるるに足らず」ぐらゐのことを
言つたらいい。日本に原爆を落とされた手前、それだけは死んでも言へないといふなら、逆に悪に徹して、
資本主義の走狗をつとめて、民族主義を弾劾するがいい。

三島由紀夫「裸体と衣裳」より

207 :名無しさん@また挑戦:2011/05/13(金) 13:01:59.07 ID:???
東洋の一角で憂ひ顔の騎士が、事あるごとに、厩につながれたままの馬にまたがつて、悲しい御託宣を並べるのは、
毎度のことで、もう漫画にもならない。国家が必要悪であるならば、国家のエゴイズムが最高の要請であるべきだし、
政治が悪であるならば、裏切りがそれを聖化するだらう。西欧のチトー元帥は裏切りの上に国を建てた。しかし
われわれの住んでゐるのは、悪の国ではなく、ヤクザの国であり、界外氏のヤクザの定義はいかにもわれわれの
心性に叶つてをり、悪のイデアに対してほどほどの距離と自己弁護の立場を忘れない。それはまた民衆の
平均的趣味であり、不徹底な現実主義の土壌の上に、ヒロイックな夢を咲かすことである。それにしてもヤクザは
原爆を持つことができず、持つことができるのは、せいぜい機関銃が限度である。

三島由紀夫「裸体と衣裳」より

208 :名無しさん@また挑戦:2011/05/13(金) 21:07:51.31 ID:???
八月十二日(火)
私は今、人生に関する文学的誤解からやうやく抜け出して、その次の危険な場所、文学に
関する人生的誤解にそろそろ近づきさうな予感がしてゐる。若い人たちの作品の人生的無知を苛立たしく感じたり
するのは、その危険な兆候だ。戒めなくてはならぬ。とにかく「人生では知らないことだけが役に立つので、
知つてしまつたことは役にも立たない」のであるから。


十月二十日(月)
退屈でないのは慣習や熟練、要するに「くりかへし」の作業であり、冒険こそ、その当人にとつては、一等退屈な
作業だといふことを忘れてはならぬ。また人を退屈させることも怖れてはならぬ。現代の忙しいジャーナリズム裡の
作家の最大の病気は、「読者を退屈させやしないか」といふ神経性である。小説では或る程度の退屈なしには、
読者の精神を冒険に誘ひ込むことができないやうに思はれる。私が今こそわがものにしたいのは、ゲーテの
「ヴィルヘルム・マイスタア」のあの退屈さである。

三島由紀夫「裸体と衣裳」より

209 :名無しさん@また挑戦:2011/05/14(土) 11:58:30.55 ID:???
十月二十一日(火)
ポオのファルスに属するものは、「十三時」「ボンボン」「ペスト王」「ミイラとの口論」などであらうが、
可成物語的構成を持つたものの中でも「タア博士とフェザア教授の治療法」などは、ファルスに入れてもよからう。
そこには知的ノンセンスともいふべき高度の趣味があつて、もつとも下らない馬鹿話の中へ、完全に身を隠し
了せたとき、知性はもつとも美しいものになるといふ逆説が証明されてゐる。メルヴィルの「白鯨」だつて
最大の規模を持つたファルスと云へないことはない。ポオのファルスがどんなに馬鹿さわぎを演じても、品位と
重厚さを失つてゐないのは、知性が遊戯に熱中して柔軟になりきるときにこそ、知性の目的は没却されて、
知性の姿だけが目に見えて来るからであらう。品位は知性の生れながらの態度(アティテュード)であつて、
合目的的な知性は、ともするとこの態度を失ふのである。

三島由紀夫「裸体と衣裳」より

210 :名無しさん@また挑戦:2011/05/14(土) 14:53:03.51 ID:???
十一月二十一日(金)
批評する側の知的満足には、創造といふまともな野暮な営為に対する、皮肉な微笑が、いつまでもつきまとふことは
避けられない。この世には理想主義的知性などといふものはないのだ。あらゆる理想主義には土方的なものがあり、
あらゆる仕事は理想主義の影を伴ふ。そして批評的知性には、本来土方の法被(はつぴ)は似つかはしくないもので
あるが、批評の仕事がひとたびこの法被を身にまとふと、営々孜々として破壊作業に従事するか、それとも
対象から遠く隔たつて天空高く楼を建てるかしてしまふのである。

十一月二十三日(日)
私の言葉は理性的に出てくるのではない。コンディションの良好なとき、気に入つた対象すなはち好餌が
あらはれると、私は蜘蛛のやうにその好餌に接近して、言葉の網でしやにむにからめ
とらうとする。さういふ狩猟に似た喜びの瞬間には、言葉は精力的に溢れ出し、何か肉体的な力で言葉が動き出し、
対象をつかまへて、舌なめずりし、その対象をできるかぎり丹念に隈なく、言葉で舐めつくさうとするのだ。
いささか薄気味わるい比喩だが、言葉が私の中から湧き出てくるときには、さういふ感じがする。

三島由紀夫「裸体と衣裳」より

211 :名無しさん@また挑戦:2011/05/14(土) 14:58:15.44 ID:???
言葉が花火のやうにはじけ、一瞬にして拡散し、対象の上にふりかかつて、それを包み込まうとする動きを
感じるとき、ほとんど書く手が追ひつかず、次の行に書くべきことを忘れないために、欄外にいそいでメモを
書きとめなくてはならぬ。このときの速度は一体、どんな種類の速度なのであらう。何故なら、書く手が
追ひつかぬほど言葉が先に走つてゆく感に襲はれながら、実際のところ、筆の速度は、大したものではなく、
書ける枚数も二、三枚、多くて四、五枚で終つてしまふ。こんな興奮は決してそれ以上持続しないのだ。かういふとき
アメリカの或る作家たちのやうにタイプで原稿を書き、もし又タイプに熟達してゐれば、書く作業によつて
抑制されることなく、言葉の走る速度にぴつたり合つた文章が出来るかもしれない。しかしそれが文章といふもので
あらうか? 文章はむしろ言葉に対峙するもののやうに思はれる。言葉の本質がディオニュソス的なら、文章の
本質はアポロン的、といふ具合に、言葉は私にとつてはひどく肉体的な、血や精液に充ちたものだ。

三島由紀夫「裸体と衣裳」より

212 :名無しさん@また挑戦:2011/05/14(土) 15:23:06.62 ID:???
十一月二十五日(火)
人にすすめられて「短歌」といふ雑誌を読み、春日井建といふ十九歳の新進歌人の歌に感心する。(中略)
かういふ連作は、ソネットのやうなつもりで読めばいいのであらう。私は海に関する昔ながらの夢想を、これらの
歌によつて、再び呼びさまされたが、十代の少年の詩想は、いつも海や死に結びつき、彼が生きようと決意するには、
人並以上に残酷にならなければならないといふ消息が、春日井氏のその他の歌からも、私には手にとるやうにわかつた。
いづれにしても詩は精神が裸で歩くことのできる唯一の領域で、その裸形は、人が精神の名で想像するものと
あまりにも似てゐないから、われわれはともするとそれを官能と見誤る。抽象概念は精神の衣裳にすぎないが、
同時に精神の公明正大な伝達手段でもあるから、それに馴らされたわれわれは、衣裳と本体とを同一視するのである。

三島由紀夫「裸体と衣裳」より

213 :名無しさん@また挑戦:2011/05/14(土) 15:27:15.57 ID:???
十二月十七日(水)
今夜は日活撮影所へ「不道徳教育講座」のプロローグとエピローグの二カットに出演するため行かなければ
ならないが、こんな私の軽薄な振舞については、一家そろつて大反対である。(中略)
――二度目のテストではセリフをとちつた。もうやたらにセリフをとちるからとて、俳優を莫迦扱ひするのを
止めなくては。トチリとか失敗とかは正に神秘的なもので、人間の努力の及ぶところではない。

一月二十五日(日)
「夜遊び」といふものがいかに本当の夜から遠いことか。われわれはもう殆ど「夜」を持たなくなつてしまつた。
どんな秘密な遊びも、隠密な犯罪も、厳密に「夜」には属さない。明治神宮の初詣でに深夜群をなして集まる人々を、
晃々と照らすライトの下に映したテレヴィジョン放送を見て、そこにはもはや「夜」がなく、人々が「夜」を
望みもしない状況を、私はつぶさに眺めた。折口信夫氏の「死者の書」のやうな「夜」の文字を、二度と
われわれは持つことができぬであらう。

三島由紀夫「裸体と衣裳」より

214 :名無しさん@また挑戦:2011/05/15(日) 17:01:03.06 ID:???
三月二日(月)
私は外国で大いに世話になり温い親切をうけた外人の来朝には、出来るかぎりの歓迎をすることにしてゐる。
といふのは、見知らぬ他国へ着いた旅人の受ける、その土地の人からの親切ほど、忘れがたいものはないからである。
見知らぬ他国では何もかもが怖しい。郵便局や銀行へも一人ではゆけず、バスや地下鉄に乗つたつてどこへ
連れて行かれるかわからない。善人と詐欺漢との区別もつかず、すべてが五里霧中である。
私にとつても、外国で受けた、骨に徹するほどの不親切の思ひ出もある。むしろそのはうが多いかもしれない。
しかし考へやうによつては、その国の人同士の間では、これくらゐの不親切、冷酷非情のはうがむしろ当り前で、
ふつうそれくらゐのことで人を傷つけるとは思はれない。ところが旅人はひどく傷つくのである。
私はかういふ経験をしばしば味はひ、その中に記憶に残る温い親切を思ひ出すと、自分の味はつたそのうれしさを、
その人にも味ははせてやりたいものだと思ふ。殊に一人旅の旅人には尽して上げたい。

三島由紀夫「裸体と衣裳」より

215 :名無しさん@また挑戦:2011/05/15(日) 17:04:18.95 ID:???
(中略)
一方、日本へ知人の外人を迎へてつくづく思ふのは、さういふ人たちへの一寸した心尽しでも、ありていに云ふと、
こちらの生活の歯車を少からず擾(みだ)すことになるので、立場を変へて、私が当然のやうに受け入れてゐた
外国における個人的厚意が、どれだけ先方の生活の歯車を狂はせてゐたかがわかるのである。外国人は実によく
遠来の客をねぎらふ。私はどれだけ人の私宅へ招かれて泊めてもらつたかわからない。
それにまた外人がわれわれの国の踊りなり芝居なり美術品なりのイカモノに感心しようとしてゐるとき、
「あれはニセモノだよ」と冷水を浴びせてやるくらゐ愉快なことはない。紐育で、メキシコの某クラブで見た
民俗舞踊に感心した話をしてゐたら、居合はせたメキシコの一富豪が、「ありや真赤なニセモノですよ」と
一言の下に片附けたが、そのときの彼の愉快さうな顔と云つたらなかつた。

三島由紀夫「裸体と衣裳」より

216 :名無しさん@また挑戦:2011/05/15(日) 17:08:42.04 ID:???
(中略)
私は今、一向旅心を誘はれない。海のかなたには何があるか、もうあらかたわかつてしまつた。そこにも人間の
生活があるきりだ。どんな珍奇な風俗の下にも、同じやうな喜びや嫉妬があり、どんな壮麗な自然の中にも、
同じやうな哀歓があるのを、この目ではつきりと見て知つてしまつた。そして世界中を歩いてみても、自分の
生涯を変へるやうな奇抜な事件は決して起り得ないといふことも、もしそれが起るとしても、自分の心の中にしか
起らないといふことも。
先生に引率された小学生たちが沢山傍らを通る。子供たちの目はまだ見ぬ世界への夢に輝いてゐる。この
子供たちこそ世界を所有してゐるので、世界旅行は世界を喪失することだ。尤も、生きるといふことがそもそも
人生をなしくづしに喪失してゆくことなのであるから、人間の行為と所有とは永遠に対立してゐる。すべてを
所有しようと思つたら、断じて見ず、断じて動かず、断じて行はないことだ。王国はかくて立ちどころに所有される。

三島由紀夫「裸体と衣裳」より

217 :名無しさん@また挑戦:2011/05/15(日) 17:12:56.46 ID:???
四月十日(金)
庭で素振りをしてから、馬車行列の模様をテレヴィジョンで見る。
皇居前広場で、突然一人の若者が走り出て、その手が投げた白い石ころが、画面に明瞭な抛物線をゑがくと見る間に、
若者はステップに片足をかけて、馬車にのしかかり、妃殿下は驚愕のあまり身を反らせた。忽ち、警官たちに
若者は引き離され、路上に組み伏せられた。馬車行列はそのまま、同じ歩度で進んで行つたが、その後しばらく、
両殿下の笑顔は硬く、内心の不安がありありと浮んでゐた。
これを見たときの私の興奮は非常なものだつた。劇はこのやうな起り方はしない。これは事実の領域であつて、
伏線もなければ、対話も聞かれない。しかし天皇制反対論者だといふこの十九歳の貧しい不幸な若者が、
金色燦然たる馬車に足をかけて、両殿下の顔と向ひ合つたとき、そこではまぎれもなく、人間と人間とが向ひ
合つたのだ。馬車の装飾や従者の制服の金モールなどよりも、この瞬間のはうが、はるかに燦然たる瞬間だつた。

三島由紀夫「裸体と衣裳」より

218 :名無しさん@また挑戦:2011/05/15(日) 17:17:12.67 ID:???
われわれはこんな風にして、人間の顔と人間の顔とが、烈しくお互を見るといふ瞬間を、現実生活の中では
それほど経験しない。これはあくまで事実の事件であるにもかかはらず、この「相見る」瞬間の怖しさは、正しく
劇的なものであつた。伏線も対話もなかつたけれど、社会的な仮面のすべてをかなぐり捨てて、裸の人間の顔と
人間の顔が、人間の恐怖と人間の悪意が、何の虚飾もなしに向ひ合つたのだ。皇太子は生れてから、このやうな
人間の裸の顔を見たことははじめてであつたらう。と同時に、自分の裸の顔を、恐怖の一瞬の表情を、人に
見られたこともはじめてであつたらう。君候がいつかは人前にさらさなければならない唯一の裸の顔が、いつも
決まつて恐怖の顔であるといふことは、何といふ不幸であらう。
それにしても人間が人間を見るといふことの怖しさは、あらゆる種類のエロティシズムの怖しさであると同時に、
あらゆる種類の政治権力にまつはる怖しさである。

三島由紀夫「裸体と衣裳」より

219 :名無しさん@また挑戦:2011/05/15(日) 17:20:59.90 ID:???
六月二十九日(月)
「鏡子の家」は、いはば私の「ニヒリズム研究」だ。ニヒリズムといふ精神状況は、本質的にエモーショナルな
ものを含んでゐるから、学者の理論的探究よりも、小説家の小説による研究に適してゐる。
(中略)
……オンボロ貨物船を引きずつて、船長は曲りなりにも故郷の港に還つて来た。主観的にはずいぶん永い航海だつた。
無数の港々、荷卸しや荷揚げの労苦、嵐や凪、それから航海に必ず伴ふ奇怪な神秘的な出来事、……さういふものは、
まだありありと頭の中に煮立つてゐるが、それも徐々に忘れられるだらう。暫時の休息ののち、船長は又
性懲りもなく、新しい航海のための食糧や備品の買出しに出かけるだらう。もつと巨きく、もつと性能もよい船を
任される申し出によし出会つても、彼はすげなく拒むだらう。彼はこのオンボロ貨物船を以てでなくては、
自分の航海の体験の量と質とをはかることができないからである。それだけがあらゆる船乗りの誇りの根拠だ。

三島由紀夫「裸体と衣裳」より

220 :名無しさん@また挑戦:2011/05/23(月) 12:00:11.11 ID:???
富士山も、空から火口を直下に眺めれば、そんなに秀麗と云ふわけには行かない。しかし現実といふものは、
いろんな面を持つてゐる。火口を眺め下ろした富士の像は、現実暴露かもしれないが、麓から仰いだ秀麗な
富士の姿も、あくまで現実の一面であり一部である。夢や理想や美や楽天主義も、やはり現実の一面であり
一部であるのだ。


古代ギリシャ人は、小さな国に住み、バランスある思考を持ち、真の現実主義をわがものにしてゐた。われわれは
厖大な大国よりも、発狂しやすくない素質を持つてゐることを、感謝しなければならない。世界の静かな中心であれ。

三島由紀夫「世界の静かな中心であれ」より


他人に場ちがひの感を起させるほどたのしげな、内輪のたのしみといふのはいいものだ。たとへば、祭りのミコシを
かついだあとで、かついだ連中だけで集まつてのむ酒のやうなものだ。われわれに本当に興味のある話題といふ
ものは他人にとつてはまるで興味のないことが多い。他人に通じない話ほど、心をあたたかく、席をなごやかに
するものはない。

三島由紀夫「内輪のたのしみ」より

221 :名無しさん@また挑戦:2011/05/23(月) 13:30:48.42 ID:???
大体、ゴルフを中年すぎのスポーツと思ひ込んでゐるのは、一応、道具をそろへたり、クラブへ入会したりするのに
金がかかるところからきた経済的錯覚であつて、およそ西洋人の発明したもので、「年寄向き」といふものは、
何一つあらうはずがないのだ。
西洋では年寄とは頽齢に他ならず、西洋人の肉体運動は、ことごとく青春の独占物にきまつてゐるのである。
バレーと日本舞踊、フェンシングと剣道、声楽と謡曲、……かういふ似通つたものを比べてみればすぐわかるが、
西洋では肉体と精神をはつきりわけてゐるから、こと肉体に関する限り、青年の勝に決まつてゐるが、東洋人の
肉体訓練は、必ず精神的なものがまじつて来るから、老人の勝利になる。老齢の力といふものは、東洋の発明である。
ゴルフだつて、国家が補助して、十代、二十代の青年が第一線に乗り出してくれば、今までヤニ下がつてゐた
老童ゴルファーなど、ひとたまりもなく駆逐されるにきまつてゐる。さういふ日が来ないうちに、一日も早く謡曲にでも転向すべし。
しかし他人のたのしみに、こんなお節介はいふまい。

三島由紀夫「ゴルフをやらざるの弁――私は天下のヘソ曲り」より

222 :名無しさん@また挑戦:2011/05/23(月) 20:13:45.28 ID:???
政敵のない政治は必ず恐怖か汚濁を生む。


政敵に対する公然たる非難には、さはやかなものがある。


人間、生きてゐる以上、敵があるのは当然なことで、その敵が、はつきりした人間の形をもち、人間の顔を
もつてゐる政治家といふ人種は幸福である。こんな幸福さはかれらの単純な人相にもあらはれてゐる。

三島由紀夫「憂楽帳 政敵」より


アクセサリーも、ロカビリー娘みたいに、時と場所とをわきまへず、金ピカのとがつたやつをジャラジャラ
つけすぎると、交通の危険といふこともありうるのである。
お祭りもお祝ひもいいが、大事な開通当日の一日駅長といふのは、どう考へても本末転倒のやうに思はれる。
自衛隊が山下清氏を一日空将補として招いたときにも、いひしれぬ、人をバカにした感じを抱かされたのは、
私一人ではあるまいが「名士」とか「人気者」とかいふものも、一個の社会人であつて、社会的無責任の象徴には
なりえない。このごろでは、いはゆる「名士」が、社会的責任を免かれたがつてゐる人たちの、哀れな身代り人形に
されてゐる場合が少なくないのである。

三島由紀夫「憂楽帳 アクセサリー」より

223 :名無しさん@また挑戦:2011/05/23(月) 20:17:10.42 ID:???
プルターク英雄伝の昔から、少なくともウイーン会議のころにいたるまで、政治は巨大な人間の演ずる人間劇と
考へられてゐた。人間劇である以上、憎悪や嫉妬や友情などの人間的感情が、冷徹な利害の打算と相まつて、
歴史を動かし、歴史をつくり上げる。

三島由紀夫「憂楽帳 お見舞」より


チベットの反乱に対して、中共は断固鎮圧に当たるさうである。共産主義に対する反乱といふ言葉は、何だか妙で、
ひつかかるのだが、共産主義の立場からいへば、ハンガリーの動乱は反乱の部類で、ユーゴのは、成功して何とか
ナアナアでやつてゐるから、反乱の汚名をそそいだといふのだらう。


中共もエラクなつて、正義の剣をチベットに対してふるはうといふのだらうが、チベットに潜行して反乱軍に
参加しようといふ風雲児もあらはれないところをみるとどうも日本人は弱い者に味方しようといふ気概を失つて
しまつたやうだ。世界中で一番自分が弱い者だと思つてゐる弱虫根性が、敗戦後日本人の心中深くひそんで
しまつたらしい。

三島由紀夫「憂楽帳 反乱」より

224 :名無しさん@また挑戦:2011/05/23(月) 20:28:56.09 ID:???
文士の締切苦は昔から喧伝されてゐるが、(中略)芸術的良心なんぞとは、なんの関係もない話なのである。
しかし芝居となると、事は一そう深刻であつて、台本が間に合はなくて、ガタガタの初日を出す、などといふ醜態は、
世界中捜したつて、日本以外にはありはしない。このはうの締切は、守らなければ、直接お客にひどい損失を与へ、
お客をバカにすることになるのであるから、事は俳優だけの被害にとどまらない。

三島由紀夫「憂楽帳 締切」より


どうも私は、民主政治家の「強い政治力」といふ表現が好きでない。この間の訪ソで曲りなりにも成功を収めた
マクミラン英首相などは、時には屈辱をもおそれぬ「柔軟な政治力」を持つてゐるが、ダレス氏は概して
強面一点張だつた。強面で通して、実は妥協すべきところでは妥協する、といふのと、表面実にたよりなく、
ナヨナヨしながら、実は抜け目なく通すべき筋はチャンと通す、といふのと、どつちが民主主義の政治家として
本当かと考へると、明らかに後者のやうに思はれる。

三島由紀夫「憂楽帳 強い政治力」より

225 :名無しさん@また挑戦:2011/05/23(月) 20:31:37.74 ID:???
実際マス・ゲームといふのは壮麗であつて、豪華大レビューのフィナーレといへども、これには到底敵すべくもない。
一糸乱れぬ統制の下に、人間の集団が、秩序ある、しかもいきいきとした動きを展開することは、たしかに
圧倒的な美である。これは疑ひやうのない美で、これを美しいと思はないのは、よほどヘンクツな人間である。
ところで、ファシズム政権や、共産政権は、必ずかういふ体育上の集団美を大いに政治的に利用する。かつての
ナチスの体操映画や、ソ連や中共のこの種の映画は、実に美しい。それを美しいと思はないものはメクラであつて、
ファッショや共産主義といへばなんでもかでも醜く見えてしまふ人は不幸である。
人間の集団的秩序と活力にあふれた規律的な動きは美しい。軍隊のパレードも、観兵式も美しい。それは問題の
余地がない。
――しかしである。
この種の美しさは、なにも軍隊や独裁政治や恐怖政治が一枚加はらなくたつて立派に出せるので、この種の美が、
彼らの専売物であるわけではないのである。

三島由紀夫「憂楽帳 集団美」より

226 :名無しさん@また挑戦:2011/05/24(火) 14:37:43.28 ID:???
一体文学的生活とは、伝統的に、孤独と閑暇の産物である。孤独も閑暇もないところに文学的交遊がある筈もなく、
いはゆる文学バアにおける文士の交歓なども、今ではビジネスマンのくつろぎと大差ない。


仕事の時間は要するに厳密に仕事をする時間であり「文学的」でも何でもない。これはいはば、パリの流行の
服を着るアメリカの金持女性が「流行的」であるのと、その流行を作るパリのデザイナー自身は、かくべつ
流行的でないのとの関係に似たものだ。私に終局的に必要なのは文学であつて「文学的」な事柄ではない。

三島由紀夫「わが非文学的生活」より


剣道の、人を斬るといふ仮構は爽快なものだ。今は人殺しの風儀も地に落ちたが、昔は礼儀正しく人を斬ることが
できたのだ。人とエヘラエヘラ附合ふことだけにエチケットがあつて、人を斬ることにエチケットのない
現代とは、思へば不安な時代である。

三島由紀夫「ジムから道場へ――ペンは剣に通ず」より

227 :名無しさん@また挑戦:2011/05/24(火) 14:51:59.55 ID:???
たえず自己から遁走しようとする傾向は、少年のものだ。自分といふものを密室の中へとぢこめておいて、
そこから不断に遁走しようとする傾向は少年のものだ。青年は自分と一緒に放浪するものである。


現代少年は、ただ抽象的な青春の論理によつて傷つき、滅亡するといふ悲劇しか知らず、かくて自分の内在的な
論理に飽きるときには、外からの具体的な滅亡の力を夢みる。


戦争中の少年たちが「聖戦」の信仰のうちに自己破壊の機会を見出したやうに、現代の少年たちは、これと逆な操作を
辿つて、「悪」の信仰のうちに自己破壊の機会を見出す。悪とは、青春そのものの構造の、どうのがれやうもない
退屈な論理性から、少年たちを解放する力なのである。

三島由紀夫「春日井建氏の歌」より


簡素、単純、素朴の領域なら、西洋が逆立ちしたつて、東洋にかなふわけはないのである。

三島由紀夫「オウナーの弁――三島由紀夫邸のもめごと」より

228 :名無しさん@また挑戦:2011/05/24(火) 14:54:59.46 ID:???
私は球戯一般を好まない。直接に打つたりたたいたり、ぢかな手ごたへのあるものでないと興がわかない。
見るスポーツもさうである。芸術にしろスポーツにしろ、社会の一般的に許容しないところのものが、芸術であり
スポーツであるが故に許される、といふのが私の興味の焦点だ。やたらに人を打つたりたたいたりすることは、
ボクシングや剣道以外の社会生活では、社会通念上許容されないことである。そこが面白い。

三島由紀夫「余暇善用――楽しみとしての精神主義」より


守勢に立つ側の辛さ、追はれる者の辛さからは、容易ならぬ狡智が生れる。追つてゆく人間は、知恵を身に
つけることができぬ。追つてゆくことで一杯だから。


しかし「老巧」などといふ言葉は、スポーツの世界では不吉な言葉で、それはいつかきつと「若さ」に敗れる日が
来るのである。

三島由紀夫「追ふ者追はれる者――ペレス・米倉戦観戦記」より

229 :名無しさん@また挑戦:2011/05/24(火) 15:01:42.33 ID:???
一つの時代は、時代を代表する俳優を持つべきである。


俳優とは、極言すれば、時代の個性そのものなのである。


この世には情熱に似た憂鬱もあり、憂鬱に似た情熱もある。

三島由紀夫「六世中村歌右衛門序説」より


現代は奇怪な時代である。やさしい抒情やほのかな夢に心を慰めてゐる人たちをも、私は決して咎めないが、
現代といふ奇怪な炎のなかへ、われとわが手をつつこんで、その烈しい火傷の痛みに、真の時代の詩的感動を
発見するやうな人たちのはうを、私はもつともつと愛する。古典派と前衛派は、このやうな地点で、めぐり会ふ
のである。なぜなら生存の恐怖の物凄さにおいて、現代人は、古代人とほぼ似寄りのところに居り、その恐怖の
造型が、古典的造型へゆくか、前衛的造型へゆくかは、おそらくチャンスのちがひでしかない。

三島由紀夫「推薦の辞(650 EXPERIENCE の会)」より

230 :名無しさん@また挑戦:2011/05/24(火) 15:04:07.12 ID:???
すぐれた俳優は、見事な舟板みたいなもので、自分の演じたいろんな役柄の影響によつて、たくさんの船虫に
蝕まれたあとをもつてゐるが、それがそのまま、世にも面白い舟板塀になつて、風雅な住ひを飾るのだ。


俳優といふものは、ひまはりの花がいつも太陽のはうへ顔を向けてゐるやうに、観客席のはうへ顔を向けて
ゐるものであつて、観客席から見るときに、その一等美しい、しかも一等真実な姿がつかめるとも云へる。

三島由紀夫「俳優といふ素材」より


大体、適度な運動などといふものは、甘い考へであつて、運動をやるなら、少し過激に、少し無理にやらなければ、
運動をやる意味がないのである。


完全な自由といふものも退屈なものである。

三島由紀夫「三島由紀夫の生活ダイジェスト」より


犬が人間にかみつくのではニュースにならない。人間が犬にかみつけばニュースになる。ぼくら小説家は、
いつも犬が人間にかみつくことに、かみついてゐるわけだ。


映画俳優は極度にオブジェである。


映画の匂ひをかいだり、少しでもその世界に足をふみ入れた人間には、なにか毒がある。

三島由紀夫「ぼくはオブジェになりたい」より

231 :名無しさん@また挑戦:2011/05/25(水) 12:03:01.60 ID:???
一体、作家の精神的発展などといふものがあるのかどうか、私は疑つてゐる。若いときむやみと旧秩序に反抗し、
浪漫派で悪魔派で個人主義だつたものが、中年に及んで円熟すると、古典派になり、社会的関心を持ち、微笑を
帯びた現実主義者になり、老境にいたつては、ヒステリックな人道主義者になり、むやみと民衆を尊敬する、
といふやうなのが、一体精神的発展であるか。これはただ平凡人の生涯の、青年の客気と、中年の円熟と、
老年の気の弱りに、思想の衣裳を着せただけのことではないか。又かりに、これが進歩主義思想の逆を辿つて、
社会主義的青年が、中年に及んで俗物の現実主義者になり、老年となるや神秘主義に沈潜すると云つたところで、
要するに、青年の客気と中年の円熟と老年の気の弱りといふ公式どほりのことぢやないか。もし前者だけを
精神的発展と名付けて、後者を精神的退歩と呼ばうと、それは思想や精神に一つの物差をあてはめてみるだけの
ことで、一人の生きた人間の生涯とは何の関係もない。

三島由紀夫「十八歳と三十四歳の肖像画 一」より

232 :名無しさん@また挑戦:2011/05/25(水) 12:06:01.67 ID:???
(中略)
そもそも作家にとつて思想とは何ものであるかといふ問題は、そんなに簡単ぢやない。作家の思想は哲学者の思想と
ちがつて、皮膚の下、肉の裡、血液の流れの中に流れなければならない。だが一度肉体の中に埋没すれば、
そこには気質といふ厄介なものがゐるのである。気質は永遠に非発展的なもので、思想の本質がもし発展性に
あるとすれば、気質の擒(とりこ)になつた思想はもはや思想ではない。
しかし問題をあわててそこまで押し進めずに、気質と完全に結合した思想をも、思想とみとめることにする。
さうすると、かういふコケの一念みたいな、決して発展せずただ繰り返しながら硬化してゆく思想のはうが、
いかにも「作家の思想」らしく見えるからふしぎである。
(中略)
かういふ型の作家に、いかに技法上の発展があらうとも、精神的思想的発展のありえないのは自明の理で、その代り、
気質と結合して硬化してしまつたやうな思想は、冒頭に述べたやうな凡庸な人生的法則から作家を護るのである。
そこに老年の硬化と永遠の青年らしさとの奇妙な結合が生ずる。それはいはば青年の木乃伊(ミイラ)なのである。

三島由紀夫「十八歳と三十四歳の肖像画 一」より

233 :名無しさん@また挑戦:2011/05/25(水) 12:12:01.07 ID:???
(中略)
まづ十八歳の私。
戦争も敗戦も兆をはつきりあらはしてきて、東京がいつ空襲されるかわからない時期である。学校へは制服に
ゲートルを巻いて行かないと門番が入れてくれない。軍事教練が重要な課目になつてゐる。
(中略)
私は文芸部の委員長になり、(中略)国文学雑誌に寄稿したり、学校の先輩と三人で「赤絵」といふ同人雑誌を
やつたりして、いつぱしの文学青年気取で、父親の眉をしかめさせた。でも大学は父親のいふとほり法科へ
進む気になつてゐた。どつちにしろ同じことだ。もうすぐ死ぬのだから。
学校へ行くと、文学なら私といふことになつてゐて、その点では一目置かれてゐたから、学校はきらひぢやなかつた。
(中略)
あるとき野球部に入つてゐる友だちが、肺浸潤の診断をうけて学校を休みだす直前、かへりの電車の中で、突然
私にかうきいた。
「君は sterben(死)する覚悟はあるかい?」
私は目の前が暗くなるやうな気がし、人生がひとつもはじまつてゐないのに、今死ぬのはたまらない、といふ
感じが痛切にした。
それから半年ほどのちその友だちは死んだ。

三島由紀夫「十八歳と三十四歳の肖像画 三」より

234 :名無しさん@また挑戦:2011/05/25(水) 12:16:18.71 ID:???
…………………………。
次は現在の私。
現在の私は旦那様である。妻には適当に威張り、一家の中では常識に則つて行動し、自分の家を建てかけてをり、
少なからず快活で、今も昔も人の悪口をいふのが好きだ。年より若く見られると喜び、流行を追つて軽薄な服装をし、
絶対に俗悪なものにしか興味のない顔をしてゐる。
まじめなことは言はぬやうに心がけ、知的虚栄心をうんと軽蔑し、ほとんど本は読まない。百五十歳まで生きる
やうに心がけて、健康に留意してゐる。
(中略)
私はそれでも時々、自衛隊にでも入つてしまひたいと思ふことがある。病気で死んだり、原爆で死んだりするのは
いやだが、鉄砲で殺されるならいい。
「君は sterben する覚悟はあるかい?」
といふ死んだ友人の言葉が又ひびいて来る。さうまともにきかれると、覚悟はないと答へる他はないが、死の観念は
やはり私の仕事のもつとも甘美な母である。

三島由紀夫「十八歳と三十四歳の肖像画 三」より

235 :名無しさん@また挑戦:2011/05/25(水) 19:56:44.78 ID:???
氏の「雪国」や「千羽鶴」が外国で歓び迎へられたのには理由があると思ふ。たとへば西洋では、どんなデカダンでも、
どんなニヒリストでも、「人間的情熱」といふやうな言葉を先験的に信じてゐるところがある。西洋では、多分
キリスト教の影響だらうと思ふが、善悪の二元論をはじめとして、あらゆる反価値は価値の裏返しにすぎぬ。
無神論も、徹底すれば徹底するほど、唯一神信仰の裏返しにすぎぬ。無気力も、徹底すれば徹底するほど、情熱の
裏返しにすぎぬ。近ごろはやりの反小説も、小説の裏返しにすぎぬ。
私は大体、十九世紀の観念論哲学の完成と共に、西欧の人間的諸価値の範疇が出揃つたものと考へる。それ以後の
人間は、どうころんだつて、この範疇の外に出られないのである。たとへば情熱、たとへば理想、たとへば知性、
……何でもかまはないが、人間によつて価値づけられたもののかういふ体系を、誰も抜け出すことができない。
逆を行けば裏返しになるだけのことだ。

三島由紀夫「川端康成再説」より

236 :名無しさん@また挑戦:2011/05/25(水) 20:02:40.37 ID:???
日本の十九世紀も、かういふ人間によつて定立された価値概念をのこらず輸入した。その網羅的体系が、かりに
人間主義と呼ばれるところのものである。しかし日本では、それらの価値概念は粗い網目のやうなもので、
そのあひだに、ポカリ、ポカリと、黒い暗黒の穴があいてゐる。網目に指をつつこんでも、ヒヤリとする夜気に
ふれるだけで、そこには何もない。
さて川端さんの小説は、かういふ暗黒の穴だけで綴られた美麗な錦のやうなものである。西洋人はこれをよんで
びつくりし、こんな穴に自分たちが落ち込んだらどうしようと心配し、且つさういふ穴の中に平気で住んでゐる
日本人に驚嘆したのである。
たとへば西洋では、ずいぶん珍奇な小説の主人公もゐるけれど、「雪国」の島村のやうに、感覚だけを信じて、
情熱などといふものを先験的に知らない人間は、その存在すら想像することがむづかしいだらう。彼らは時には島村を、
キリスト教の見地から、地上最大の悪人とみとめるだらう。ところが大まちがひで、島村は、心やさしいとは
云へないが、感覚とその抑制とを十分に心得た、ものしづかな耽美的享楽家なのである。

三島由紀夫「川端康成氏再説」より

237 :名無しさん@また挑戦:2011/05/26(木) 11:57:51.84 ID:???
今や一九五九年の、月の裏側の写真は、人間の歴史の一つのメドになり、一つの宿命になつた。それにしても、
或る国の、或る人間の、単一の人間意志が、そのまま人間全体の宿命になつてしまふといふのは、薄気味のわるい
ことである。広島の原爆もまた、かうして一人の科学者の脳裡に生れて、つひには人間全体の宿命になつた。
こんなふうに、人間の意志と宿命とは、歴史において、喰ふか喰はれるかのドラマをいつも演じてゐる。今まで
数千年つづいて来たやうに、一九六〇年も、人間のこのドラマがつづくことだけは確実であらう。ただわれわれ
一人一人は、宿命をおそれるあまり自分の意志を捨てる必要はないので、とにかく前へ向つて歩きだせはよいに
決つてゐる。

三島由紀夫「巻頭言(『婦人公論』)一九六〇年代はいかなる時代か」より


結婚の美しさなどといふものは、ある程度の幻滅を経なければわかるものではないといふ古い考へが私にはあつて、
初恋がそのまま成就して結婚などといふと、余計なお節介だが、底の浅い人生のやうな感じがする。

三島由紀夫「巻頭言(『婦人公論』)早婚是非」より

238 :名無しさん@また挑戦:2011/05/26(木) 12:02:36.68 ID:???
子供は天使ではない。従つて十分悪の意識を持ち得る。そこに教育の根拠があるのだ。

三島由紀夫「巻頭言(『婦人公論』)ベビイ・ギャング時代」より


文部省が今度「英語教育改善協議会」を設置して、「読む英語」にかたよりすぎてゐるといはれた中学・高校の
英語教育を、もつと「役にたつ英語」にしてゆかうとたくらんでゐるさうだ。またしても文部省の卑近な
便宜主義である「役に立つ」ために。「役に立つ」ことばかり考へてゐる人間は、卑しい人間ではないか。
一体、語学教育は国際政治の力のわりふりに左右されがちなものだが、日本中が英語の通訳だらけになつて
しまつたら、文部省の意図するところは達せられたといふべきであらう。(中略)ホテル業者はなるほど
「役に立つ」英語を喋つてもらひたい。
しかし、ホテルと教養とは別である。テーブル・マナーと教養とは別である。いまだに英仏の知識人の間には
古代ギリシア語やラテン語が、教養語として生きてゐるが、一体文部省は、何を日本人の教養語とするつもり
なのであるか。教育的見地からは、そのはうが重要である。

三島由紀夫「巻頭言(『婦人公論』)一億総通訳」より

239 :名無しさん@また挑戦:2011/05/26(木) 12:05:17.86 ID:???
戦後の教育は、日本人から、かつての教養語であつた漢文のたしなみを一掃してしまつた。さらにヅサンな
国語改革案で、日本語を「役に立つ」日本語に仕立てあげようとして、教養語としての日本語を、日本古典を
読解する力を、すつかり弱めてしまつた。その上、ここへ来て、またまた英語を、教養語としての座から
引きずり下ろさうとしてゐる。
私は、「ユー・ウォント・ア・ガール・トゥナイト?」なんて言葉がすらすら出てくるより、会話はできなくても、
誰でもシェークスピアが読めるはうが、日本人としても立派だと思ふのだが……。

三島由紀夫「巻頭言(『婦人公論』)一億総通訳」より


本来知性は普遍的なもので、女性だけの知性などといふ妙なものはありえやうがない。この雑誌は、素朴で有能な
男性を徒らにおびやかすやうな女性を養成したことも確かである。

三島由紀夫「巻頭言(『婦人公論』)創刊四十五年を祝ふ」より

240 :名無しさん@また挑戦:2011/05/26(木) 13:10:18.76 ID:???
個体分裂は、分裂した個々の非連続性をはじめるのみであるが、生殖の瞬間にのみ、
非連続の生物に活が入れられ、連続性の幻影が垣間見られる。しかるに存在の連続性とは死である。かくて
エロチシズムと死とは、深く相結んでゐる。「エロチシズム」とは、われわれの生の、非連続的形態の解体である。
それはまた、「われわれ限定された個人の非連続の秩序を確立する規則的生活、社会生活の形態の解体」である。


主知主義の能力の限界は、人間が生の非連続性に耐へ得る能力の限界である。この限界を究めようとする実験は、
主知主義の側から、しばしば、且つ大規模に試みられたが、ゆきつくところは、個人的な倫理の確立といふ
ところに落ちつかざるをえない。戦後の実存主義も、かうした主知主義的努力の極限のあらはれであつて、
死と神聖感とエロチシズムとを一直線に結ぶ古代の血みどろな闇からの救ひではない。われわれが今ニヒリズムと
呼んでゐるものは、バタイユのいはゆる「生の非連続性」の明確な意識である。そして主知主義的努力は、その
非連続性に耐へよ、といふ以上のことは言へないのである。

三島由紀夫「『エロチシズム』――ジョルジュ・バタイユ著 室淳介訳」より

241 :名無しさん@また挑戦:2011/05/26(木) 13:14:56.32 ID:???
バタイユがロジエ・カイヨウの持論を紹介してかう言ふ。
「(中略)宗教外の時間は普通の時間で、労働と禁止尊重の時間であり、神聖な時間は祭の時間、つまり本質的には
禁止違犯の時間であります。エロチシズムの面では、祭はしばしば性的放縦の時間であり、専ら宗教的な面では、
とくに殺人禁止の違犯である犠牲の時間でありました」(二七六頁)
しかしかういふ明快な時間割を、現代人は完全に失つた。宗教の力は微弱になり、宗教の地位に、映画や
テレヴィジョンを含む各種の観念的娯楽がとつて代り、文学の少なからぬ部分もこれに編入されることになつた。
それらは毎日、性的放縦の観念と殺人の観念を、水にうすめて、ヴィタミン剤のやうに供給してゐる。いたるところに
エロチシズムが漂ひ、従つて死の匂ひが浸潤してゐる。それがますます機能化され単一化されてゆく機械的な
社会形態の、背景であり、いはゆるムードである。火葬場のある町に住んでゐる人のやうに、かくてわれわれは
死の稀薄な匂ひに馴らされて、本当の死を嗅ぎ分けることができない。

三島由紀夫「『エロチシズム』――ジョルジュ・バタイユ著 室淳介訳」より

242 :名無しさん@また挑戦:2011/05/26(木) 13:22:06.85 ID:???
サドの文学はヒューマニズムで擁護される性質のものではない。また、芸術的見地から弁護される性質のものではない。
サドはこの世のあらゆる芸術の極北に位し、芸術による芸術の克服であり、その筆はとつくに文学の領域を踏み
越えてしまつてゐた。時代を経て徐々にその毒素を失ふのが、あらゆる芸術作品の通例だが、サドほど、何百年を
経てもその毒素を失はない作家はなからう。それはあらゆる政治形態にとつての敵であり、サドを容認する政府は、
人間性を全的に容認する政府であつて、そんなものは政府の埒外に在るから、政府は一日も存続しまい。つまり
サドは芸術のみならず、政治に対しても、政治による政治の克服、政治が政治を踏み越えることを要求せずに
ゐないのだ。
かういふと、あたかも今私が、警察当局の態度を是認するかの如くだが、サドの文学の本質の問題と、良識ある
飜訳家、誠実な研究家かつ紹介者たる澁澤氏の問題とは別である。私は、澁澤氏のために怒つてゐるので、
サドのために怒つてゐるのではない。

三島由紀夫「受難のサド」より

243 :名無しさん@また挑戦:2011/05/26(木) 21:00:07.67 ID:???
胃痛のときにはじめて胃の存在が意識されると同様に、政治なんてものは、立派に動いてゐれば、存在を
意識されるはずのものではなく、まして食卓の話題なんかになるべきものではない。政治家がちやんと政治を
してゐれば、カヂ屋はちやんとカヂ屋の仕事に専念してゐられるのである。


民主主義といふ言葉は、いまや代議制議会制度そのものから共産主義革命までのすべてを包含してゐる。平和とは
時には革命のことであり、自由とは時には反動政治のことである。長崎カステーラの本舗がいくつもあるやうなもので、
これでは民衆の頭は混乱する。政治が今日ほど日本語の混乱を有効に利用したことはない。私はものを書く人間の
現代喫緊の任務は、言葉をそれぞれ本来の古典的歴史的概念へ連れ戻すことだと痛感せずにはゐられなかつた。


本当の現実主義者はみてくれのいい言葉などにとらはれない。たくましい現実主義者、夢想も抱かず絶望もしない
立派な実際家、といふやうな人物に私は投票したい。

三島由紀夫「一つの政治的意見」より

244 :名無しさん@また挑戦:2011/05/26(木) 21:20:39.37 ID:???
有効な文化交流とは少数意見の交流だといふことを忘れてはならないのである。赤い国の白い意見と白い国の
赤い意見が、本当にヒザを交へて酒をのむことができるのである。

三島由紀夫「発射塔 少数意見の魅力」より


犯人以外の人物にいろいろ性格描写らしきものが施されながら、最後に犯人がわかつてしまふと、彼らがいかにも
不用な余計な人物であつたといふ感じがするのがつまらない。この世の中に、不用で余計な人間などといふものは
ゐないはずである。


どうして名探偵といふやつは、かうまでキザなのか。あらゆる名探偵といふやつに、私は出しやばり根性の余計な
お節介を感じるが、これは私があんまり犯人の側につきすぎるからであるか。大体、知的強者といふものには
かはいげがないのだ。


古典的名作といへども、ポオの短編を除いて、推理小説といふものは文学ではない。

三島由紀夫「発射塔 推理小説批判」より

245 :名無しさん@また挑戦:2011/05/26(木) 21:24:25.16 ID:???
あんまり着こなしのうまい作家を見ると、多少ヤキモチも働いてゐるにちがひないが、何だか決定的に好きになれない。
もちろん他人の借り物のおしやれをして得々としてゐる手合ひは論外だし、よぼよぼの老人がむりにジン・パンツを
はいたり、胃弱の青年がむりにTシャツを着たりするのは全くいただけないが、自分に似合はないものを
思ひ切つて着る蛮勇といふものも、作家の持つべき美徳の一つである。井伏鱒二氏が突然真つ赤なアロハを着たり、
安岡章太郎氏が突然シルクハットをかぶつたりしたら、私はどんなにもつと氏らを好きになることであらう。

三島由紀夫「発射塔 文壇衣装論」より


小説といふ形式は、本来、清濁あはせのむ大器であつて、良い趣味も悪い趣味も、平気で一緒くたにのみこんで
しまふだけの力がなければならない。(中略)
中間小説にはそんなのが出かかつてゐるが、真の悪趣味を調理するにはむしろすぐれた文学の包丁がいるのだ。

三島由紀夫「発射塔 グロテスク」より

246 :名無しさん@また挑戦:2011/05/26(木) 21:26:01.11 ID:???
教育も教育だが日本人と生まれて、西鶴や近松ぐらゐが原文でスラスラ読めないでどうするのだ。秋成の
雨月物語などは、ちよつと脚注をつければ、子供でも読めるはずだし、カブキ台本にいたつては、問題にもならぬ。
それを一流の先生方が、身すぎ世すぎのために、美しからぬ現代語訳に精出してゐるさまは、アンチョコ製造より
もつと罪が深い。みづから進んで、日本人の語学力を弱めることに協力してゐるからである。


現代語訳などといふものはやらぬにこしたことはないので、それをやらないで滅びてしまふ古典なら、さつさと
滅びてしまふがいいのである。ただカナばかりの原本を、漢字まじりの読みやすい版に作り直すとか、ルビを
入れるとか、おもしろいたのしい脚注を入れるとか、それで美しい本を作るとか、さういふ仕事は先生方にうんと
やつてもらひたいものである。

三島由紀夫「発射塔 古典現代語訳絶対反対」より

247 :名無しさん@また挑戦:2011/05/26(木) 21:28:08.81 ID:???
ユーモアや哄笑は、無力な主人公や、何らなすところなきフーテン的人物のみのかもし出すものではないと信ずる。
有為な人物はユーモリストであり、ニヒリストはなほさら哄笑する。

三島由紀夫「発射塔 ヒロイズム」より


だれだつて年をとるのだから声変はりもしようし、いつまでもキイキイ声ばかり張り上げてもゐられない。
古くなる覚悟は腹の底にいつでも持つてゐなければならない。その時がきたらジタバタして、若い者に追従を
言つたりせず、さつさと古くなつて、堂々とわが道をゆくことがのぞましい。
しかし「オレはもう古いんだぞ。古くなつたんだぞ」と、吹聴してまはるのもみつともない。オールドミスが
「私、もうおばあさんだから」と言つてまはるのと同じことだ。古くなるには、やはり黙つて、堂々と、
新しさうな顔をしたまま平然と古くなつてゆくべきだらう。

三島由紀夫「発射塔 古くなる覚悟」より

248 :名無しさん@また挑戦:2011/05/27(金) 15:03:52.31 ID:???
一人の作家を評価するのに、彼がビッコだからとか、マゾヒストだからとか、さういふものを前提にした評論は
一番つまらない。精神分析の本を一二冊読めば、何かのコムプレックスで作家の全作品を解明するのは易々たる業で、
子供でもできることである。
コンプレックスとは、作家が首吊りに使ふ踏台なのである。もう首は縄に通してある。踏台を蹴飛ばせば万事
をはりだ。あるひは親切な人がそばにゐて、踏台を引張つてやればおしまひだ。……作家が書きつづけるのは、
生きつづけるのは、曲りなりにもこの踏台に足が乗つかつてゐるからである。その点で、踏台が正しく彼を
生かしてゐるのだが、これはもともと自殺用の補助道具であつて、何ら生産的道具ではなく、踏台があるおかげで
彼が生きてゐるといふことは、その用途から言つて、踏台の逆説的使用に他ならない。踏台が果してゐるのは
いかにも矛盾した役割であつて、彼が踏台をまだ蹴飛ばさないといふことは、半ばは彼の自由意志にかかはることで
あるが、自殺の目的に照らせば、明らかに彼の意志に反したことである。

三島由紀夫「武田泰淳氏――僧侶であること」より

249 :名無しさん@また挑戦:2011/05/27(金) 15:07:16.68 ID:???
ここには、湧き立つやうなリオ・デ・ジャネイロの狂熱のカーニバがある。オルフェのギリシア神話の現代版がある。
そしてヴードゥーに似たブラジル特有の神がかりがある。
第一に、この単純な物語の舞台の背景がすばらしい。リオ市の奇妙な特徴は、ふつうなら上流人士の住処に
なるべき筈の市中の山の頂きが悉く貧民窟になつてゐることで、モーロの聚落は、その不潔さと極度の貧しさで
有名である。市中の一等景色のよい、海の眺めのひろい場所を臭気ふんぷんたる連中が占領してゐるのである。
しかも貧しい黒人たちは、一年中働らいて得たわづかな金を、カーニバルの四日四晩で完全に費消してしまふ。
ブラジルは人種的偏見の少ない国だが、それでも黒人の悲願は白人に生れ変ることであり、かういふ宿命を
抱いた人たちは、当然仮装に熱中する。仮装こそ、「何かになりたい」といふ念願の仮の実現だからである。
だから貧しい黒人たちの仮装は豪華であつて、なけなしの金をはたいて、カーニバルの数日のためだけに、
最上の装ひを凝らすのである。

三島由紀夫「『黒いオルフェ』を見て」より

250 :名無しさん@また挑戦:2011/05/27(金) 15:10:24.13 ID:???
第二に、ギリシア神話の現代化のために、リオのカーニバルと黒人の生活が選ばれたことが、すばらしい着眼点だと思ふ。
私も一九五二年にこのカーニバルに踊り狂つた一人だが、現代の世界で、これほどディオニュソス的感動に
近いものはないと思つた。(中略)
この映画のラストで、黒いオルフェは、嫉妬に狂つた許嫁ミラに投石されて、崖から落ちて死ぬが、ミラと
その一党は、いふまでもなくオルフェを八つ裂きにしたバッカスの巫女たちの翻案である。しかし、「カーニバルで
狂騒と嫉妬にかられた黒人女」といふ設定は、そのまま「現代のバッカスの巫女」として、何ら無理なく通用する、
「現代のバッカスの巫女」を世界中に求めたら、おそらくここに帰着するだらうと思ふ。
こんなわけで、ギリシア神話が、ここでは、全く自然に、いきいきと蘇つてゐるのである。オルフェの地獄めぐりも、
神がかりのシーンで代置されるが、この神がかりはおそらく、芝居でなくて実写だらうと思ふ。あんまり迫真的
だからである。

三島由紀夫「『黒いオルフェ』を見て」より

251 :名無しさん@また挑戦:2011/05/27(金) 15:13:27.63 ID:???
(中略)
閑話休題。これらの点で、ギリシア神話の単純素朴と原始的狂熱を現代に移すのに、リオのカーニバルと黒人以上の
ものはないことは自明である。大体白人はすでに、素朴な恋物語や、純真な情熱や、身を滅ぼす狂躁を、演じにくく
なつてゐるのではなからうか。その衰弱を救ふのが黒人であつて、先頃の「カルメン」Carmen Jonesも、ビゼエの
古い歌劇が、黒人のおかげで、完全に現代に蘇つたのである。
(中略)
私は、オルフェとユリディスが、薄暮の裏庭で語らつてから、一夜を共にし、オルフェの絃歌で、カーニバルの
日の出を迎へるまでの、繊細微妙な演出と、黒人俳優たちの悲しみをたたへた表情の美しさに感動した。
オルフェの神話の翻案としては、警察の書類だらけのガランとした事務室から、オルフェの地獄落ちを暗示する
螺旋階段の長いシーンなどに、面白い趣向を感じた。とにかく趣向の面白さを味はつて見るべき映画である。

三島由紀夫「『黒いオルフェ』を見て」より

252 :名無しさん@また挑戦:2011/05/28(土) 12:01:57.15 ID:???
教養が、美しく生きてゆくのに役立つと考へてゐる一群の女性がゐます。雑誌ジャーナリズムやラヂオや
テレヴィジョンが、かういふ考へに阿諛追従します。
そんなことがあるものでせうか? 女性のための教養と呼ばれてゐるものには、みんな偽善の匂ひがあり、
美しくない教養ははじめから排斥されてゐるので、真黒な白粉といふものがないやうに、それらはいくら塗り
たくつても顔が真黒になつたりする心配がない。彼女たちには、黒い教養といふものが存在することが、永久に
わからないのです。
女性たちは、世間で認可ずみの、古くさい、危険のない教養が大好きだ。古典音楽の知識、(中略)なまぬるい
恋愛映画、ほんの少し進歩的な政治思想、台所むきの経済概論、それから十年一日のごとき恋愛論、……かういふ
ものが、今日、女性の教養と呼ばれてゐるものの一覧表ですが、これを総動員して、美しく生きようとしてゐる
女性たちの群を見ると、私は心底からおぞ気を慄はずにはゐられない。

三島由紀夫「女が美しく生きるには」より

253 :名無しさん@また挑戦:2011/05/28(土) 12:04:35.65 ID:???
さういふ傾向は、文化をなまぬるく平均化し、言論の自由を婦人側から抑制し、一国の文化全体を毒にも薬にも
ならないものにしてしまふ怖るべき原動力であります。アメリカといふ国のあの文化全体における婦人の害毒を
つらつら考へると、私は怖ろしくなる。
しかしもつといけないのは、ごく少数だが、婦人の知的スノッブたちで、危険な新らしい芸術を理解したつもりで、
これを擁護して、折角の芽を枯らしてしまふ。女性のやり方は、何でもかんでも、植物なら温室にはふり込んで
しまへばいいといふ単純なやり方ですから。
かういふのに比べると、低能なファッション・モデルたちのはうが、ずつと害毒が少ない。彼女たちももちろん
美しく生きようとしてゐるが、外面的な美にしか注意を払はず、その点で彼女たちが男性的原理に近づくのは、
時として外面的な美の追究のためには幸福さへ捨ててかへりみないからである。

三島由紀夫「女が美しく生きるには」より

254 :名無しさん@また挑戦:2011/05/28(土) 12:08:04.46 ID:???
……このひろい東京、ひろい日本、いや世界中で、あらゆる女性が美しく生き、あるひは美しく生きようとして
ゐることは、絶望的なことである。美しく生きることを諦めてしまつたやうにみえる不器量な老嬢でさへ、
男に比べれば、はるかに「美しく生きてゐる」のであります。
おそらくそれは、女性が男性よりも確実に存在してゐるといふことの別のあらはれに他ならないのであらう。
醜さといふものは、存在の裂け目だからである。ところで芸術は美の創造だといはれるが、このやうな存在の
裂け目からしか生れて来ない。女性が芸術家として不適任なのはこの点であります。芸術上の創造行為は
存在そのものからは生れて来ない。自ら美しく生きようと思つた芸術家は一人もゐなかつたので、美を創ることと、
自分が美しく生きることとは、まるで反対の事柄である。この点に、芸術に関する女性の最大の誤解がひそむが、
このことについては、本題と外れるので、また別の機会に述べることにしませう。

三島由紀夫「女が美しく生きるには」より

255 :名無しさん@また挑戦:2011/05/28(土) 12:29:10.69 ID:???
この世界には美しくないものは一つもないのである。何らかの見地が、偏見ですら、美を作り、その美が多くの
眷族(けんぞく)を生み、類縁関係を形づくる。しかも、どうやつたら美の陥穽に落ちないですむか、といふ課題は、
多くの芸術家にとつては、かなり平明な課題であつたと思はれる。彼らはただ前へ前へ進めばよいと思つたのだ。
そして一人のこらず、つひにはその陥穽に落ちたのだ。美は鰐のやうに大きな口をあけて、次なる餌物の落ちて
来るのを待つてゐた。そしてその食べ粕を、人々は教養体験といふ名でゆつくりと咀嚼するのである。
どこかの国、どこかの土地で、歴史の深淵から暗い醜い顔が浮び上り、その顔があらゆる美を嘲笑し、どこまでも
精妙に美のメカニズムに逆らつてゐるといふやうな事態はないものだらうか。ひそかにこれを期待しながら、
この前の旅行で、メキシコのマヤのピラミッドを見たときも、ハイチのヴードゥーを見たときも、私の見たものは
美だけであつた。

三島由紀夫「美に逆らふもの」より

256 :名無しさん@また挑戦:2011/05/28(土) 12:32:46.12 ID:???
(中略)
もはや美の領域で、「ブゥルジョアをおどろかす」やうなものは存在しない。超現実主義は古い神話になり、
抽象主義は自明な様式になつてしまつた。抽象主義はやがて、ゴシックが中世に於て意味したやうなものに
なつてしまふであらうし、それだけのことだ。モデルの体に絵具を塗つて画布の上にころげまはらせても、
悲しいかな、結果は自明であり、美は画布の上に予定されてゐる。われわれはもはや、ウヰリアム・ブレークが
描いた物質主義の代表者「ピラミッドを建てた人」の肖像ほど醜くあることはできず、骨の髄まで美に犯されてゐる。
われわれの住んでゐるのは、拒否も憎悪も闘ひもない美の「民主主義的時代」なのだ。しかも近代の教養主義の
おかげで、歴史上のどんな珍奇な美の様式にも、われわれは寛容な態度で接してしまふ。
香港。――この実に異様な、戦慄的な町の只中で、私はしかし、永らく探しあぐねてゐたものに、やうやく
めぐり会つたやうな感じがする。

三島由紀夫「美に逆らふもの」より

257 :名無しさん@また挑戦:2011/05/28(土) 12:37:37.90 ID:???
私は今までにこんなものを見たことがない。強ひて記憶を辿れば、幼時に見た招魂社の見世物の絵看板が、
辛うじてこれに匹敵するであらう。その色彩ゆたかな醜さは、おそらく言語に絶するもので、その名を
Tiger Balm Garden といふのである。
(中略)
地獄極楽図はまことにグロテスクの極致であつて、神桃を捧げられた神々や、竜馬にまたがつた神将、天女などの
足下には、雲を隔てて地獄の光景がひろがり、(中略)いまはしい囚人の姿が、新鮮なペンキの血をふんだんに
使つて、陰惨なリアリズムで描かれてゐる一方、この庭の童話的な趣向も忘れられずにをり、陰府刑車と大書した
近代的な自動車が、囚人を満載して近づいてくるのである。
ガーデンの特色の一つは、どんな遊園地にも似ず、一切の動きがないことだ。胡文虎氏は電気仕掛を好まなかつた
らしい。氏の庭はすべて永遠不朽のコンクリートで固化してをり、あらゆる激動の瞬間は、死のやうな不動の裡に
埃を浴び、虎は永遠に吼えつづけ、囚人は永遠に呻きつづけてゐる。このふしぎなモニュメンタルな死の気配に、
胡文虎氏の美学と経済学の結合があるらしい。

三島由紀夫「美に逆らふもの」より

258 :名無しさん@また挑戦:2011/05/28(土) 12:48:49.22 ID:???
(中略)
この庭には実に嘔吐を催させるやうなものがあるが、それが奇妙に子供らしいファンタジイと残酷なリアリズムの
結合に依ることは、訪れる客が誰しも気がつくことであらう。中国伝来の色彩感覚は実になまぐさく健康で、
一かけらの衰弱もうかがはれず、見るかぎり原色がせみぎ合つてゐる。こんなにあからさまに誇示された色彩と
形態の卑俗さは、実務家の生活のよろこびの極致にあらはれたものだつた。胡氏は不羈奔放を装ひながらも、
この国伝来の悪趣味の集大成を成就したのである。
中国人の永い土俗的な空想と、世にもプラクティカルな精神との結合が、これほど大胆に、美といふ美に泥を
引つかけるやうな庭を実現したのは、想像も及ばない出来事である。いたるところで、コンクリートの造り物は、
細部にいたるまで精妙に美に逆らつてゐる。幻想が素朴なリアリズムの足枷をはめられたままで思ふままに
のさばると、かくも美に背馳したものが生れるといふ好例である。
なぜ踊つてゐる裸婦の首が蜥蜴でなければならないのか。この因果物師的なアイディアは、空想の戯れといふ
やうなものではない。

三島由紀夫「美に逆らふもの」より

259 :名無しさん@また挑戦:2011/05/28(土) 12:52:01.07 ID:???
いたるところに美に対する精妙な悪意が働いてゐて、この庭のもつとも童話的な部分も、その悪意によつて
どす黒く汚れてゐる。そしてそれはグロテスクが決して抽象へ昇華されることのない世界であり、不合理な
人間存在が決して理性の澄明へ到達することのない世界である。現実は決して超えられることがなく、野獣の咆吼や、
人間の呻きや、猥褻な裸体は、コンクリートの形のなりに固化したまま、現実のなかにぬくぬくと身をひそめてゐる。
しかもここには怖ろしい混沌の勝利はないので、混沌の美は意識的に避けられてゐると云つていい。一つの断片から
一つの断片へ、一つの卑俗さから一つの卑俗さへと、人々は経めぐつて、つひに何らの統一にも、何らの混沌にも
出会はない。おのおののイメージは歴史や伝説からとられたものであるのに、ここにはみぢんも歴史は感じられず、
新鮮なペンキだけがてらてらと光つてゐる。そして人々はこの夢魔的な現実のうちで、只一人の人間らしい顔にも
出会はないのである。

三島由紀夫「美に逆らふもの」より

260 :名無しさん@また挑戦:2011/05/28(土) 15:36:05.57 ID:???
ちやうど舞台の夜空に描きこまれたキラキラする金絵具の星のやうな、安つぽいロマンスこそ女の心を永久に
惹きつけるものだ。

三島由紀夫「『からっ風野郎』の情婦論」より


ある点から見れば、歌舞伎役者は貞淑な日本の妻達に似てゐる。彼女らは夫の専横なしつけに対して従順を装ひ、
忍従の美徳を衒つてゐながら、とどのつまりは何事も彼女等の望む通りの結果を得るのである。彼等歌舞伎役者も
また然り。そのやうにして彼等は伝統の芸術にたゆみない生命を与へ、彼等によつてのみそれは生き続け、
成長し続ける。

三島由紀夫「『俳優即演出家の演劇』としての歌舞伎」より


どんな芸術でも、根本には危機の意識があることは疑ひを容れまい。原始芸術にはこの危機が、自然に対する
畏怖の形でなまなましく現はれてゐたり、あるひはその反対に、自然を呪伏するための極端な様式化になつて
現はれてゐたりする。

三島由紀夫「危機の舞踊」より


日本の芸能界では、憎まれたら最後、せつかくもつてゐる能力も発揮できなくなるおそれがある。

三島由紀夫「現代女優論――越路吹雪」より

261 :名無しさん@また挑戦:2011/05/28(土) 20:49:26.15 ID:???
処女作とは、文学と人生の両方にいちばん深く足をつつこんでゐる。だから、それを書いたあとの感想は、
人生的感想によく似て来るのです。

三島由紀夫「『未青年』出版記念会祝辞」より


実業人と文士のちがふところは、実業人は現実に徹しなければならないのだが、小説家はこの世の現実のほかの
もう一つの現実を信じなければならぬといふことにあるのだらう。
そのもう一つの現実をどうやつて作り出すかといふと、その原料になるものは、やはり少年時代の甘美な
「文学へのあこがれ」しかない。その原料自体は、お粗末で無力なものであるが、それを精錬し、鍛へ、徐々に
厚く鞏固に織り成して、はじめはフハフハした靄にすぎぬものから、鉄も及ばぬ強靭な織物を作り出さねば
ならない。「人生は夢で織られてゐる」とシェークスピアも言ふ。その夢の原料は、やはり少年時代に、つまりは
あの汚ない、埃だらけの文芸部室にあつたと思ふのである。

三島由紀夫「夢の原料」より

262 :名無しさん@また挑戦:2011/05/28(土) 21:03:14.65 ID:???
決して人に欺されないことを信条にする自尊心は、十重二十重の垣を身のまはりにめぐらす。


目がいつもよく利きすぎて物事に醒めてゐる人の座興や諧謔といふものは、ふつうでは厭味なものだ。

三島由紀夫「友情と考証」より


苦痛は厳密に肉体的なものである。


肉体は知性よりも、逆説的到達が可能である。何故なら肉体には歴然たる苦痛がそなはり、破壊され易く、
滅び易いからだ。かくてあらゆる行動主義の内には肉体主義があり、更にその内には、強烈な力の信仰の外見にも
かかはらず、「脆さ」への信仰がある。この脆さこそ、強大な知性に十分拮抗しうる力の根拠であり、又同時に
行動主義や肉体主義にまとはりついて離れぬリリシズムの泉なのだ。

三島由紀夫「石原慎太郎氏の諸作品」より


人間は心の中に深い井戸みたいなものを持つてるでしよ。その井戸の中におりていくには、それ相応の体力が
なきやだめだと思ふ。

三島由紀夫「新劇人の貧弱な体格への警告(NHK『朝の訪問』)」より

263 :名無しさん@また挑戦:2011/05/29(日) 11:17:43.83 ID:???
あらゆる芸術ジャンルは、近代後期、すなはち浪漫主義のあとでは、お互ひに気まづくなり、別居し、離婚した。
(中略)
それぞれの分野が、八ちまたの八方へ別れ去つたのである。
かうして、めいめいの孤独が純粋性を追求した結果どうなつたか?
あとに残つたのは、エリオットのいはゆる「荒地」、それだけだ。
(中略)
氷つた孤独を通過して来たあとの各芸術ジャンルは、もう二度と、あんな生あたたかい親しみ合ひを持つことは
できない。
今後来るべき交流と綜合は、氷のやうな交流で、氷河的綜合にちがひない。
今ここに、かりにアヴァン・ギャルドといふ名を借りて、舞踊、音楽、映画、絵画、演劇、の各ジャンルが、
一堂に会して展観される。人はアヴァン・ギャルドなどといふ名にとらはれる必要はない。ここに二十世紀後半の
芸術の宿命的傾向を見ればそれで足りる。それは宿命であつて、今ふんぞり返つてゐる古い芸術も、畢竟この道を
辿らねばならないのだ。
そこで、純粋性とは、結局、宿命を自ら選ぶ決然たる意志のことだ、と定義してもよいやうに思はれる。

三島由紀夫「純粋とは」より

264 :名無しさん@また挑戦:2011/05/30(月) 10:58:55.99 ID:???
どんなに、芝居、映画、テレヴィジョンの時代になつても、小説だけのために残された人間の領域はある。


古へからわれらの橋は、現世の橋ではなくて、彼岸へ渡す橋であつた。その限りにおいては、いかに無細工な
コンクリートの橋であつても、今日なほ寸分も変らぬ詩句を近松は書いてゐる。「短かき物はわれわれが此の世の
住居秋の日よ」

三島由紀夫「『橋づくし』について」より


玩具とは、「阿諛する物」であり、おそろしい物の世界が可愛らしい装ひをして子供に接近する、いはば「物」の
化物たちである。しかもそれらは、物の恒久性や堅実性よりも、破壊されやすい脆い特質で子供をだまし、
子供をして「物の世界」を甘く見させ、ナメさせるところの、大人たちによる社会的訓練のはじまりである。

三島由紀夫「前衛舞踊と物との関係」より


一度自分の味はつた陶酔を人に伝へようとする努力は、奇妙に生理に逆行する。意気沮喪するやうな努力である。
そして結局、自分は何ら語らなかつたのではないか、といふやうな疑ひに陥るのだ。

三島由紀夫「『花影』と『恋人たちの森』」より

265 :名無しさん@また挑戦:2011/05/30(月) 11:06:22.67 ID:???
人工的に精密に模様化された風景は、実はわれわれの内部の心象風景と大してちがひのなあものになる。


抽象能力も捨て、肉惑的な叫びも捨てたその言葉、これらの純粋言語の中には、人間の魂の一等明晰な形式が
あらはれてゐる。

三島由紀夫「存在しないものの美学――『新古今集』珍解」より


少年を魅し去るのは夭折の星である。のうのうと生きて、みにくい中年や老年の姿をとるにいたる人間は、
決して少年の神とはなりえない。少年は、自分のまま、あるひは数年後の自分のままの姿で、永遠化された存在を
神として祭るのである。

三島由紀夫「『狂つた年輪』をみて」より


人間は、自分のこととなれば、自分が実在するかどうかは大問題であつて、もし実在しないといふ結論が出れば
大変なことになるが、他人のこととなると、他人の実在如何は大して気にかけないといふ性質がある。


われわれはめつたに会つたことのない遠い親戚なんかよりも、好きな小説の主人公のはうにはるかに実在感を
持つてゐるので、映画となると、それが写真で、しかも生身の俳優が登場するのであるから、もうその「現実」を
疑ふわけには行かなくなる。

三島由紀夫「映画『潮騒』の想ひ出」より

266 :名無しさん@また挑戦:2011/05/30(月) 12:21:28.58 ID:???
序文といふものは、朝、未知の土地へ旅立つてゆく若い旅人に与へる「馬のはなむけ」のやうなものである。
あたりはまだ薄闇に包まれてゐて、やがて汗ばむことになる馬の鬣(たてがみ)も、ひんやりと朝露に濡れてをり、
前脚ははやるやうに蹄を挙げて草を蹈みしだいてゐる。若い旅行者は元気よく馬の背に鞍を乗せ、腹帯をきつく締め、
さて馬に打ち跨がつて、馬上から見送りの人へ振向いて微笑する。しかしその顔にはすでに未知の土地の幻影が
かがやいてをり、昨夜まで滞在してゐた地方は、朝露のやうに急速に、その記憶から拭ひ去られてゆくのが
見てとれる。序文の筆者は、ただ馬の鼻先を、未知のはうへ向けてやればよいのだ。それで万事をはりだ。馬は
走り出し、旅人は二度とこちらを振向くことがない。
春日井建氏のこのブリリアントな処女歌集に贈る私の序文も、それ以外のものであつてはならない。しかしすでに、
目先しか見えない人々の間で、氏の歌がやすやすと前衛短歌などといふレッテルを貼りつけられてゐる。さういふ
俗悪な誤解は、この機会に解いておかなければならない。

三島由紀夫「春日井建氏の『未青年』の序文」より

267 :名無しさん@また挑戦:2011/05/30(月) 12:25:10.22 ID:???
(中略)
言葉が、氏の場合、柔らかな生身を守る固いきらきらした胸甲のやうになつてゐるのは、今日の若者の場合、
当然の抒情的要請である。言葉にはふしぎな逆説的機能がある。言葉で固く鎧へば鎧ふほど、柔らかな生身は
ますますいたましく鋭い外気にさらされなければならない。氏は詩語を平気で蹴ちらかし、強引な観念聯合を
設定するが、かうした外界の現実への抵抗の姿勢が、逆になまなましい傷つきやすい赤裸の肌をさらけ出して
ゐるのである。胸甲のやうな言葉の金属性は、現代に対する敏感な反応であつて、言葉をうすい皮膚のやうに
なめらかに身にまとつてゐる既成歌人たちは、現代に対して鈍感なだけのことである。その代り、彼らは傷つく
ことから免かれてゐる。抒情は言葉の皮膚の上にとどまつてゐるからだ。しかし赤い立派な胸甲を持ちながら、
春日井氏の魂は裏返しの海老である。その魂は、歌集のいたるところで、活作の海老のやうにぴくぴくと慄へてゐる。
私はこの肉の顕在を愛する。

三島由紀夫「春日井建氏の『未青年』の序文」より

268 :名無しさん@また挑戦:2011/05/30(月) 12:27:27.96 ID:???
又一つ言ふと、歌には残酷な抒情がひそんでゐることを、久しく人々は忘れてゐた。古典の桜や紅葉が、血の
比喩として使はれてゐることを忘れてゐた。月や雁や白雲や八重霞や、さういふものが明白な肉感的世界の
象徴であり、なまなましい肉の感動の代置であることを忘れてゐた。ところで、言葉は、象徴の機能を通じて、
互(かた)みに観念を交換し、互みに呼び合ふものである。それならば血や肉感に属する残酷な言葉の使用は、
失はれた抒情を、やさしい桜や紅葉の抒情を逆に呼び戻す筈である。春日井氏の歌には、さういふ象徴言語の
復活がふんだんに見られるが、われわれはともあれ、少年の純潔な抒情が、かうした手続をとつてしか現はれない
時代に生きてゐる。
現代はいろんな点で新古今集の時代に似てをり、われわれは一人の若い定家を持つたのである。

三島由紀夫「春日井建氏の『未青年』の序文」より

269 :名無しさん@また挑戦:2011/05/30(月) 12:33:00.14 ID:???
(二十歳の私が書いた)「戦後語録」などと名付けた断想のノートを読むと、九月十六日の項にはこんなことが
書いてある。
「偉大な伝統的国家には二つの道しかない。異常な軟弱か異常な尚武か。それ自身健康無礙なる状態は存しない。
伝統は野蛮と爛熟の二つを教へる」
「デモクラシイの一語に心盲ひて、政治家達ははや民衆への阿諛と迎合とに急がしい。併し真の戦争責任は民衆と
その愚昧とにある。(中略)政治家は民衆の戦争責任を弾劾しない。彼らは、泰西人がアジアを怖るゝ如く、
民衆をおそれてゐる。この畏怖に我々の伝統的感情の凡てがある。」
「日本的非合理の温存のみが、百年後世界文化に貢献するであらう」
――かういふ文章を読むと、調子はいかにも国士調である。終戦のときにぼんやりした抒情詩人だつたものが、
一ヶ月でたちまち国士になるわけもないが、つまり甘い抒情的逃避と国士的居直りとは、私にとつて一つのもの、
一つの銅貨の裏表だつたのだらうと思はれる。これをしも「野蛮と爛熟」と自賛すべきか?

三島由紀夫「八月二十一日のアリバイ」より

270 :名無しさん@また挑戦:2011/05/30(月) 12:36:22.06 ID:???
(中略)
マッカーサーが厚木へ到着したのは八月三十日であるから、多分八月二十一日ごろは、工場(神奈川県高座工廠)の
解散まで、工場の宿舎に学友たちと寝泊まりしてゐたであらう。終戦物資の配給といつても、われわれのところへは
ろくなものは来ず、パラシュート一枚かつさらつて来る才覚もなく、のんきにだらだらと議論ばかりして暮らして
ゐたと思はれる。
私たちの宿舎は、夏草の原にかこまれた粗末な新築の兵舎で、各むねのまんなかを土間が
とほり、その両側にゴザを敷いた二階の間仕切りがあり、二階へは直立したはしごで昇るやうになつてゐた。
(中略)かういふ記憶の中に、れつきとした海軍の工場であるにもかかはらず、軍人の姿が一人も出て来ないのは
ふしぎである。また、われわれの知的故郷は焼け残つた本郷の大学であつたにもかかはらず、終戦直後の大学の姿が
浮かんで来ないのもふしぎである。
当時すでに私の心には、敗戦と共にをどり上がつて思想の再興に邁進しようとする知的エリートたちへの、
根強い軽蔑と嫌悪が芽ばえてゐた。

三島由紀夫「八月二十一日のアリバイ」より

271 :名無しさん@また挑戦:2011/05/30(月) 19:59:30.01 ID:???
ペンクラブ会長としての公人の川端氏を、世間的常識の側からながめる人は、氏の人望といひ、人格識見といひ、
そこらの政治家や実業人が足もとにも及ばぬ人物であるところから、文化勲章も遅すぎた、と思ふにちがひない。
しかしそれだけの判断で授勲されるのだつたら、氏の文学に対する侮蔑といふほかはない。
一個の精神のますます純化されますます深められた孤独が、国家的に顕彰されるといふことは、ふしぎな、
気味のわるい事態である。どうしてもクツ下を脱がない人間にクツ下をはいたままフロに入ることを強ひるやうな
ものである。しかし川端氏は、そんな場合、自若としてクツ下をはいたまま、栄光のフロに入つてしまはれる
だらうと思ふ。そこに川端氏と氏の文学の真面目(しんめんもく)もあるので、それといふのも、本当のところ
「文化勲章」などといふものは、氏にとつて、どうでもよい事柄に属するからである。どうでもよいことに
こだはつて何になるものか。

三島由紀夫「川端康成氏と文化勲章」より

272 :名無しさん@また挑戦:2011/05/30(月) 20:02:16.84 ID:???
私は何も文化勲章及びその制度自体を蔑するのではない。ただ作家にとつて、栄光といふものは、奇妙な
疥癬(かいせん)みたいなもので、その痒みは一種の快感であり、それをかくことは一種の快楽にほかならないが、
それは仕方なしにくつついて来たものにすぎない。この「仕方なしに」といふことに、川端文学の一種の主調音が
ひびいてゐるので、私にはますます氏の受勲がおもしろく思はれるのである。氏の処女作「十六歳の日記」を
読んだ人は、かうして「仕方なく」小説を書きだした孤独な、とどまることを知らぬ精神が、やがて「仕方なく」
文化勲章を受けるにいたる、長いまつすぐな道程を予見することができる。それはあれほどにも「老い」を
美化した中世芸術に親しみながらつひに「老い」をわがものとすることのできなかつた、永遠に若々しい一つの
精神の歴史である。

三島由紀夫「川端康成氏と文化勲章」より

273 :名無しさん@また挑戦:2011/05/31(火) 12:58:38.84 ID:???
いま瞼の裏にありありと残つてゐるのは、ポルトガルの首都リスボンの絶妙の美しさだの、カイロのピラミッドの
ふしぎな生々しい存在感だの、香港の阿片窟の暗い夢魔的な雰囲気だの、……さういふ断片的な印象の光彩である。
私はこんどの旅行では、ことさら自分を、一瞬にしてすぎる感覚的享楽だけの受動的な存在に仕立てて歩いた。
たとへばピラミッドの存在感といふものは独特で、実に気味がわるい。私はもとメキシコで、階段式ピラミッドの
無気味な姿を見たが、あれはまだ密林に包まれてゐるから始末がいいので、サバクの中からぬつと突き出し、
近代都市のすぐ近くに接近してゐるギザのピラミッドなどの無気味さとは比較にならない。ゴルフ・クラブの
バルコニーに招かれて、何の気なしにふりむいたところに、ユーカリのこずゑ高く、ピラミッドがのしかかつて
ゐる姿を見たときは、まさにそこにあれが「ゐた」といふ感じだつた。夜中に厠の戸をあけたら、そこにお化けが
「ゐた」といふときの「ゐた」といふ感じはまさにこれだらう。

三島由紀夫「ピラミッドと麻薬」より

274 :名無しさん@また挑戦:2011/05/31(火) 13:02:23.39 ID:???
お化けはまだしも人間に似てゐるからいい。しかしピラミッドはいかにも無機的で、しかもギリシャの廃墟のやうな
建築的形態をとどめたすがすがしい石だけの存在ではなくて、何かいやらしい中間的存在である。それは人間と
精神との間に永遠に横たはり、人間と精神との親密な結合を、いつも悪意を以つて妨害してゐる。ヨーロッパの
すべての遺物には、この種の親密な結合があり、それは高い趣味のものから最低の悪趣味のものまで共通してゐる。
しかしエジプトはいやらしい記念碑を建てたものだ。ピラミッドはたしかにある目的のために建てられたのだが、
いま見ると、それはただ「ゐる」ために、存在するために、存在しはじめたやうにしか見えないのである。
死と永遠の時間に対抗するには、エジプト人は、どうやら人間の力だけでは足りないことを自覚して、精神なんかは
押しのけておいて、ひたすら大きな存在の力を借りたやうに思はれる。かくて人間が存在の中へ埋没し、
ピラミッドだけが「ゐる」ことになつたのだ。

三島由紀夫「ピラミッドと麻薬」より

275 :名無しさん@また挑戦:2011/05/31(火) 13:11:31.84 ID:???
これも一つの文明の方法にはちがひなく、また一つの宗教の帰結にはちがひないが、それは本当に目くるめくやうな
暗い黒い文明で、ヨーロッパをまはつてここへ来ると、はじめてヨーロッパは小さな一大陸の特殊な文明形態に
すぎぬことがはつきりする。
(中略)そこからアジアにかけて、何か途方も知れない暗い文明、ヨーロッパ的人間がかつて一度もその力を
借りなかつた存在学的文明がはじまるのを見るやうな気がする。
さて、人間を手取り早くただの「存在」に還元する方法、それが麻薬といふものだらう。中国人が建てた万里の
長城などの無気味な姿は、同じ中国人の発明にかかる阿片、すなはち、死と永遠の時間に対抗するために、人間の
生身を存在それ自体に変へてしまふ秘法と、どこかでこつそりつながつてゐるにちがひない。
現にエジプトでも、カイロ南郊の訪れる人の少ない半ばくづれたダシュールのピラミッドの片ほとりに、私は
砂に埋もれかけてゐるハシシュのくさむらを見た。この麻薬の草は、サバクを吹いてくる微風に、とげとげしく
身をゆすつてゐた。

三島由紀夫「ピラミッドと麻薬」より

276 :名無しさん@また挑戦:2011/05/31(火) 15:56:49.29 ID:???
香港。私がはじめて見る中国の街。ここへはおびただしい難民と一緒に、中国大陸ですでに禁じられた古い悪徳も
逃げこんできて、わづかに余喘を保つてゐる。
手入れのために十人の警官が踏み込むと、せまい迷路をたどつてその街を出たときには、いつのまにか八人に
なつてゐるといふ九竜城の暗黒街を、私は老練な案内書の懐中電灯のあかりをたよりに歩いた。
深夜の家々は雨戸をとざし、夜業の織物工場の機械音が単調にひびいてゐるあひだを、石段の曲がりくねつた小径が、
臭い溝に沿うて上つたり下つたりする。高い石室のやうな家の二階の小窓が暗い穴を闇の中にうがつてゐる。
ときどき灯明りの洩れるところには、茶店の店先で麻雀をやつてゐる人たちが、我々のはうを鋭い目で見返る。
道ばたで煎つてゐるにくにくの実の嘔吐を催すやうなにほひ。それが通のくと、こんどは人気のない闇の小路に、
血のにほひが漂つてくる。ここらでは豚の密殺も行はれてゐるらしい。

三島由紀夫「ピラミッドと麻薬」より

277 :名無しさん@また挑戦:2011/05/31(火) 15:59:47.92 ID:???
とある家の軒下に、闇に半ば身を浸して、黒い中国服の初老の男が、じつと身をもたせかけて立つてゐる。
あらぬ方を見てゐる目は黄いろく澱み、顔の皮膚は弾力のない馬糞紙のやうな色をしてゐる。明らかな阿片患者である。
彼はまさしくそこに「ゐた」。ピラミッドのやうに「ゐた」のである。存在の奥底に落ち込んでゐるその顔は、
我々の社会的な証票ともいふべき顔の機能をすつかり失つて、一つの小さな穴のやうに見える。それは小さいが
実に危険な穴で、ひとたびその中をのぞき込んだら、世界はその中へ身ぐるみ落ち込んでしまふにちがひない。
しかしそれは存在してゐた。人間と精神を連結しようとするあらゆるヨーロッパ的な努力を嘲笑して存在してゐた。
私はかういふ顔がまだ世界のそこかしこにいつぱい存在してゐることを知つてゐる。そしてかういふ顔を忘れて
暮らしてゐるあひだ、同時に我々は、楽天的にも、死や永遠の時間といふものも忘れて暮らしてゐるのである。
何しろ付き合が忙しいから!

三島由紀夫「ピラミッドと麻薬」より

278 :名無しさん@また挑戦:2011/05/31(火) 20:45:00.01 ID:OxO7vFn7
作家あるひは詩人は、現代的状況について、それを分析するよりも、一つの象徴的構図の下に理解することが多い。
それは多少夢の体験にも似てゐる。ところで犯罪者もこれに似て、かれらも作家に似た象徴的構図を心に抱き、
あるひはそのオブセッションに悩まされてゐる。ただ作家とちがふところは、かれらは、ある日突然、自分の中の
象徴的構図を、何らの媒体なしに、現実の裡に実現してしまふのである。自分でもその意味を知ることなしに。


若い不平たらたらなサラリーマンの心には、社長になりたいといふ欲求と紙一重に、若いままの自分の英雄的な
死のイメーヂが揺曳してゐる。これは永久に太鼓腹や高血圧とは縁のない死にざまで、死が一つの狂ほしい
祝福であり祭典であるやうな事態なのである。


「俺が滅びるのだ。だから世界がまづ滅びるべきだ」といふ論理は、生きるための逃げ口上に使はれれば、容易に、
「世界が滅びないのなら、俺は滅びることができない」といふ嗟歎に移行する。いづれも死を前提にした論理で
あるのに、死が死の不可能と固く結びついてゐる。

三島由紀夫「魔――現代的状況の象徴的構図」より

279 :名無しさん@また挑戦:2011/05/31(火) 20:48:17.63 ID:???
作家は現実の犯罪の手続をとることもなく、又、ただひたすらに孤独から遁れ去らうといふ欲求に身を任せるでもなく、
まづ、生れながらに、絶対孤独を自分の棲家とする。だから、そこに棲んだまま、黙つて、何も言はずに、涸化して
死んでしまつた作家もある筈だ。一行も書かなかつた作家といふものもある筈だ。


作家はこんなにも沢山、自分の絶対孤独の雛型を作つてどうしようといふのであらうか? 私はかつてこんな
不気味な漫画を見たことがある。礼服にシルクハットの人形売りが街頭に立つてゐる。彼の足もとには、彼と
そつくりな礼服にシルクハットの沢山の小さな人形が、背中のネヂを十分に巻かれて、四方八方へ歩き出してゐる。
この漫画の惹起する笑ひには、ぞつとするやうなものが含まれてゐた。これが大方の作家が心に抱く象徴的構図だと
言つてもまちがひではあるまい。他者は永久に来ないことを作家は知つてをり、連帯の不可能も明らかであり、
犯罪は一回きりで終り、劇的な死も一回きりで終るのは明らかである。

三島由紀夫「魔――現代的状況の象徴的構図」より

280 :名無しさん@また挑戦:2011/06/01(水) 11:57:19.78 ID:???
(中略)
絶対孤独はいかなる場合も非生産的なものである。しかしこのうつろな非生産性が、歴史に動かされて、もつとも
執念深いもつとも持続的な生産者を作り出す。これが作家といふものであり、作家がある時代の申し子となるのは
こんな事情に依るが、時代のはうでは、それぞれの時代の純粋な絶対孤独の持主に目をつけて、こいつを拾い上げ、
こいつに記録者としての全権を委任することがよくあるのだ。時代は孤独者が孤独の雛型を次々と作り出すのを
ゆるす。後世にのこすためには冷たいタイルの羅列のはうが長持ちするからだ。
それにしても作家は、自分が生きてゐる時代と絶対孤独との関係については、たえず頭を悩まさざるをえない。
これは一体どういふ関係であらうか? それは単に、醜聞のやうなものなのか? 書くたびに、書けば書くほど、
彼はこのことを思ひ詰め、このふしぎな疑問が、はては彼の反復される主題にまでなつてしまふ。

三島由紀夫「魔――現代的状況の象徴的構図」より

281 :名無しさん@また挑戦:2011/06/01(水) 12:01:29.34 ID:???
一旦身に受けた醜聞はなかなか払ひ落とせるものではない。たとへ醜聞が事実とちがつてゐても、醜聞といふものは、
いかにも世間がその人間について抱いてゐるイメージとよく符合するやうにできてゐる。ましてその醜聞が、
大して致命的なものではなく、人々の好奇心をそそつたり、人々に愛される原因になつたりしてゐるときには
尚更である。かくて醜聞はそのまま神話に変身する。
(中略)
アメリカにおける日本娘の名声の高さは大へんなものである。われわれスポイルされた日本男性は、風呂の中で
妻が背中を流してくれるのを当然のサーヴィスと心得てゐるが、アメリカ人の感激は大へんなものらしいのである。
しかしアメリカ婦人だつて、自分の愛犬の背中を喜んで洗つてやるではないか。とすれば、アメリカ婦人が良人の
背中を流したがらない理由は、男性を犬から区別する敬意に出てゐるのかもしれないのである。

三島由紀夫「アメリカ人の日本神話」より

282 :名無しさん@また挑戦:2011/06/01(水) 12:04:13.06 ID:???
(中略)
日本のサーヴィス業といふものには、微妙な東洋的特色があるのである。西欧では、快楽といふものは、
キリスト教的伝統によつて、肉体的快楽と精神的快楽にはつきり分けられてゐるらしい。日本ではこのへんが
ひどくあいまいで、肉体から精神にいたるひろい領域を、いろんな種類の快楽が埋めてゐて、そのひとつひとつに
対応するサーヴィス業があるわけだ。だから日本人は、外人が芸者やバアの女給を娼婦と混同するやうな誤解に
ひどく気を悪くする。芸者は断じて娼婦ではない。かと云つて素人女でもないのである。いや、娼婦ですらも、
厳然たる合理的娼婦ではない。十八世紀の日本の純粋な恋愛劇は、ほとんど娼婦と客との恋を描いてゐる。
この点では、封建時代の日本人はよく割り切つてゐた。恋愛とは、金を払つた女とやるものであり、結婚と
恋愛とは何の関係もないと思つてゐたのである。今でも日本人にはこの気分が残つてゐて、恋愛といふものは、
金を払へる場所で、たとへば女のゐる酒場で、次第に精神的に成立するものだといふやうな考へがある。

三島由紀夫「アメリカ人の日本神話」より

283 :名無しさん@また挑戦:2011/06/01(水) 15:52:24.70 ID:???
日本人はほとんど英語を話さない。と云ふとアメリカ人の旅行者はおどろくだらうが、ホテル業者やガイドや
貿易商社関係や、つまり英会話の能力で利益を得る人たちが英語の巧いのは当り前である。だから、本当の日本人、
外人と附合はなくてもやつて行ける日本人は、ほとんど英語を話さない、と云つたはうが正確だらう。そして
かういふ本当の日本人は、外人風に肩をすくめたり、身ぶり手ぶりを使つたり決してしない。英語で話しかけられると、
「わからない」といふしるしに、例の有名な「不可解な微笑」をうかべるだけである。
この微笑が、西洋人には、実に気味のわるい、謎に充ちたものにみえることは定評がある。しかしわれわれに
とつては単純な問題である。悲しいから微笑する。困惑するから微笑する。腹が立つから微笑する。つまり、
「悲しみ」と「困惑」と「怒り」は本来別々の感情だが、それをXならXといふ同じ符号で表現するわけだ。
このX符号を示された相手は、すぐ次のやうに察しなければならない。

三島由紀夫「アメリカ人の日本神話」より

284 :名無しさん@また挑戦:2011/06/01(水) 15:54:27.96 ID:???
「ははア、これはきつと何か、隠しておきたい感情があるんだな。そんなら触れずにそつとしておかう」
つまり微笑は、ノー・コメントであり、「判断停止」「分析停止」の要請である。こんなことは社会生活では
当たり前のことで、日本のやうに個人主義の発達しない社会では、微笑が個人の自由を守つてきたのである。
しかもそれは礼儀正しさの要請にも叶つてゐる。
ところが外国人はさうは行かない。殊にアメリカ人となると、絶対に我慢できない。一体このX符号は何だらう。
彼は頭を悩まし、分析し、判断し、質問する。そしてあげくのはてに、相手が怒つてゐるのだと知ると、茫然と
してしまふ。「そんならはじめから、微笑したりせずに、怒ればいいぢやないか」しかしそれは礼儀に外れた
方法である。

三島由紀夫「アメリカ人の日本神話」より

285 :名無しさん@また挑戦:2011/06/01(水) 15:56:50.26 ID:???
(中略)
日本の伝統は大てい木と紙で出来てゐて、火をつければ燃えてしまふし、放置(はふ)つておけば腐つてしまふ。
伊勢の大神宮が二十年毎に造り替へられる制度は、すでに千年以上の歴史を持ち、この間五十九回の遷宮が
行はれたが、これが日本人の伝統といふものの考へ方をよくあらはしてゐる。西洋ではオリジナルとコピイとの
間には決定的な差があるが、木造建築の日本では、正確なコピイはオリジナルと同価値を生じ、つまり次の
オリジナルになるのである。京都の有名な大寺院も大てい何度か火災に会つて再建されたものである。かくて
伝統とは季節の交代みたいなもので、今年の春は去年の春とおなじであり、去年の秋は今年の秋とおなじである。
だから一般的に云つて、日本人くらゐ、伝統を惜しげなく捨て去つて、さつさと始末してしまふ国民もゐない。
伝統の重圧といふものは、日常生活には少しも感じられず、東洋風な敬老思想もなくなつて、今日では、日本の
老人は、若者の御機嫌をとるのに汲々としてゐる。

三島由紀夫「アメリカ人の日本神話」より

286 :名無しさん@また挑戦:2011/06/01(水) 15:59:43.13 ID:???
(中略)二十歳以下の連中は、ブルー・ジンズで街を歩きまはり、ロックン・ロールにうつつを抜かしてゐる。
外人旅行者は目をうたがふ。これが日本なのか? 旅行案内社のポスターと何たるちがひだらう!
しかしこれが日本の伝統なのである。鎖国時代の日本人でさへ、今日の若い日本人が、ジャックとかメリーとかいふ
アメリカ名前のニック・ネームを使つてゐるやうに、支那式の名前を別に持つてゐた。当時、支那は日本にとつて、
今日のヨーロッパのやうなものであつた。
二十年目毎の改築と遷宮、これは実に象徴的である。終戦後十五年あたりから、もうすつかり死に絶えたと誰もが
思つてゐた古い日本思想が、あなどりがたい力で復活して、若い世代の一部を惹きつけてゐる。一九六〇年に、
十五年ぶりでハラキリが復活した。岸内閣の政治に憤慨した或る僧侶が、官邸の前で切腹したのである。これから
又たびたびハラキリが出て来ても、おどろくには当らないのである。サムラヒもやがて復活することであらう。

三島由紀夫「アメリカ人の日本神話」より

287 :名無しさん@また挑戦:2011/06/02(木) 20:41:43.30 ID:???
私どもの少年時代にも、「少年倶楽部」なら読んでいいが「譚海」は読んではいけない、といふのが、親の与へる
ひとつの基準になつてゐた。それだから「譚海」を親にかくれて読むのはたのしかつたが、それにはいつもながら、
「寄らば斬るぞッ」
とか、
「エーイッ! ギャアーッ!」
とか、
「やられたッ! ウ、ウーム」
とか、動物園の叫喚に似た擬音詞がいつぱい詰つてゐた。子供たちは擬音詞を好む。そして残忍殺伐は、遺憾ながら、
子供たちの重要な趣味の一部である。
ところで、このごろでは赤本漫画は姿を隠すどころか、大人の読者をも吸引してゐるらしい。(中略)
日本にも、この種の「大人」の激増しつつあるのが昨今で、赤本漫画、アクション漫画も、そのはうの需要を
充たしてゐるらしい。まさか学校を出て背広を着るやうになつて、路上でチャンバラもできないから、テレビや
映画のアクション物の見物から、ピストルの蒐集、射撃の練習にうつつを抜かしてゐる大人は増える一方である。

三島由紀夫「社会料理三島亭 いかもの料理『大人の赤本』」より

288 :名無しさん@また挑戦:2011/06/02(木) 20:46:17.43 ID:???
ここに男の大人の哀れな見果てぬ夢がある。女は、子供のころ夢みた、お嫁さんごつこや台所ごつこやお人形ごつこを、
大人になれば正々堂々と実現できるので、結婚して台所仕事をして赤ん坊を生めば、同時に子供時代の夢も
充たされる仕組になつてゐる。男はさうは行かない。そこで銀行につとめながら、銀行ギャングの映画に
熱中したりする妙なことになる。哲学を講じながら、こつそりチャンバラもの映画を見に行くやうなことになる。
男にとつては、幼児期の夢は、やがてその実現不可能を思ひ知らされ、夢としてのままに生き長らへる他はないことを
知らされるのである。これがすべての男の残酷な運命だ。
先頃私もアクション物映画に出演して、ピストルをふりまはしたが、このピストルといふものの持心地のよさと
云つたら、筆舌に尽しがたいもので、これでは自分の子供が成長してピストルいぢりをはじめても、とても
鹿爪らしい教訓などはできまいと思はれた。今もあのひやりと掌に重たいピストルの触感、弾倉をしらべるときの
手応へは、私の夢路に通ふのである。

三島由紀夫「社会料理三島亭 いかもの料理『大人の赤本』」より

289 :名無しさん@また挑戦:2011/06/02(木) 20:49:33.20 ID:???
(中略)
それはそれとして、低俗、幼稚、残忍、粗悪、などと世間の最低の悪口を浴びてゐるこれらの赤本漫画は、
ひとたび子供に対する悪影響といふ問題を除けて考へれば、却つていろんな面白い問題を提起してゐる。
かういふものを一生けんめい読んでゐる大人の顔は(もちろん私の顔も含めて)、全然白痴的かといふと、
さういふものでもなく、カントの哲学書に読み耽つてゐる顔と、そんなに大差ないのではあるまいかと思はれる。
(中略)
ただ世の女性方は、たとへイギリス製の生地の背広を着こなした紳士の中にも、「ガーン!」「ガバッ!」
「ガシーン!」「バシーン!」などの擬音詞に充ちた低俗なアクションへの興味が息をひそめてゐることを、
知つておいて損はなからう。男にとつては、いくつになつても、そんなに「バカバカしい」ことといふものは
ありえない。「バカバカしい」といふ落着いた冷笑は、いつも本質的に女性的なものである。

三島由紀夫「社会料理三島亭 いかもの料理『大人の赤本』」より

290 :名無しさん@また挑戦:2011/06/03(金) 16:21:45.59 ID:???
空にはときどき説明のつかぬふしぎな現象があらはれることはまちがひがない。それが大てい短かい間のことで、
目撃者も少なく、その目撃者の多くには科学的知識も天文学的知識も期待できないから、堂々たる科学的反駁を
加へられると、自分の見たものに自信がなくなつて、はつきりこの目で見たものも妄想のやうな気がして来るで
あらう。かうして葬り去られた目撃例は少なくないにちがひない。
或る日のこと、北村小松氏から電話があつて、五月二十三日の朝五時ごろ、東京西北方に円盤が現はれるかも
しれない、といふ情報が入つた。
(中略)
いくら待つても、空には何の異変もあらはれなかつた。飛行機一つ通らず、ときどき屋上をかすめて飛ぶ朝の
小鳥たちの、白いお腹を見るだけであつた。空がこんなに静かで何もないものだとは知らなかつた。
(中略)
五時二十五分になつた。
もう下りようとしたとき、北のはうの大樹のかげから一抹の黒い雲があらはれた。するとその雲がみるみる西方へ
棚引いた。
「おやおや異変が現はれたわ。円盤が出るかもしれなくつてよ」
妻が腰を落ちつけてしまつたので、私もその棚引く黒雲を凝視した。

三島由紀夫「社会料理三島亭 宇宙食『空飛ぶ円盤』」より

291 :名無しさん@また挑戦:2011/06/03(金) 16:26:06.29 ID:???
雲はどんどん西方へむかつて、非常な速さで延びてゆく。西方の池上本門寺の五重塔のあたりまでのびたとき、
西北方の一点を指さして、妻が、
「アラ、変なものが」
と言つた。見ると、西北の黒雲の帯の上に、一点白いものが現はれてゐた。それは薬のカプセルによく似た形で、
左方が少し持ち上つてゐた。そして現はれるが早いか、同じ姿勢のまま西へ向つて動きだした。黒雲の背景の
上だからよく見える。私は、円盤にも葉巻型といふのがあるのを知つてゐたから、それだな、と思つた。
三、四秒、肉眼で追つたのち、私はあわてて双眼鏡を目にあてたが、妻も写真機のファインダーをのぞいてゐる。
私が双眼鏡から目を離したとき、すでにその姿はなかつた。妻はファインダーの中にキャッチしてゐたが、
シャッターを切る自信がないままに、出現してから五、六秒で、西方の雲の中へ隠れたのである。
――これを見て、われわれが鬼の首でも取つた気になつたのは言ふまでもない。
しかし周囲は意外に冷静で、父の如きは、夫婦が共謀してデッチ上げをやつてゐるんだ、と頭から信じない。

三島由紀夫「社会料理三島亭 宇宙食『空飛ぶ円盤』」より

292 :名無しさん@また挑戦:2011/06/03(金) 16:29:04.40 ID:???
肝腎な目撃者の妻も、
「あれ、きつと円盤よ。信じるわ、私も。でも一度見たから、又見なくてもいい」
とケロリとしてゐる。
日を経るにつれて、私の自信も何だか怪しくなつてきた。それが果して円盤だつたかどうか、科学的に証明する
方法はないし、北村小松氏も風邪で寝てをられて、目撃されなかつた。
日ましに私は、自分で見たものが信じられなくなつてゐながら、人が「そりや目の錯覚だらう」などと言ふと、
腹が立つのである。とにかくわれわれ夫婦が、ヘンなものを見たのはたしかである。それを誰にも信じさせることが
できないのは、妙に孤独な心境に私を追ひ込んだ。(中略)しかしもしあれが円盤だとしたら、乗つてゐた宇宙人は、
今ごろ私のあやふやな心境を、嘲り笑つてゐることであらう。「ここに俺がゐるのに、あいつは地球人の
つまらん常識にとらはれてゐる」といふ彼らの笑ひ声が耳にきこえてくるやうな気がする。
哲学的見地から云ふと、かうしてここにわれわれ人間が生存してゐるといふ事実も、宇宙人の存在以上に
確実なものといへるかどうか、甚だあやしいのである。夏の星空がそのことを教へてくれてゐるやうだ。

三島由紀夫「社会料理三島亭 宇宙食『空飛ぶ円盤』」より

293 :名無しさん@また挑戦:2011/06/04(土) 10:33:23.80 ID:???
去る六月二十二日のこと、読売新聞の「夫の注文」といふ欄に、「いい年をしてミーハー趣味」といふ題の投書が
載つた。その投書は、「テレビといへば鶴田浩二にうつつをぬかし、タンスの上の写真立てには仲代達矢がニンマリ
笑つてゐる。茶の間のガラス戸には大川橋蔵があつちを向いたりこつちを向いたり。そんなミーハー趣味より、
少しは知性を高める本でも買つたらどうか。子供が大きくなるといふのに、おばあさんになつても石原のユウちやんは
いいねなどといふことになるのではイウウツだ」といふ趣旨のものだつたが、その反響は俄然ものすごく、
百通近くの投書が来た。(中略)
こんなつまらないことに賛成したりムキになつて反対したりする投書族の心理はさておき、この種のミーハー
奥さんは、百通の投書を氷山の一角として、日本全国に無数にちらばつてゐると考へてよからう。ブロマイド
ぐらゐで満足してゐるあひだはいいが、若い映画俳優や歌手の後援会には、三十代以上の奥さんも、相当なる
パーセンテージで参加してゐる。

三島由紀夫「社会料理三島亭 栗ぜんざい『ミーハー奥さん』」より

294 :名無しさん@また挑戦:2011/06/04(土) 10:36:11.74 ID:???
さて、ブロマイドを飾るのが低俗かどうかなどと論ずるより先に、ブロマイドといふものが何を意味するかを
考へたはうが早い。
鑑賞用美男などといふと体裁がいいが、ブロマイドは明らかに人気にもとづいてをり、その人気とは、悲しいかな、
芸よりもむしろ、その俳優の性的魅力にもとづいてゐる。だから、身もフタもないところ、女性にとつての、
男優の顔のブロマイドは、男性にとつての女のヌード写真とさしてちがはない意味を持つてゐると云つていい。
ただ女性にとつては、男の顔だけで十分なので、女性ヌードに対抗して、ハリウッドで、男優の水着姿のブロマイドを
一杯売り出したところ、案に相違して、ちつとも売れなかつたさうである。
もし芸や人格や名声にあこがれてのことなら、乃木大将や坂東三津五郎や、毛沢東の写真を飾ればいいわけで、
ブロマイドの男優たちは、若くて美男であるといふことを、全然内容ヌキで買はれてゐるわけだが、顔といふものは
おのづから人間の気質を暗示するから、何とでも言ひのがれができる。

三島由紀夫「社会料理三島亭 栗ぜんざい『ミーハー奥さん』」より

295 :名無しさん@また挑戦:2011/06/04(土) 10:38:42.50 ID:???
この「言ひのがれ」といふことが、女性にとつてのブロマイドの魅力の一つである。
「仲代達矢つて、孤独で、ニヒルで、どこか悪の漂ふ魅力だわ」
などとブロマイドを見ながら言つてるが、それは映画の作つたイメージにすぎず、仲代君が本当に孤独でニヒルで
悪党であるかどうか、本人にきいてみなければわからない。いや、本人にもよくわからないだらう。性格はよく
顔と反対の場合があるのである。しかしかう言つてる分には、
「仲代達矢の顔見てると、シビれて来るわ」
などと旦那様に告白するよりは無難である。旦那様も、どうにもシビれさせやうのない自分の顔は棚上げにして、
何とか奥さんの要望にこたへて、「孤独で、ニヒルで、悪の漂ふやうな魅力」を身につけようと努力するかも
しれない。その結果、旦那様が、本当に手形偽造や公金費消にでも手を出したら、それは奥さんの責任といふ
ものだが……。

三島由紀夫「社会料理三島亭 栗ぜんざい『ミーハー奥さん』」より

296 :名無しさん@また挑戦:2011/06/04(土) 10:41:21.20 ID:???
しかしミーハー奥さんがブロマイドを飾り立ててゐたら、まづ旦那様は、自分の若さと性的魅力をすでに失つたか、
あるひははじめから持つてゐなかつたか、に気づかなければならない。そのくらゐの敏感さもなくて、
「少し知性を高める本でも買つたらどうか」
などと言つてるのでは、現代の亭主として落第である。
若い美男俳優のブロマイドは、奥さんよりも旦那に向つて、不断に、
「お気の毒ですなア。別に僕はお宅の御夫婦仲の邪魔をしてるわけでもなし、薄つぺらの無害の紙きれですが、
旦那よ、あなたの確実に持つてゐないものを、僕は全部持つてゐるんですからなア」
と話しかけてゐるやうなものである。亭主たるもの、豈(あに)奮起せざるべけんや。
しかし、深夜ひそかに亭主も耳をすまして、ブロマイドが何を独り言を言つてるか、ちよつときいてみる必要がある。
奥さんの鏡台の上で、あるひは茶ダンスの上で、かれらはかう言つてゐるのである。

三島由紀夫「社会料理三島亭 栗ぜんざい『ミーハー奥さん』」より

297 :名無しさん@また挑戦:2011/06/04(土) 10:44:04.49 ID:???
「僕も商売だから、かうしてお宅のガタガタの鏡台や、安物の茶ダンスの上で、歯を見せて御愛想笑ひをしてゐるが、
あなたにして上げられるのは、これだけですよ、奥さん。もしあなたがヘンな気を起して、僕の家を突然訪ねてでも
来られたら、うちの玄関番が、うやうやしくお引取りねがふほかはないでせう。何しろ僕は、ひどく忙しくて、
ひどく疲れてゐるんですからね。今は僕も独身ですが、いづれ結婚するときは、十代か二十代はじめの、ピチピチした
若いきれいな娘をもらひますよ。奥さんと僕ぢやね、年もちがひすぎるし、生活感情も何もかもちがひすぎますもの。
くれぐれも己惚れてヘンな気を起さないで下さいね。僕たちの付合はこれだけにしておきませうね」
――もちろん知的な女も、美男俳優のブロマイドを見て、心を動かされることはあるだらう。しかし彼女が一切
その意志を表明せず、ブロマイドなんかを身辺に近づけないのは、右のやうな深夜のブロマイドの独り言を、
ちやんときいてゐるからぢやないかと思はれる。知的な高尚な女は、耳がとてもよく利くのだ。

三島由紀夫「社会料理三島亭 栗ぜんざい『ミーハー奥さん』」より

298 :名無しさん@また挑戦:2011/06/04(土) 10:47:10.23 ID:???
さて本題に戻つて、いはゆるミーハー奥さんは可愛らしい。彼女の耳にはそんな独り言は永遠にきこえないのである。
しかもきこえないから、暴走するかといふと、さにあらず、適当なところで止まつて、よそへ行けば亭主の惚気を言ひ、
年をとれば、それこそ孫を相手に「裕ちやんはいいね」などと言つてゐる。
ミーハー奥さんのブロマイド道楽は、女性が無意識に出してゐる小さな可愛らしい尻尾であつて、かういふ尻尾を
出してゐる女性は、無意識の美徳を持つてゐるから、永遠に可愛らしい。おばあさんになつても可愛らしい。
男性はこの尻尾に感謝すべきである。こんな尻尾のどこにも見えない知的で高尚な女こそ本当の魔物である。
しかし、男性もへんないたづらつ気を出して、奥さんのこんな無意識の尻尾を気にして、その尻尾をギュッと
引張つたりしないはうがいい。引張られた尻尾は忽ち九尾に裂け、おそるべき魔性をあらはし、目は怒り、口は
裂けて、女性の怖るべき本質をむき出しにするであらう。賢明な男とは、女をして、女の本質に目をひらかせない
やうに、いつもうまく誘導してゆくことのできる男である。

三島由紀夫「社会料理三島亭 栗ぜんざい『ミーハー奥さん』」より

299 :名無しさん@また挑戦:2011/06/05(日) 21:08:03.06 ID:???
完ぺきのマナーを発揮して女性をエスコートするといふのは、よほど心にゆとりのある証拠。つまり演技者の
心境である。
ふつうの男性が、心からあなたを熱愛したばあひには、マナーやエスコートは、そんなにスマートにいくはずかない。
なぜなら彼は、横断歩道をわたるときも、喫茶店にゐるときも、いつも心臓をドキドキさせてゐるからである。
つまり、恋愛には、ゆとりが入りこむ余地がないものなのだ。


一つの目的にむかつて、わき目もふらずに突進する……精虫の行動原理は、男のやることのすべての基本型。


人間……とくに男性は、安楽を100パーセント好きになれない動物だ。
また、なつてはいけないのが男である。


裏切りは、かならずしも悪人と善人のあひだでおこるとはかぎらない。


世間ではどんなに英雄的に見える男でも、家庭では甲羅ぼしをするカメのやうなものである。
“男性を偶像化すべからず”
職場での彼、デート中の彼から70%以上の魅力を差し引いたものが、家庭での彼の姿。

三島由紀夫「あなたは現在の恋人と結婚しますか?」より

300 :名無しさん@また挑戦:2011/06/05(日) 21:12:57.99 ID:???
バレーはただバレーであればよい。雲のやうに美しく、風のやうにさはやかであればよい。人間の姿態の最上の
美しい瞬間の羅列であればよい。人間が神の姿に近づく証明であればよい。古典バレーもモダン・バレーもあるものか。


しかし芸術として、バレーは燦然たる技術を要求する。姿態美はすでに得られた。あとは日本の各種の古典芸能の
名手に匹敵するほどの、高度の技術を獲得すれば、それでよい。ただ、バレーのハンディキャップは、西洋の
芸能の例に洩れず「老境に入つて技神に入る」といふやうなことが望めないことであり、若いうちに電光石火、
最高の美と技術に達しなければならぬといふ点で、却つて伝統と一般水準の問題が重く肩にかかつてゐるといふ点である。

三島由紀夫「スター・ダンサーの競演によるバレエ特別公演プログラム」より


日本人は何と言つても和服を着た姿が、一等立派で美しい。女も男もさうである。

三島由紀夫「『恋の帆影』について」より

301 :名無しさん@また挑戦:2011/06/06(月) 10:33:07.56 ID:???
旅は古い名どころや歌枕を抜きにしては考へられない。


旅には、実景そのものの美しさに加へるに、古典の夢や伝統の幻や生活の思ひ出などの、観念的な準備が要るので
あつて、それらの観念のヴェールをとほして見たときに、はじめて風景は完全になる。


ストリップこそわが古典芸能の源であり、女性美の根本である。


苦行の果てにはかならずすばらしい景色が待つてゐる。


観光地といへば、パチンコ屋とバーと土産物屋が蠅のやうにたかつて来てそこを真黒にしてしまふ大都市の周辺は、
私に黒人共和国ハイチの不潔な市場を思ひ出させる。いやに真黒なものばかり売つてゐるな、と思つて近づくと、
それがみな食料品に隙間なくたかつた蠅なのだ。しかしバーや土産物屋などの蠅よりも、一等始末のわるいのは、
音を出す拡声器といふ蠅である。それから考へると、今度の旅では、全くその音をきかずにすんだ。拡声器の
アナウンスや流行歌に比べれば、プロペラ船などは可愛らしい蜜蜂だ。

三島由紀夫「熊野路――新日本名所案内」より

302 :名無しさん@また挑戦:2011/06/06(月) 11:04:59.62 ID:???
人生にはそんなに昂奮の連続もなければ、世界記録の更新もない。金メダルもなければ、群衆の歓呼もない。
手に汗にぎるスリルもなければ、英雄主義もない。
あるのは、単調なくりかへしと、小さな喜び、小さな悲しみ、小さな不愉快だけであつて、「思ひがけないこと」と
云へば、概してよくないことのはうが多い。
かういふ生活にどうやつて耐へるか、それについては、大体二つの方法がある、といふのが私の考へである。
一つは「葉隠」の武士道のやうなもので、いつも架空の危機を自ら想定し、それに向つてたえず心身を緊張させて
生きることである。緊張ばかりしてゐては疲れてしまふといふのは怠け者の考へで、弛緩こそ病気のもとで
あることはよく知られてゐる。いけないのはテレビ・プロデューサーのやうな末梢神経の緊張の連続であつて、
豹のやうに、全身的緊張を即座に用意できる生活こそ、健康な生活であることは言ふまでもない。
もう一つは、単調なくりかへしの先手を打つて、自分の自由意志で、さらにそのくりかへしを徹底させる生き方である。

三島由紀夫「秋冬随筆 歓楽果てて……」より

303 :名無しさん@また挑戦:2011/06/06(月) 11:07:49.05 ID:???
人間は孤独になればなるほど、予想外の行動に出るものであつて、「一人きりでゐるとき、人間はみんなキチガヒだ」
といふモオリヤックの言葉は、人間性を洞察した至言にちがひない。

三島由紀夫「秋冬随筆 タッチ魔」より


テレビによつて、いくらでも雑多な知識がひろく浅く供給されるから、暇のある人はテレビにしがみついてゐれば、
いくらでも知識が得られる代りに、「中国核実験」と「こんにちは赤ちゃん」をつなぐことは誰にもできず、
知識の綜合力は誰の手からも失はれてゐる。無用の知識はいくらでもふえるが、有用な知識をよりわけることは
ますますむづかしくなり、しかも忘却が次から次へとその知識を消し去つてゆく。


天空の果てまで見とほす天体望遠鏡も、暗黒星雲の向う側は見透かせないとすれば、万能らしきマス・コミと
いへども、やはりわがままな人間の心を支配できない盲点があるにちがひないのである。
三島由紀夫「秋冬随筆 無用の知識」より


文学は、どんなに夢にあふれ、又、読む人の心に夢を誘ひ出さうとも、第一歩は、必ず作者の夢が破れたところに
出発してゐる。

三島由紀夫「秋冬随筆 世界のをはり」より

304 :名無しさん@また挑戦:2011/06/06(月) 12:23:57.98 ID:???
顔はふつう所与のものであつて、遺伝やさまざまの要因によつて決定されてをり、整形手術でさへ、顔の持つ
決定論的因子を破壊しつくすことはできない。しかも顔は自分に属するといふよりも半ば以上他人に属してをり、
他人の目の判断によつて、自と他と区別する大切な表徴なのである。


本当に危険な作品は、感覚的な作品だ。どんな危険思想であつても、論理自体は社会的タブーを犯さぬのであつて、
サドのやうな非感覚的な作家の安全性はこの点にある。


古き芸術小説は言語のフェティシズムによつてのみ芸術性を確保し、又、中間小説は言語の抽象機能を失つてゐる。


これ(言語による言語からの脱出といふ自己撞着)を突破したのはアルチュール・ランボオ唯一人だが、われわれが
言語を一つの影像として定着するときに、われわれはすでに自ら一つの脱出口を閉鎖したのである。


「本日晴天、明日も晴れるでせう」といふやうな小説を、私ははじめから愛することなどできない。

三島由紀夫「現代小説の三方向」より

305 :名無しさん@また挑戦:2011/06/06(月) 14:49:10.09 ID:???
相手を自分より無限に高いものとして憧れる気持は、半ばこちらの独り合点である場合が多い。それがわかつて
幻滅を感じても、自分の中の、高いもの美しいもの、美しいものへ憧れた気持は残る。

三島由紀夫「愛(エロス)のすがた――愛を語る」より


辺鄙な漁村などにゆくと、たしかにそこには、古代ギリシアに似た生活感情が流れてゐる。そして、顔も都会人より
立派で美しい。私はどうも日本人の美しい顔は、農漁村にしかないのではないかといふ気がしてゐる。


典型と個性とは反対のものであつて、「潮騒」の永遠の少女初江は、個性なんかで演じられるものではないのである。


男子高校生は「娘」といふ言葉をきき、その字を見るだけで、胸に甘い疼きを感じる筈だが、この言葉には、
あるあたたかさと匂ひと、親しみやすさと、MUSUMEといふ音から来る何ともいへない閉鎖的なエロティシズムと、
むつちりした感じと、その他もろもろのものがある。プチブル的臭気のまじつた「お嬢さん」などといふ言葉の
比ではない。

三島由紀夫「美しい女性はどこにいる――吉永小百合と『潮騒』」より

306 :名無しさん@また挑戦:2011/06/06(月) 15:19:51.34 ID:???
私はあくまで黒い髪の女性を美しいと思ふ。洋服は髪の毛の色によつて制約されるであらうが、女の黒い髪は
最も派手な、はなやかな色であるから、かうして黒い服を着た黒い髪の女は、世界中で一番派手な美しさと
言へるだらう。

三島由紀夫「恋の殺し屋が選んだ服」より


女の子のスキーやスケートの姿は、雪女の伝説ではないが、勇ましいうちにも冷艶なものがある。ほつぺたを
真つ赤にして滑つてゐる健康な少女でも、そこには、何だか、妖精的な、透きとほるやうな女らしさが、雪や氷を
背景にして匂ひ立つのだ。

三島由紀夫「新夏炉冬扇」より


今でも英国では、午後の紅茶に
「ミルク、ファースト? ティー、ファースト?」
と丁重にきいてまはつてゐる。同じ茶碗にお茶を先に入れようがミルクを先に入れようが、味に変りはなささうだが、
そんなことはどうでもいいかといへば、そこには非合理な各人各説といふものがあつて、決してさうはいかないのが
英国であることは、今も昔も変りがない。「どつちでもいいぢやないか」といふ精神は、生活を、ひろくは
文化といふものを、あつさり放棄してしまつた精神のやうに思はれる。

三島由紀夫「英国紀行」より

307 :名無しさん@また挑戦:2011/06/06(月) 20:57:07.00 ID:???
「浅草花川戸」「鉄仙の蔓花」「連子窓」「花畳紙」「ボンボン」「継羅宇」「銀杏返し」「絎台」「針坊主」
「浜縮緬」などの伝統的な語彙の駆使によつて、われわれは一つの世界へ引き入れられる。生活の細目の
あらゆる事物に日本風の「名」がついてゐたこのやうな時代に比べると、現代は完全に文化を失つた。文化とは、
雑多な諸現象に統一的な美意識に基づく「名」を与へることなのだ。

三島由紀夫「解説(現代の文学20 円地文子集)」より


事情通の言つたり書いたりしてゐることを、きいたり読んだりすると、ますますあいまいもことしてわからなくなる、
といふのが通例である。あひかはらず「真相はかうだ」式のものがよく読まれてゐるが、さういふものほど、
ますますフィクションくさく見えてくる、といふ妙な仕組みになつてゐる。


ものごとの表面ほど、多く語るものはない。

不安自体はすこしも病気ではないが、「不安をおそれる」といふ状態は病的である。

三島由紀夫「床の間には富士山を――私がいまおそれてゐるもの」より


人間がこんなに永い間花なしに耐へてゆけるには、その心の中に、よほど巨大な荘厳な花の幻がなければならない。

三島由紀夫「服部智恵子バレエリサイタルに寄せて」より

308 :名無しさん@また挑戦:2011/06/06(月) 21:03:53.82 ID:???
異国趣味と夢幻の趣味とは、文学から力を失はせると共に、一種疲れた色香を添へるもので、世界文学の中にも、
二流の作品と目されるものの中に、かういふ逸品の数々があり、さういふ文学は普遍的な名声を得ることは
できないが、一部の人たちの渝(かは)らぬ愛着をつなぎ、匂ひやかな忘れがたい魅力を心に残す。


もし夢が現実に先行するものならば、われわれが現実と呼ぶもののはうが不確定であり、恒久不変の現実といふ
ものが存在しないならば、転生のはうが自然である。


学生に人気のある、甘い賑やかな感激家の先生には、却つて貧寒な、現実的な魂しか備はつてゐないことが多い。


正確な無味乾燥な方法的知識のみが、夢へみちびく捷径(せふけい)である。

三島由紀夫「夢と人生」より


「いやな感じ」といふのは、裏返せば「いい感じ」といふことである。つまり、「いやな、いやな、いやな……
いい感じ」といふわけだ。


人間と世界に対する嫌悪の中には必ず陶酔がひそむことは、哲学者の生活体験からだけ生れるわけではない。
行為者も亦、そのやうにして世界と結びつく瞬間があるのだ。

三島由紀夫「いやな、いやな、いい感じ(高見順著『いやな感じ』)」より

309 :名無しさん@また挑戦:2011/06/06(月) 21:06:57.07 ID:???
一体、赤紙の召集ぢやあるまいし、芝居の大事なお客さまを「動員」するなどといふのは、失礼な話だ。


芝居のお客は、窓口で、個々人の判断で、切符を買つてくれる人が、あくまで本体である。われわれ小説家の著書を、
団体で売りさばくといふ話はきいたことがない。部数の大小にかかはらず、われわれの本は、われわれの仕事に
興味を持つてくれる人の手へ、直接に流れてゆくのであつて、さういふ読者の支持によつて、はじめてわれわれの
仕事も実を結ぶのである。


芝居といふものは絵空事で、絵空事のうちに真実を描くのだ。

三島由紀夫「私がハッスルする時――『喜びの琴』上演に感じる責任」より


フランス人のドイツ恐怖はむしろ民衆の感性であつて、歴史上からも、フランス人はドイツに対する愛好心を
貴族の趣味として伝へてきた。外交官でもあり、社交界に精通したジロオドウの中には、このやうな貴族趣味が
生き永らへてゐて、彼の親独主義は、別に現実政治と見合つたものではない。いがみ合ひは民衆のやることであつて、
ドイツだらうが、フランスだらうが、貴族はみんな親戚なのだ。

三島由紀夫「ジークフリート管見――ジロオドウの世界」より

310 :名無しさん@また挑戦:2011/06/06(月) 21:17:22.57 ID:???
一体、赤紙の召集ぢやあるまいし、芝居の大事なお客さまを「動員」するなどといふのは、失礼な話だ。


芝居のお客は、窓口で、個々人の判断で、切符を買つてくれる人が、あくまで本体である。われわれ小説家の
著書を、団体で売りさばくといふ話はきいたことがない。部数の大小にかかはらず、われわれの本は、われわれの
仕事に興味を持つてくれる人の手へ、直接に流れてゆくのであつて、さういふ読者の支持によつて、はじめて
われわれの仕事も実を結ぶのである。


芝居といふものは絵空事で、絵空事のうちに真実を描くのだ。

三島由紀夫「私がハッスルする時――『喜びの琴』上演に感じる責任」より


「いやな感じ」といふのは、裏返せば「いい感じ」といふことである。つまり、「いやな、いやな、いやな……
いい感じ」といふわけだ。


人間と世界に対する嫌悪の中には必ず陶酔がひそむことは、哲学者の生活体験からだけ生れるわけではない。
行為者も亦、そのやうにして世界と結びつく瞬間があるのだ。

三島由紀夫「いやな、いやな、いい感じ(高見順著『いやな感じ』)」より

311 :名無しさん@また挑戦:2011/06/06(月) 21:22:09.62 ID:???
異国趣味と夢幻の趣味とは、文学から力を失はせると共に、一種疲れた色香を添へるもので、世界文学の中にも、
二流の作品と目されるものの中に、かういふ逸品の数々があり、さういふ文学は普遍的な名声を得ることは
できないが、一部の人たちの渝(かは)らぬ愛着をつなぎ、匂ひやかな忘れがたい魅力を心に残す。


もし夢が現実に先行するものならば、われわれが現実と呼ぶもののはうが不確定であり、恒久不変の現実といふ
ものが存在しないならば、転生のはうが自然である。


学生に人気のある、甘い賑やかな感激家の先生には、却つて貧寒な、現実的な魂しか備はつてゐないことが多い。


正確な無味乾燥な方法的知識のみが、夢へみちびく捷径(せふけい)である。

三島由紀夫「夢と人生」より


人間がこんなに永い間花なしに耐へてゆけるには、その心の中に、よほど巨大な荘厳な花の幻がなければならない。

三島由紀夫「服部智恵子バレエリサイタルに寄せて」より

312 :名無しさん@また挑戦:2011/06/07(火) 09:53:44.18 ID:???
フランス人のドイツ恐怖はむしろ民衆の感性であつて、歴史上からも、フランス人はドイツに対する愛好心を
貴族の趣味として伝へてきた。外交官でもあり、社交界に精通したジロオドウの中には、このやうな貴族趣味が
生き永らへてゐて、彼の親独主義は、別に現実政治と見合つたものではない。いがみ合ひは民衆のやることであつて、
ドイツだらうが、フランスだらうが、貴族はみんな親戚なのだ。

三島由紀夫「ジークフリート管見――ジロオドウの世界」より


過去は輝き、現在は死灰してゐる。「希望は過去にしかない」のである。


ミーディアムはしばしば自分に憑いた神の顔を知らないのである。
三島由紀夫「あとがき(『三熊野詣』)」より


憧れるとは、対象と自分との同一化を企てることである。従つて、異性に向つて憧れる、といふのは、言葉の
矛盾のやうに思はれる。

三島由紀夫「わが青春の書――ラディゲの『ドルヂェル伯の舞踏会』」より


古典主義の魂を持たないロマン主義者は、それ自体、真のロマン主義者と云へないであらう。

三島由紀夫「異国趣味について」より

313 :名無しさん@また挑戦:2011/06/07(火) 09:59:21.59 ID:???
すべてのスポーツには、少量のアルコールのやうに、少量のセンチメンタリズムが含まれてゐる。

三島由紀夫「『別れもたのし』の祭典――閉会式」より


私は予想よりも人間のはうに賭ける。われわれは自分に賭けるときさうしてゐるのだから、他人に賭けるときも
さうするべきだ。


守る側の人間は、どんなに強力な武器を用意してゐても、いつか倒される運命にあるのだ。

三島由紀夫「若さと体力の勝利――原田・ジョフレ戦」より


見るより先に、感じ、反射し、すぐ行動できる人がある。スポーツに向いてゐる人である。スポーツでは
見てゐるときは、もう遅い。
しかし風景や、美術や、芝居や、さういふものは、ゆつくり見られるやうに出来てゐる。

どんなに下手な俳優でも、「見られる」ことにより輝やく瞬間があるものだ。それを輝やかすのは、決して
光量の大きな照明器だけではない。かれらを輝やかすものこそ、われわれの「目」なのである。

三島由紀夫「あとがき(『目――ある芸術断想』)」より

314 :名無しさん@また挑戦:2011/06/07(火) 10:07:53.56 ID:???
ひとたび、天与の人間の肉体が改造可能なものだといふことになると、モラルの体系も、深いところでガタガタと
崩れゆくやうな気がする。美しくする変形も、醜くする変形も、変形であることに変はりがないなら、美容整形も、
因果物師も、紙一重のやうな気もする。因果物師とは、むかし見世物に出す不具者ばかりを扱つた卑賎な仕事で、
それだけならいいが、むかしの支那では、子供のときから畸形をつくるために、人間を四角い箱に押しこめて、
首と手足だけ出させて育てたなどといふ奇怪な話が伝はつてゐる。美と醜とは両極端だが、実はそれほど
遠いものではない。

三島由紀夫「『美容整形』この神を怖れぬもの」より


万物は落ち、あらゆる人間的な企図は人間の手から辷り落ちる。しかし落ちることのこのスピードと快さと
自然さに、人間の本質的な存在形態があることに詩人が気づくとき、詩人はもはや天使の目ではなく、人間の目で
人間を見てゐるのである。

三島由紀夫「跋(高橋睦郎著『眠りと犯しと落下と』)」より

315 :名無しさん@また挑戦:2011/06/07(火) 10:10:20.45 ID:???
この小説(「潮騒」)の採用してゐる、古代風の共同体倫理は、書かれた当時、進歩派の攻撃を受けたものであるが、
日本人はどんなに変つても、その底に、かうした倫理感を隠してゐることは、その後だんだんに証明されてゐる。

三島由紀夫「『潮騒』執筆のころ」より


平和論者にとつては、見つめなくない真実だらうが、たしかに戦争には、悲惨だけがあるのではない。

三島由紀夫「私の戦争と戦争体験――二十年目の八月十五日」より


日本といふところは、一見、東洋的老人社会みたいに見えるけれど、実際は「若者を怖れる社会」である。
明治維新のころもさうだつたし、プロレタリア文学時代の文壇も、クーデターばやりの時代の軍部もさうだつた。
青年ほど、日本でおそれられてゐるものはない。


時は移り、青春は移る。あるひは、文学は不変で、そこに描かれた青春も不変である。

三島由紀夫「(『われらの文学』推薦文)」より

316 :名無しさん@また挑戦:2011/06/07(火) 15:03:16.04 ID:???
(サドの)獄中生活はその禁慾によつてサドの想像力を助け、中世の僧侶が禁慾によつて地獄の残忍非道なイメージを
得たやうに、彼をやむをえず芸術家にし、革命の嵐の実践行為の世代から、彼はやむをえず自分を守つた。(中略)
サドの人生には事件は山ほどあるが、その意味でのドラマはない。一個の強烈な思想はあるが、その意味での
意志悲劇はない。ツワイクが描いたバルザックのやうなドラマの代りに、ここには書斎と牢獄が同義語をなし、
究理慾と創作活動とが同義語をなした十八世紀といふふしぎな時代が現前してゐる。(中略)
人間解放の意欲と牢獄とは、多くの社会運動家の生涯の、矛盾した二要素をなしてゐて、珍らしくもないが、
サドがサドたるゆゑんは、この二つのものを統一する原理が、芸術を措いては存在しないやうな境地へ、自分を
追ひ込んだことであらう。イデオロギーは解放と牢獄とを一直線上に浄化する。サドはそのやうに浄化されない
もう一つのファクター(性慾)を追究し、性と解放と牢獄との三つのパラドックスを総合するには芸術しかない、
といふ結論に、やむをえず達したのであらう。

三島由紀夫「恐しいほど明晰な伝記――澁澤龍彦著『サド侯爵の生涯』」より

317 :名無しさん@また挑戦:2011/06/09(木) 11:19:50.99 ID:???
老人と若者のちがひは簡単なことで、老人はこの世の中が変はることを知つてゐるから、しひて変へようとも
しないし、若者はこの世の中が変はらないと思ひつめてゐるから、性急に変へようと努力する。そして結局、
世の中は多少とも変はるのだが、それはじつのところ、老人が考へるやうに「自然に」変はつたのでもなければ、
若者の考へるやうに革新の力によつて変はつたのでもない。両者の力がほどほどに働いて、希望は裏切られ、
目的はそらされ、老人にとつても若者にとつても、百パーセント満足といふ結果には決してならずに、変はるのである。
こんなことをいひだすと、ひどく悟りすましたやうであるが、さういふ見方が何とかできるやうになるときに、
人は四十歳に達するのだ。そして自分は五〇パーセントだけ「自然」に属し、五〇パーセントだけ「人間の意志」に
属することを、おぼろげながら理解するやうになる。
私は四十歳に達して、とにかく、変はる見込みのないと思ふ世の中が変はるのを何度か見てきた。

三島由紀夫「文学的予言――昭和四十年代」より

318 :名無しさん@また挑戦:2011/06/09(木) 11:26:20.74 ID:???
私の年齢は昭和と同年であるから、昭和といふ時代が、妙に周期的に、十年ごとに身じろぎをして、居ずまひを
変へるのを何度か見てきた。最初の意識的な強烈な体験は、いふまでもなく昭和二十年の敗戦である。つぎに
昭和三十年の、大衆社会化への明白な兆候は、そのときはよくわからなかつたが、いまになつて考へてみれば
歴然たるものがあり、それが昭和三十九年秋のオリンピックで、絶頂に達し、同時にその使命は終はつたといふのが、
いまの私の(多少希望的観測をまじへた)判断である。もちろん大衆社会化現象はますます進行するだらうが、
知識人がそのなかに巻き込まれて、西も東もわからずうろうろする時代は、もう確実に終はつた、と私は感じる。
それにつけても思ひ出されるのは、昭和三十二年にニューヨークに滞在してゐたとき、知識階級の孤立の状況を
まざまざと感じて、まだ大衆とともに、同床異夢にふけつてゐた感のある日本の知識階級の一人として、衝撃を
受けた記憶がある。

三島由紀夫「文学的予言――昭和四十年代」より

319 :名無しさん@また挑戦:2011/06/09(木) 11:33:16.15 ID:???
あのころの日本の大衆には、まだかすかに、古い観念的な教育体系(それは主としてヨーロッパ的なもので
あるが)への、よくいへば夢やあこがれ、わるくいへばスノビズムがのこつてゐた。知識人はさういふものに
乗つかつて、仕事をしてゐればいい、といふ暗黙の了解があり、そこにまた、日本の知識階級の、誠実さもあれば
不誠実さもあつた。それがその後の八年間に完全に根絶やしになり、わけても安保闘争といふ象徴的な事件によつて、
知識人と大衆とがまつたく遊離してしまつた、といふのが、私の見方である。
(中略)アメリカで起つた現象は、必ず、三、四年後に日本にも波及するといふのは、戦後史の定石だが、知識人の
孤立までが、これほど忠実に波及するとは、私も正直考へてはゐなかつた。もつともアメリカには、その孤立を
ささへる富める芸術愛好家のスノビズムが残つてゐるけれども、日本にはそれもない。
(中略)もはや知識人の大衆への媚びは、お笑ひ草となるだけであらう。それでも媚びたいと思ふ人は、本格的な
娼婦になるほかはないであらう。もはやセミ・プロは通用しないであらう。

三島由紀夫「文学的予言――昭和四十年代」より

320 :名無しさん@また挑戦:2011/06/09(木) 11:36:13.96 ID:???
本多秋五氏の文学の「有効性の上にあるもの」をもぢつていへば「無効性の上にあるもの」を信じなければ
ならぬ時代がくるであらう。サルトルが、文学が一塊のパンに値するかどうかといふ、昔ながらの議論を
むしかへしてゐるのを思ひ出しつつ、私はたまたま「自然居士」といふ能を見てゐて、哀れな子供を人買ひから
救ひ出すために、居士が遊芸の限りをつくし、つひに人買ひを感動させて、目的を達するといふ物語に、日本で
古くから信じられてきたこの種の思想を新鮮に感じた。芸術それ自体がかうして人命を救ふといふ物語は、
厳密にいつて、ヒューマニズムとも目的意識とも縁のない、いはば遊芸が、人を感動させるといふそれ自体の原則に
忠実にしたがふことから、ゆくりなくも生まれた結果についての物語である。観客は、物語に感動する前に、
まづ人買ひとともに、居士の遊芸に感動しなければならない。そして、そこに少しでも媚びが見えたら、観客とともに、人買ひも
感動することはないだらう。媚びとは目的意識のことである。

三島由紀夫「文学的予言――昭和四十年代」より

321 :名無しさん@また挑戦:2011/06/09(木) 16:43:17.59 ID:???
東大法学部出の小説家といふと、私の知る限りでは、大仏次郎氏と林房雄氏と私の三人だけで、この三人に
はつきりした共通の特色でも見つかれば、人間の一生の仕事、それも個性的な仕事における大学教育の影響力が
つかめるわけであるが、あいにくそんなものは見当たらない。強ひていへば、大仏氏がフランス革命に、林氏が
明治維新に、私が二・二六事件に、特別の興味を寄せて来た点はあるが、これも偶然の一致といへぬわけではない。
ジッドが「プレテキスト」の中で、「芸術家にもつとも必要な天賦は官能性である」と述べて、暗に自分にそれが
欠けてゐることを認めてゐる口ぶりであるが、官能性は、日本式にいへば、色気といひかへてもよからう。
なるほど色気の欠けてゐることは法学士の通弊かもしれない。表現上の色気のみならず、実生活でも、大仏氏が
ドン・ファンだといふ噂はきいたこともなく、林氏も思想の道楽こそさんざんやつたが、恋に命を賭けたといふ
ほどの話をきいたことがない。

三島由紀夫「法学士と小説」より

322 :名無しさん@また挑戦:2011/06/09(木) 16:46:07.86 ID:???
恥かしながら私も、この両先輩の驥尾(きび)に附して、色気のないことおびただしく、この間も大宅壮一氏から、
「もつと道楽をしなければ、えらい小説家にはなれませんよ」
と忠告を受けたばかりである。
(中略)
小説とはつくづく厄介な仕事で、情感と理智がうまく融け合つてゐなければならない。それも情感五〇パーセント、
理智五〇パーセントといふのでは、釣合のよくとれた良識のある紳士にはなれても、小説家にはなれない。
理想的には情感百パーセント、理智百パーセントほどの、普通人の二倍のヴォルテージを持つた人間であるべきで、
バルザックも、スタンダールも、ドストエフスキーも、さういふ小説家であつた。
日本人の間からは、体力のせゐもあつて、かういふ超人的怪物が出にくいのではないか、と思はれるふしがある。
一般人を百とすれば、せいぜい百二十ぐらゐが超人の限度であつて、その百二十のなかの配分によつて、それぞれの
才能が決るわけだが、法学士の小説家は、なまじ法律を勉強したばかりに、そのうち七〇パーセントぐらゐを
理智に奪はれてしまふのではないかと思はれる。

三島由紀夫「法学士と小説」より

323 :名無しさん@また挑戦:2011/06/10(金) 10:57:39.20 ID:???
大多数の日本人が、敗戦を、日本の男が、白人の男に敗れたと認識してガッカリしてゐるときに、この人
(谷崎潤一郎)一人は、日本の男が、巨大な乳房と巨大な尻を持つた白人の女に敗れた、といふ喜ばしい官能的
構図を以て、敗戦を認識してゐたのではないかと思はれるふしがある。大きな政治的状況を、エロティックな、
苛酷な、望ましい寓話に変へてしまふことこそ、この人の天才と強者としての自負の根源だつた。
敗者といふ言葉にまつはる日本的なセンチメンタリズムや湿気から、氏ほど無縁であつた人はない。敗北といふ
ことが氏の官能の太陽であつたから、「刺青」の女の背の刺青が朝日にかがやくのへ拝跪したときから、氏の
幸福な敗北の独創がはじまつた。そのとき氏は、芸術家であることの、殊に日本で芸術家であることの、秘鑰を
発見したのだと言つてよい。俗世間との戦ひ、政治との戦ひ、芸術以外のあらゆるものとの戦ひに、官能の
戦ひにおけるその敗北のひそかな勝利をあてはめ、ふえんすることによつて、氏は逆説的にも、絶対不敗の
芸術家になつた。

三島由紀夫「谷崎文学の世界」より

324 :名無しさん@また挑戦:2011/06/10(金) 11:01:12.52 ID:???
つまり氏は、俗世間をも、政治をも、いや、この世界全体をも、刺青を施した女の背中以上のものとは見なかつた。
外界はみんな女の肉体の諸相に姿を変へた。それは乳房であり、尻であり、背中であり、足裏であり、そのもつとも
秘密の部分に「母」が宿つてゐた。氏のフェミニズムが、強烈であると同時に単純な構図を持つのは、そこに
氏の世界と人間に対する態度決定が前提となつてゐたからであり、美への憧憬と侮蔑的世界観とが統合されて
ゐたからである。かういふものをこそ、われわれは真個の思想と呼び、あへて感覚とは呼ばないが、日本の
へんぱな社会科学者流の批評家によつて、氏は久しく「思想のない作家」と呼ばれてゐた。
だから、そんな連中は虫けらだつた。女の荘厳な肉体の一片にも化身できない連中だつた。谷崎氏はかれらを
無視してゐた。
氏の生涯のやうに、文学者として思想的一貫性を持ち、決してその「発展」などに意をもちひず、言葉を、ただ
徐々に深まる人間認識に沿うて深めてゆくことのできた、幸福な事例は、おそらく絶後であらう。

三島由紀夫「谷崎文学の世界」より

325 :名無しさん@また挑戦:2011/06/10(金) 11:04:07.28 ID:???
(中略)
芸術作品としての「春琴抄」や「蘆刈」や「吉野葛」や「細雪」や「少将滋幹の母」などの、一種言ひやうのない
ツルツルした様式的完成は、氏の美学が、いかに既存のものの一流的安定を愛し、氏の人間認識がいかに未踏の
破壊的なものにつながつてゐたかといふ、その危機に対抗するところに生れた僥倖の所産であるかとさへ考へる。
もちろん古典といふものはそのやうにして残つてゆき、上田秋成も、「春雨物語」の作者としてよりも、
「雨月物語」の作者として残つたのである。
氏の生涯は芸術家として模範的なものだといふ考へは私の頭を去らない。日本の近代の芸術家中の一流中の一流の
天才である氏は、日本の近代といふ歴史的状況のあらゆる矛盾を「痴態」と見てゐたにちがひない。そして
それによつて犠牲にされたあらゆるものを、氏はあの豊じゆんな、あでやかな言葉によつて充分に補つた。
かつてわれわれが「日本語」と呼んでゐた、あの無類に美しい、無類に微妙な言語によつて。

三島由紀夫「谷崎文学の世界」より

326 :名無しさん@また挑戦:2011/07/28(木) 11:00:42.55 ID:???
谷崎氏は日本古典を愛しつつ、一方、小説家として少しも旧慣にとらはれない天才であつた。この相反するかの
ごとく見える二つの特性は、日本の近代文学史の歪みの是正にもつとも役立つた。なぜなら日本の近代小説は、
日本古典の流れを汲まず、一方、自分たちのこしらへた奇妙な「近代的旧慣」のとりこになつてゐたからである。
私は問題の所在は、簡単に云へば、日本の近代小説における過度の「リアリティー」の要請にあつたと考へる者である。
いふまでもなく小説は、たとへ幻想小説であれ、その根底に「まことらしさ」の要請を負つたジャンルである。しかし、
「真清水は、ただ清水也。まことの清水といふ心也」(正徹物語)
といふやうな、中世の簡明な芸術理念は忘れ去られ、私小説的芸術理念は、この芸術上の約束にすぎぬ
「まことらしさ」を踏み越えて、ほとんど立証不可能であつてしかも説得的なもの、といふ領域に踏み入つたのである。

三島由紀夫「谷崎潤一郎頌」より

327 :名無しさん@また挑戦:2011/07/28(木) 11:03:17.15 ID:???
日本人の莫迦正直が、西欧の自然主義リアリズムを過度に信奉して、これを俳諧や随筆文学のスポンタニーイティの
美学と結びつけて、つひには小説の「まことらしさ」を、「一定の現実に生起した事実のもたらす主観的信憑性」
といふ窄い檻に押し込めてしまつた。その果てに一種の詩を招来したことは、なるほど私小説の功績だが、一方、
日本の小説は、体験主義に縛られつつ、「まことらしさ」の苛酷にすぎる要請を背負はされることになつた。
谷崎氏はこれを打破したのである。これを打破するのに、氏は四つの強力な武器を持つてゐた。すなはち、観念、
官能、写実、文章の四つである。
(中略)写実は、氏が源氏物語から学んだ世界包括性を持つた技術であつて、(「細雪」の洪水のシーンを見よ)、
それを氏はひたすら文章の練磨によつて支へた。氏の言葉は、「この世にありえぬやうな真実(ヴェリテ)」へ
向けられたが、(一例が「春琴抄」)、何らそれはバロック的誇張ではなく、氏が「見捨てられた真実」に一生
忠実を誓つたことにすぎない。

三島由紀夫「谷崎潤一郎頌」より

328 :名無しさん@また挑戦:2011/08/30(火) 15:09:28.69 ID:???
むかしはどこの家の中も暗かつた。このごろの団地の子供は、ハバカリへ行くといふことの恐怖も快楽も知らない。
あの怖ろしい暗い穴の中から、立ちのぼつて来て目にしみるアンモニアの匂ひ、それから煙出し片脳油の
胸せまるやうな悲劇的な匂ひ。それに、どうしてむかしの家では、ハバカリの電気をあんなに倹約したものだらう。
大と小との境目に、五燭ぐらいの電燈がぼんやりついてゐて、それに金蠅の羽音がまつはりついてゐる。それなら
まだいいはうで、全然灯火のないハバカリさへあつたのだ。
(中略)このごろでは全然見かけなくなつたあの片脳油といふもの。あれにはたしか、ノコギリ形の屋根と
黒煙を吐く煙突から成る古くさい工場の絵を描いたレッテルが貼つてあつた。それは大てい油じみて、半分
やぶれかけたレッテルだつた。ほかの防臭剤には、蠅が薬の霧を吹つかけられて、ジタバタして、瀕死の表情を
うかべてゐる絵が描いてあつたものだが、そのすぐそばで、本物の蠅は、逞しく生を謳歌してゐたのだつた。

三島由紀夫「ポップコーンの心霊術――横尾忠則論」より

329 :名無しさん@また挑戦:2011/08/30(火) 15:13:25.13 ID:???
(中略)ビール罎の廃物利用の焦茶いろの罎に、ものすごい刺戟性の薬液がたつぷり入つてゐて、そして何よりも
そのレッテルだつた。子供はしやがんでゐるあひだ、ずつとそのレッテルと睨めつこをしてゐるわけだから、
いやでも覚えてしまふ。
ノコギリ屋根と暗い煙突、それは正に暗い前近代的な工場の風景で、その屋根の下ではきつと家族的な暗い
労働条件があつたのだ。(中略)曇つた朝空へのぼる煙突の煙には、それなりに悲壮なものがあつた筈だ。
日本資本主義の最底辺の、ハバカリにつながる工場の悲哀のなかにも、何かしら、すばらしい矜持があつた筈だ。
日本そのものの匂ひ、都市における唯一の農村の残存物であるところの、あの人糞人尿の匂ひに対抗し、打ち克つ
ために、正に近代的化学技術の粋を尽してつくられた、圧倒的、殲滅的、かつ、感傷的、近代的スプリーン
そのもののやうな匂ひの発明者としての。

三島由紀夫「ポップコーンの心霊術――横尾忠則論」より

330 :名無しさん@また挑戦:2011/08/30(火) 19:41:11.27 ID:???
それから、これは多分、私の記憶ちがひであらうが、片脳油のレッテルには、子供にとつて最大の宇宙的無限の
謎を誘起する、当時はやりのデザインがあつたかもしれない。それは、人が何か手にもつてゐる図柄の中に、
又、人がそれを持つてゐる図柄があり、その中に又、人がそれを持つてゐる図柄がある、といふ無限小数的な
デザインである。さういふ、悲しくなるほど永遠に遠ざかり深まつてゆくものを暗示したデザインこそ、あの糞臭と
片脳油の匂ひのなかで鑑賞すべきものであつたのだ。
遠い汽笛、……どこの家でもきこえて、子供の夜を、悲しみでいつぱいにしてしまつたあの汽笛、しかし同時に
夜に無限のひろがりと駅の灯火の羅列とさびしい孤独な旅を暗示したあの汽笛は、どこへ行つてしまつたのか。

三島由紀夫「ポップコーンの心霊術――横尾忠則論」より

331 :名無しさん@また挑戦:2011/08/30(火) 19:44:17.78 ID:???
幼時の思ひ出は、どれをとつても、文字どほりウサン臭いのである。
暗さばかりかと思ふと、思ひがけない痴呆的な明るさが現前する。それはたとへば、聯隊の軍旗祭の記念の風呂敷だ。
いやに赤つぽい桜、富士、旭日の光芒、紫、黄、赤などのものすごい配色。あそこには、栄光といふものと生活の
さびしさとがせめぎ合つた、ヒステリカルなけばけばしさがあつたのだ。私は証言する。むかしの日本人は、
さびしかつた。今よりもずつと多い涙の中で生きてゐた。嬉しいにつけ、悲しいにつけ、すぐ涙だつた。そして
軍隊の記念の風呂敷の、あのノスタルジックな極彩色は、その紫がただちに打身の紫、その赤がただちにヒビ、
アカギレの血の色を隠してゐた。人間といふものはもともと極彩色なのだ。
大日本帝国の一人一人の生活は、湿つた暗い蒲団に包まれてゐた。なぜ蒲団はあのやうに暗く、天井はあのやうに高く、
ハバカリはあのやうに臭く、そしてあらゆるものに、バカバカしく金ピカのレッテルが貼つてあつたのだらう。

三島由紀夫「ポップコーンの心霊術――横尾忠則論」より

332 :名無しさん@また挑戦:2011/08/30(火) 19:55:35.74 ID:???
(中略)
お祭は、花やかで、きらびやかで、しかも陰惨そのものだつた。人々はまだ、不具に対する劃一的なヒューマニズムの
擒になつてはゐなかつた。あの安つぽさ、買つてくると一日でこはれる玩具、あきらかに有毒な着色剤を使つた菓子、
飲物、……そこではすべてが「禁止」されてゐた。少くとも「良家」の子供にとつては。従つてその禁止によつて
圧倒的な魅力を放つてゐた。
見世物の見るもおどろな泥絵具の大看板の、陰惨醜悪怪奇をきはめた半人半獣の図は、ここでもまた、紫の
ビロードと、金糸の縫取と、金銀の縁取りの房に囲まれてゐた。さういふものは、少年雑誌「譚海」の血みどろの
「切つたはつた」にもつながりがあつたのだ。衛生的な大人たちは、子供が「譚海」を読むことを賢明にも禁止し、
明るい、清潔な、そして親には孝行、軍国主義には賛成といふ、「少年倶楽部」を推賞したのだつた。

三島由紀夫「ポップコーンの心霊術――横尾忠則論」より

333 :名無しさん@また挑戦:2011/08/30(火) 19:58:25.21 ID:???
私の子供時代はそんなものであつた。そしてさういふ、さびしい極彩色の日本人の生活を私はなつかしむ。
家のどこかでは必ず女がこつそりと泣いてゐた。祖母も、母も、叔母も、姉も、女中も。そして子供に涙を
見られると、あわてて微笑に涙を隠すのだつた。私は女たちがいつも泣いてゐた時代をすばらしいと思ふのである!
しかし泣いてゐた女たちの怨念は、今のやうな、いたるところで女がゲラゲラ高笑ひをし、歯をむき出してゐる時代を
現出した。むかしの女の幽霊は、さびしげに柳のかげからあらはれ、めんめんと愚痴をこぼしたが、今の女の幽霊は、
横尾忠則の絵にあるやうな裸一貫の赤鬼になつて跋扈してゐる。うわア怖い!

……私は一体何を語らうとしてゐたのだらう。私は横尾忠則について語らうとしてゐた筈だ。しかし、私は別事を
語りながら、すでに彼についてすべてを語つてしまつたやうな気がしてゐる。少くともその根元的なものすべてを。

三島由紀夫「ポップコーンの心霊術――横尾忠則論」より

334 :名無しさん@また挑戦:2011/08/31(水) 08:45:47.47 ID:???
ふしぎでならないことは、彼が彼の年齢にもかかはらず、戦前の「暗い日本」と、同時にそのノスタルジックな
けばけばしい意匠とを、潜在意識の底にしつかり貯へ持つてゐるやうに見えることである。(中略)たとへば
彼が作つたアニメーションの映画で、旭日の沈む海に、涙を流しつつ男の横顔が沈んでゆき、その上に強大な
女の横顔がおほひかぶさるコマ絵の連続を見ても、私には、それが、大東亜戦争の敗北と大日本帝国の崩壊を、
肉体的に味はつた世代の人間でなければ描けない図柄のやうに思はれたものだ。
もちろんそれは一面的な解釈である。彼の世俗的な成功は、日本的土俗の悲しみとアメリカン・ポップ・アートの
痴呆的白昼的ニヒリズムとを、一直線につなげたところにあつた。(中略)はつきり云つて、それは、日本的恥部と
アメリカ的恥部との、厚顔無恥な結合、あるひは癒着であつたといへる。(中略)
恥部とは何だらうか。それはそもそも、人に見せたくないものだらうか。それとも人に見せたいものだらうか。
これは甚だ微妙な、また、政治的な問題である。

三島由紀夫「ポップコーンの心霊術――横尾忠則論」より

335 :名無しさん@また挑戦:2011/08/31(水) 08:53:52.55 ID:???
横尾氏のやつたことは、+に+を掛けて−にすることではなく、−に−を掛けて+にすることだつたが、これは
いはば国際親善とは反対で、又、ツーリズム、世界的流行、工業化社会、都市化現象、大衆化社会などとも反対の、
人の一番心の奥底から奥底への陰湿な通路を通つた、交霊術的交流なのだつた。彼は、日本の土俗の霊を以て、
アメリカに代表される巨大な機械文明の現代に、或るフハフハした、桃いろの、ポップ・コーンのやうでもあり、
ゴム風船のやうでもあり、いづれにしても、パンと割られたらおしまひの、合成樹脂製の人魂を喚起したのだつた。
この人魂には、ハバカリの匂ひや、悲しい巨大な旭日の栄光や、女の涙や、やさしい不具者や、あらゆる人間的な
ものがまつはつてゐた。それにしても、とにかくそれは人魂なのであり、人間の霊魂の証しなのだつた。
霊魂は温かい、唯一の温かい言葉になつた。彼の芸術の独特の暗さと温かさは、かくて霊的なものである。

三島由紀夫「ポップコーンの心霊術――横尾忠則論」より

336 :名無しさん@また挑戦:2011/08/31(水) 14:44:38.97 ID:???
横尾氏のやつたことは、+に+を掛けて−にすることではなく、−に−を掛けて+にすることだつたが、これは
いはば国際親善とは反対で、又、ツーリズム、世界的流行、工業化社会、都市化現象、大衆化社会などとも反対の、
人の一番心の奥底から奥底への陰湿な通路を通つた、交霊術的交流なのだつた。彼は、日本の土俗の霊を以て、
アメリカに代表される巨大な機械文明の現代に、或るフハフハした、桃いろの、ポップ・コーンのやうでもあり、
ゴム風船のやうでもあり、いづれにしても、パンと割られたらおしまひの、合成樹脂製の人魂を喚起したのだつた。
この人魂には、ハバカリの匂ひや、悲しい巨大な旭日の栄光や、女の涙や、やさしい不具者や、あらゆる人間的な
ものがまつはつてゐた。それにしても、とにかくそれは人魂なのであり、人間の霊魂の証しなのだつた。
霊魂は温かい、唯一の温かい言葉になつた。彼の芸術の独特の暗さと温かさは、かくて霊的なものである。
それは(中略)心と心との交流、すなはち心霊術に基づいてゐるからである。

三島由紀夫「ポップコーンの心霊術――横尾忠則論」より

337 :名無しさん@また挑戦:2011/08/31(水) 14:51:49.89 ID:???
そこに「英雄」が立ち現はれる。
英雄は、正にこのやうな交霊によつて喚起され、土俗の中から、土でつくられた巨大ゴーレムのやうに立上ら
なければならない。一例が、横尾氏の夢寝にも忘れぬ英雄、高倉健は、花札の刺青を背中に散らした土俗の
アイドルであると同時に、近代都市の映画産業のメカニズムを通じて、深夜興行といふもつとも文明的な興行形態の
中に生きのびてゆく幻影なのである。死んでもらひませう! さういふ血の叫びをあげるとき、われわれの中の
血の叫び、あらゆる進歩主義者、改良主義者、ヒューマニストが、おぞ毛をふるつて避けて通る血の叫びが、
よびさまされて、かう怒鳴る。「カッコいいぞう!」……しかしそのとき、こんなパセティックな共感のうちに、
われわれは無限に喪失してゆく。何かを。何を喪失するともしれず、ただ喪失してゆく。ハバカリの匂ひを、
農村を、血の叫びを。……そして何十年かのち、コンピューターに支配された日本のオフィスの壁には、横尾忠則の
ポスターだけが、日本を代表するものとして残されるだらう。

三島由紀夫「ポップコーンの心霊術――横尾忠則論」より

338 :名無しさん@また挑戦:2011/09/12(月) 20:35:40.55 ID:???
大体どんな芸術でも発展期は非常に発達して一応完成してしまうと発達しませんよ。映画は立体映画とか聴覚、
色彩がある。さらに匂い、それこそわきがの匂いが映画でかげるようになったって、一方に映画の本質的な
運命があるので、その運命的性格は抜け切れない。小説も小説の運命的な性格は抜け切れない。

三島由紀夫
吉村公三郎・渋谷実・瓜生忠夫との座談会「映画の限界 文学の限界」より

339 :名無しさん@また挑戦:2011/09/12(月) 20:41:24.84 ID:???
渋谷:イタリア映画はどうですか。
三島:嫌いなんですよ。なぜかというと見え透いていてね。あんなに見え透いたもの芸術じゃないと思うね。
そうしてね、ひとつひとつ言えば、あの「自転車泥棒」なんか、父子の義理人情からすぐさま共産主義へ持ってゆく、
理論的な飛躍の癪に障ること。それから「無法者の掟」の結末の浪花節的なこと。実につまらぬものだと思う。
「パイサ」を見たときは非常に面白かった。
(中略)
フランスの映画は、露骨な理論的飛躍がない。そこで止めておくから、見る人が理論的に追求して自分のほうへ
持ってゆくでしょう。「自転車泥棒」には理論的な押しつけがましさがセンチメンタルの後ろにあるので、
一面から質的相違に見えるけれど、センチメントはセンチメント。シモンズが文学論で言ってるけれど、芸術が
われわれに訴える涙ぐましさは猥褻さの効果とあまり変らない。そういう意味での涙脆さにすぎぬ。社会問題なんかは、
もっと理論的にイデオロギッシュに考えるべきだ。

三島由紀夫
吉村公三郎・渋谷実・瓜生忠夫との座談会「映画の限界 文学の限界」より

340 :名無しさん@また挑戦:2011/09/14(水) 11:16:16.10 ID:???
松田:話は変りますけど「きけわだつみの声」。あんなぎりぎりのものはどう思います。
三島:戦争があんなに悲惨なら平和だって悲惨ですよ。

三島由紀夫
林芙美子・河盛好蔵・松田ふみとの座談会「『女相続人』を見て」より

341 :名無しさん@また挑戦:2011/09/14(水) 11:48:46.01 ID:???
小森:若いシネ・クラブの会員のかたなどに対しては、どうお考えになりますか。
三島:なにか間違ってるんじゃないですか。映画を研究している若い人の話なんか聞くと、なんでこんなに
シチ面倒くさいことを、と思いますね。まず楽しむことですよ。映画で哲学を考えるんなら、哲学の本でも
読めばいいのに、本を読みもしないで映画で考えるなんていうのはナマケモノじゃないですか。
映画は芸術的雰囲気に酔ってくれたらいいんです。文学でも同じことで、あまりいろいろなものを求めすぎて……
文学も芸術ですから、やはり酔ってくれなければ困るんですね。それで酔わないものだから、みんなLSDなんか
のんで酔わなくちゃならない。(笑)

三島由紀夫
小森和子との対談「十二才のとき映画に開眼したんです」より

342 :名無しさん@また挑戦:2011/09/14(水) 15:39:50.37 ID:???
淀川:おいくつです?
三島:トニー・カーティス、ファーリー・グレンジャーと同い年……と言ったら、みんな笑う。一九二五年生れです。
どうして可笑しいのか……。
淀川:なんとなく可笑しい。なんとなく面白い。最近はまた大変ですね。歌舞伎の新作一本、新劇一つ、(中略)
それから読売の連載……。
三島:(中略)それに明日に控えた文春の“文士劇”があるんですよ。
淀川:それは大変、何をおやりになるの。
三島:「屋上の狂人」の弟役、僕の役……十八歳なんですよ、ハハッ十八歳なんですよ!
淀川:貴方なら充分、とってもお若い……その文士劇は他にどんなのがあります。
三島:「め組の喧嘩」と「車引」……こういうのに引っ張り出されると、本当に役者が自分の舞台で観客に
印象づけようと厚かましくもなる……そんな気持ち、(中略)当人になると無理もないと、つくづく解ってくる。
淀川:「車引」の桜丸なんか演って貰いたかった!
三島:いや、僕は時平公が演りたかった!
淀川:これは、まあ派手に厚かましい!

三島由紀夫
淀川長治のインタビュー「三島由紀夫氏訪問」より

343 :名無しさん@また挑戦:2011/09/23(金) 13:25:56.43 ID:???
日本といふ国は何といふ忙しい国でせう。でも、羽田から、みんなに引つ張られて、東横ホールの「鹿鳴館」
(慈善興業)の楽屋につれて行かれ、カーテン・コールのとき、舞台から帰朝の挨拶をさせられたとき、
「ああ、日本には、かうして僕を待つてゐてくれた人がゐた」と、満員の客席を眺めて、本当にうれしく思ひました。
僕はやつぱりジャーナリズムの spoiled child であつて、あんまり一人きりの淋しい生活はできないといふことを
痛感しました。

三島由紀夫
昭和33年2月3日
ドナルド・キーンへの書簡より


ニューヨークの新聞に、川端(康成)さんのインタビューがいろいろ出たやうです。しかし日本の新聞には、
その記事が一つも出ず、中共がへりの文士の座談会ばかりがデカデカと出てゐます。この片手落ちはますます
ひどくなつたやうです。日本で一等いけないのは、政治家よりも、全学連よりも、新聞だと思ひます。

三島由紀夫
昭和35年7月11日
ドナルド・キーンへの書簡より

344 :名無しさん@また挑戦:2011/09/23(金) 13:28:55.77 ID:???
けふ久々のお手紙をいただき、洵にうれしく拝読、丁度数日前「文藝」で「近松と欧米の読者」を拝読、お手紙を
差上げようと思つてゐたところでした。この論文は、明晰で情理を尽したもので、一方きはめて具体的で、
岩波の「文学」系のチンプンカンプンの左翼国文学者たちに少くとも十回ぐらゐ味読させてやつたら、少しは
彼らの目もさめるかと思はれました。


このごろの日本人はあの勇敢なカミカゼ精神をどこへ忘れてきたのでせう。慨嘆に堪へません。

三島由紀夫
昭和37年9月9日
ドナルド・キーンへの書簡より

345 :名無しさん@また挑戦:2011/09/23(金) 13:33:11.50 ID:???
日本の評論家の解説は、多く細部を無視し、理窟のために作品をねじ曲げ、作家はそのため、いつも苦い思ひを
心の底に持たねばなりません。この太宰集の御解説は、日本の批評家がほとんど触れない文体、構成、描写、
技巧などについて、周到な分析をされ、実に納得のゆくやうに書かれてゐるのみならず、一方、批評は批評として、
太宰のキリスト教についてのズバリとした御意見やら、「走れメロス」(小生もこれは少しもいいと思ひません)の
否定やら、太宰をよく読み、よく愛した人にだけ可能な正しい批判があります。

三島由紀夫
昭和39年4月15日、ドナルド・キーンへの書簡より


この間、安部公房君と一晩ゆつくり話し、彼が、
「僕はチェコに夢をかけてゐた。チェコにいつか亡命するつもりだつた。夢が砕けて悲しい」
と言つてゐた言葉が心を搏ちました。

三島由紀夫
昭和43年9月24日、ドナルド・キーンへの書簡より

346 :名無しさん@また挑戦:2011/09/23(金) 13:38:56.10 ID:???
「日本人の西洋発見」は、実にいい飜訳で、おちついたしつかりした日本文になつてゐて、感心しました。
平田篤胤のところを最初によみ、今、日本人が誰も読まなくなつてゐるこの思想家をキーンさんが丹念精細に
研究されてゐるのに頭が下がりました。


一九七〇年にかけては、ひよつとすると、僕も、ペンを捨てて武士の道に帰らなければならないかもしれません。

三島由紀夫
昭和44年2月2日、ドナルド・キーンへの書簡より


三月一日から一ヶ月、又、富士の自衛隊へ行つて、浮世を離れます。しかし自衛隊の中の浮世もだんだん目に
つくやうになり、今度はどこへ逃げたらよいのでせうか。

三島由紀夫
昭和45年2月27日、ドナルド・キーンへの書簡より

347 :名無しさん@また挑戦:2011/09/23(金) 13:54:26.35 ID:???
小生たうとう名前どほり魅死魔幽鬼夫になりました。キーンさんの訓読は学問的に正に正確でした。小生の
行動については、全部わかつていただけると思ひ、何も申しません。ずつと以前から、小生は文士としてではなく、
武士として死にたいと思つてゐました。


(豊饒の海)第一巻第二巻は飜訳がほとんど出来てゐますから、大丈夫かもしれませんが、問題は第三巻、
第四巻です。(中略)何とかこの四巻全巻を出してくれるやう、御査察いただきたく存じます。さうすれば世界の
どこかから、きつと小生といふものをわかつてくれる読者が現はれると信じます。

三島由紀夫
昭和45年11月、ドナルド・キーンへの書簡より

348 :名無しさん@また挑戦:2011/09/28(水) 13:12:36.75 ID:???
私共はあの古代の壮麗な大爬虫類が、峻厳な自然淘汰の手で忽ち絶滅に瀕した時代を思ひ浮べます。しかしもし
彼等の多くがその危険を脱し、どこかで繁殖しつゞけてゐたとしたらどうでせう。恐らく私は、彼等の習性の内に、
「絶滅に瀕したもの」の身振が執拗に残つてゆくだらうと思ひます。


花々の矜りは咲いてゆくといふことよりも、咲いて来たといふことよりも、今「咲いてゐる」といふ一点に漂うて
ゐるのかもしれません。かう考へることはいくらか私共を慰めてくれます。

平岡公威(三島由紀夫)
昭和20年7月18日、川端康成への書簡より


太宰治氏「斜陽」第三回も感銘深く読みました。滅亡の抒事詩に近く、見事な芸術的完成が予見されます。
しかしまだ予見されるにとどまつてをります。完成の一歩手前で崩れてしまひさうな太宰氏一流の妙な不安が
まだこびりついてゐます。

三島由紀夫
昭和22年10月8日、川端康成への書簡より

349 :名無しさん@また挑戦:2011/09/28(水) 13:16:37.94 ID:???
この作品(仮面の告白)を読んだあと、私の小説をもう読まぬといふ読者もあらはれようかと存じ、相当な決心で
とりかゝる所存でございますが、この作品を「美しい」と言つてくれる人があつたら、その人こそ私の最も深い
理解者であらうと思はれます。

三島由紀夫
昭和23年11月2日、川端康成への書簡より


アメリカでは皆米人が親切にしてくれ、ミス・クルーガーといふパツシニさんの友達に殊に世話になりました。
会ふ米人がみないい人なのにおどろきますが、いい人と味のある人とは一寸別で味のある点では、パツシニ氏のやうに
永く日本にをられる人には誰にも敵ひません。日本は人間に「味」を与へます。

三島由紀夫
昭和27年2月13日、川端康成への書簡より

350 :名無しさん@また挑戦:2011/09/28(水) 13:20:45.61 ID:???
目下、神島といふ伊セ湾の湾口を扼する一孤島に来てをります。(中略)映画館もパチンコ屋も、呑屋も、喫茶店も、
すべて「よごれた」ものは何もありません。この僕まで忽ち浄化されて、毎朝六時半に起きてゐる始末です。
ここには本当の人間の生活がありさうです。たとへ一週間でも、本当の人間の生活をまねして暮すのは、快適でした。
ある日は早朝から夕方まで、蛸壺船に乗り込んで楫取を手つだひました。(中略)
明朝ここを発つて、三重賢島の志摩観光ホテルへまゐります。そこで僕はまた、乙りきにすまして、フオークと
ナイフで、ごはんをたべるだらうと想像すると、自分で自分にゲツソリします。

三島由紀夫
昭和28年3月10日、川端康成への書簡より


大岡さんの歓送会で、揮毫帖に、
昇平何舎神洲地
駕夷狄車下米洲
冀以和朝化紐育
と書きましたら、お前はやつぱりフアツシヨだと叱られました。

三島由紀夫
昭和28年10月17日、川端康成への書簡より

351 :名無しさん@また挑戦:2011/09/28(水) 13:33:54.39 ID:???
この間、中央公論の御集の解説に当り、「千羽鶴」をしみじみ再読して、初読のときと全くことなる印象を
与へられました。茶道及び日本的風雅の諷刺小説であるかの如くさへ感じられ、感興新たなるものがございました。
茶道といへば、本日、千宗興さんに会つたところ、外国旅行でお茶を教へた話ばかりするので、「そんな平和な
静かな国ばかりへ行かず、南ヴイエトナムのやうな戦乱の巷へ行つて、耳もとを弾がかすめるやうなところで
お茶を立てたらいかがです。それが本当のお茶でせう」と言つてやりました。

三島由紀夫
昭和38年12月15日、川端康成への書簡より


このごろ一般に、文学が紳士風家庭風になつてゐるのを苦々しく存じます。ブル紳の文学など読みたくありません。
文芸時評のインチキとハツタリもひどいもので、文壇墜落の兆候歴然、何かここらで、革命的暴力的新人が
あらはれぬものでせうか。

三島由紀夫
昭和41年8月15日、川端康成への書簡より

352 :名無しさん@また挑戦:2011/09/28(水) 13:38:07.79 ID:???
あんまり悲壮に思はれるのはイヤですから、漫画のタネで結構なのですが、小生としては、こんなに真剣に
実際運動に、体と頭と金をつぎ込んで来たことははじめてです。一九七〇年はつまらぬ幻想にすぎぬかもしれません。
しかし、百万分の一でも、幻想でないものに賭けてゐるつもりではじめたのです。十一月三日のパレードには、
ぜひ御臨席賜はりたいと存じます。

ますますバカなことをとお笑ひでせうが、小生が怖れるのは死ではなくて、死後の家族の名誉です。小生に
もしものことがあつたら、早速そのことで世間は牙をむき出し、小生のアラをひろひ出し、不名誉でメチヤクチヤに
してしまふやうに思はれるのです。生きてゐる自分が笑われるのは平気ですが、死後、子供たちが笑はれるのは
耐へられません。それを護つて下さるのは川端さんだけだと、今からひたすら便り(ママ)にさせていただいてをります。

三島由紀夫
昭和44年8月4日、川端康成への書簡より

353 :名無しさん@また挑戦:2011/09/28(水) 13:41:11.47 ID:???
又一方、すべてが徒労に終り、あらゆる汗の努力は泡沫に帰し、けだるい倦怠の裡にすべてが納まつてしまふ
といふことも十分考へられ、常識的判断では、その可能性のはうがずつと多い(もしかすると90パーセント!)のに、
小生はどうしてもその事実に目をむけるのがイヤなのです。

三島由紀夫
昭和44年8月4日、川端康成への書簡より


あひもかはらず、ただ徒らに体を使ひ、飛び廻つて、肉体の為に使ふ時間と精力の厖大さにわれ乍ら呆れます。
(中略)
時間の一滴々々が葡萄酒のやうに尊く感じられ、空間的事物には、ほとんど何の興味もなくなりました。この夏は又、
一家揃つて下田へまゐります。美しい夏であればよいがと思ひます。

三島由紀夫
昭和45年7月6日、川端康成への書簡より

354 :名無しさん@また挑戦:2011/10/04(火) 16:45:00.69 ID:???
倉持君
まづ第一に、貴兄から、めでたい仲人の依頼を受けて快諾しつゝ、果せなかつたことをお詫びせねばなりません。
貴兄の考へもよくわかり、貴兄が小生を信倚してくれる気持には、感謝の他はありませんでした。それについて、
しかし、小生は班長会議の席上、貴兄を面詰するやうな語調で、激しいことを言つたのを憶えてゐられるでせうか?
貴兄は、小生が仲人であれば、すべてを小生に一任したわけであるから、貴兄を就職と結婚の祝福の道へ導くことも、
蹶起と死の破滅の道へ導くことも、いづれについても文句はない、といふ決意を披瀝されたわけでした。
しかし小生の立場としては、さうは行きません。断じてさうは行きません。一旦仲人を引受けた以上、貴兄に
対すると同様、貴兄の許嫁者に対しても責任を負うたのであるから、許嫁者を裏切つて貴兄だけを行動させることは、
すでに不可能になりました。さうすることは、小生自身の名を恥かしめることになるでせう。
さればこそ、この気持をぜひわかつてもらひたくて、小生は激しい言葉を使つたわけでした。

三島由紀夫
昭和45年11月、倉持清への書簡より(三島家で夫人が手渡し)

355 :名無しさん@また挑戦:2011/10/04(火) 16:48:00.35 ID:???
小生の小さな蹶起は、それこそ考へに考へた末であり、あらゆる条件を参酌して、唯一の活路を見出したものでした。
活路は同時に明確な死を予定してゐました。あれほど左翼学生の行動責任のなさを弾劾してきた小生としては、
とるべき道は一つでした。
それだけに人選は厳密を極め、ごくごく少人数で、できるだけ犠牲を少なくすることを考へるほかはありませんでした。
小生としても楯の会全員と共に義のために起(た)つことをどんなに念願し、どんなに夢みたことでせう。
しかし、状況はすでにそれを不可能にしてゐましたし、さうなつた以上、非参加者には何も知らせぬことが情である、
と考へたのです。小生は決して貴兄らを裏切つたとは思つてをりません。蹶起した者の思想をよく理解し、後世に
伝へてくれる者は、実に楯の会の諸君しかゐないのです。今でも諸君は渝(かは)らぬ同志であると信じます。
どうか小生の気持を汲んで、今後、就職し、結婚し、汪洋たる人生の波を抜手を切つて進みながら、貴兄が
真の理想を忘れずに成長されることを念願します。

三島由紀夫
昭和45年11月、倉持清への書簡より(三島家で夫人が手渡し)

356 :名無しさん@また挑戦:2011/10/05(水) 14:30:35.43 ID:???
楯の会会員たりし諸君へ

諸君の中には創立当初から終始一貫行動を共にしてくれた者も、僅々九ヶ月の附合の若い五期生もゐる。しかし
私の気持としては、経歴の深浅にかかはらず、一身同体の同志として、年齡の差を超えて、同じ理想に邁進して
きたつもりである。たびたび、諸君の志をきびしい言葉でためしたやうに、小生の脳裡にある夢は、楯の会全員が
一丸となつて、義のために起ち、会の思想を実現することであつた。それこそ小生の人生最大の夢であつた。
日本を日本の真姿に返すために、楯の会はその総力を結集して事に当るべきであつた。
このために、諸君はよく激しい訓練に文句も言はずに耐へてくれた。今時の青年で、諸君のやうに、純粋な目標を
据ゑて、肉体的辛苦に耐へ抜いた者が、他にあらうとは思はれない。革命青年たちの空理空論を排し、われわれは
不言実行を旨として、武の道にはげんできた。時いたらば、楯の会の真価は全国民の目前に証明される筈であつた。

三島由紀夫
昭和45年11月、楯の会会員への遺言「楯の会会員たりし諸君へ」より(倉持清への書簡に同封)

357 :名無しさん@また挑戦:2011/10/05(水) 14:38:03.89 ID:???
しかるに、時利あらず、われわれが、われわれの思想のために、全員あげて行動する機会は失はれた。日本は
みかけの安定の下に、一日一日魂のとりかへしのつかぬ癌症状をあらはしてゐるのに、手をこまぬいてゐなければ
ならなかつた。もつともわれわれの行動が必要なときに、状況はわれわれに味方しなかつたのである。
このやむかたない痛憤を、少数者の行動を以て代表しようとしたとき、犠牲を最小限に止めるためには、諸君に
何も知らせぬ、といふ方法しか残されてゐなかつた。(中略)
日本が堕落の淵に沈んでも、諸君こそは、武士の魂を学び、武士の錬成を受けた、最後の日本の若者である。
諸君が理想を放棄するとき、日本は滅びるのだ。
私は諸君に、男子たるの自負を教へようと、それのみ考へてきた。一度楯の会に属したものは、日本男児といふ
言葉が何を意味するか、終生忘れないでほしい、と念願した。青春に於て得たものこそ終生の宝である。決して
これを放棄してはならない。

三島由紀夫
昭和45年11月、楯の会会員への遺言「楯の会会員たりし諸君へ」より(倉持清への書簡に同封)

358 :名無しさん@また挑戦:2011/10/05(水) 15:46:30.50 ID:???
数日前、日清紡会長で東京都防衛協会会長(旧自衛隊協力会)の桜田武氏と、三輪元次官と、藤原岩市氏(協会の
事務局長)の四者会談の結果、一応、防衛協会の外郭団体の形で、「体験入隊同友会」の如き無難な名称の
組織を作り、これにはもちろん、一般体験入隊者は入れず、このたびの計画による一ヶ月訓練を経た者のみを悉く
リストに入れ、なほその中に、小生が直接手塩にかけて育てる中核隊を無名称で置き、この者たちのみが
祖国防衛隊の任務を身心共によく理解してゐる、といふ具合に作つてゆくことに賛同を得、資金の目鼻もついて
来ました。藤原氏は二年で五百人といふ目標ですが、なるたけ少数精鋭のはうがよいと思ひます。(中略)
一ヶ月体験をした者たちはたしかに人間が変り、よくなりました。この精神を持続させることが何より大切と
思ひます。小生は、ポカンと口をあけて水平渡りをする顔が、学生たちに甚だ親近感を持たせたやうですが、
落ちた偶像といふ評もあります。

三島由紀夫
昭和43年4月17日、菊地勝夫への書簡より

359 :名無しさん@また挑戦:2011/10/05(水) 16:02:54.73 ID:???
僕は凡そ小説を読むのに、主義や思想についての偏見をもたず、共産党の小説でも右翼の小説でも作品の価値に
ついては、素直に感動する魂をもちつづけたいと思ふのです。先輩の小説でも、中学生の小説でも、よいものには
搏たれる魂をもちたい、他人の中にある何物かに愕く心は自分に愕く心であり、他の発見は、自己の発見であり、
他に感動しなくなれば自己の発見も終る、僕はかういふ信念を川端さんから学びとりました。
しかし日本の文学であり日本語を使つてゐる以上日本語として美しくなければ感動するわけにはゆきません。

三島由紀夫
昭和22年12月25日、清水基吉への書簡より

360 :名無しさん@また挑戦:2011/10/12(水) 11:19:28.33 ID:???
独乙(ドイツ)敗るゝ時、忌はしくも紙上に見える無条件降伏の文字、西欧的表現の行詰りを見る思ひがいたしました。
大御戦はもとより本朝のおほみわざ、戦争と文化の問題についても日本独自の解決があるべきと存じます。
ヒトラア死して逸早い、ハムブルヒ無防備都市宣言の如き、醜態の極でありました。

平岡公威(三島由紀夫)
昭和20年5月5日、中河与一への書簡より

361 :名無しさん@また挑戦:2011/10/12(水) 12:04:15.43 ID:???
独逸(ドイツ)の悲劇はあくまで西洋古代の悲劇と相以て、運命と人との闘争の終局でありましたが、今や
我が国にはこれに類似の悲愴趣味運命観が流行してをりますことは、大いに警戒の要ありと存じます。新運命観は、
運命への抵抗乃至(ないし)闘争でもなく、運命への盲従乃至信仰でもなく、運命を汎(ひろ)く輪廻と解して、
これに対する濃まやかな愛情と親密な交遊の裡に、自己と輪廻との合歓、慇懃の甘美を極めた境地にまで、
相共に融合することであると考へます。単なる否定でも肯定でもない、かゝる主観客観を超えた魂の状態を、
貴下は兼てより「愛」と呼ばれましたが、「愛」の教は今日以後一層痛切な意味をもつでありませう。私は
今までの国学の偏狭、コスモポリティズムの軽佻を排して、真の意味の universal につながりたいと思ふやうに
なりました。

平岡公威(三島由紀夫)
昭和20年6月27日、中河与一への書簡より

362 :名無しさん@また挑戦:2011/10/12(水) 15:00:44.53 ID:???
昨晩は末弘厳チャンが来られ、厳チャンを囲んで話を聞く会がありました。厳チャンが嘗てヒトラーと会つた話など
傑作でした。ヒトラーがオリムピックの日本水泳代表の健闘をほめて、「日本人は魚のやうによく泳ぐ」と
お世辞を云つた、すると厳チャンは昂然と、「イヤ他国の代表が人間の如く泳がないだけだ」と云つた由。
正に逸話に残りさうな話です。更に厳チャンが、大戦後の疲弊した社会の少年がいま優秀なドイツ青年になつて
ゐることを称讃すると、ヒトラーは大変よろこんで厳チャンを抱き上げんばかりに喜んださうです。「嘗て
ヒトラーがあんなに感情を露骨にあらはした応待をしたことがない」とあとで厳チャンは侍従に云はれたさうです。
――厳チャンの言によれば、目下憲法卅一条論がさかんで、その具体的法令まで作つてゐる奴があるといふ
処士横議の有様ださうです。その政治的結果については多言を要しますまい。

平岡公威(三島由紀夫)
昭和20年1月27日、平岡梓、倭文重への葉書より

363 :名無しさん@また挑戦:2011/10/17(月) 17:59:55.03 ID:???
文学史とは一体何なのか。千年前に書かれた作品でも、それが読まれてゐるあひだは、容赦なく現代の一定の
時間を占有する。
われわれは文学作品を、そもそも「見る」ことができるのであらうか。古典であらうが近代文学であらうが、
少くとも一定の長さを持つた文学作品は、どうしてもそこをくぐり抜けなければならぬ藪なのだ。自分のくぐり
抜けてゐる藪を、人は見ることができるであらうか。
それははつきりわれわれの外部にあるのか。それとも内部にあるのか。文学作品とは、体験によつてしか
つかまへられないものなのか。それとも名器の茶碗を見るやうに、外部からゆつくり鑑賞できるものなのか。
もちろん藪だつて、くぐり抜けたそのあとでは、遠眺めして客観的にその美しさを評価することができる。しかし、
時間をかけてくぐり抜けないことには、その形の美しさも決して掌握できないといふのが、時間芸術の特色である。
この時間といふことが、体験の質に関はつてくる。なぜなら、われわれがそれを読んだ時間は、まぎれもない
現代の時間だからである。

三島由紀夫「日本文学小史 第一章 方法論」より

364 :名無しさん@また挑戦:2011/10/17(月) 18:04:05.49 ID:???
美、あるひは官能的魅惑の特色はその素速さにある。それは一瞬にして一望の下に見尽されねばならず、その速度は
光速に等しい。それなら、長篇小説のゆつくりした生成などは、どこで美と結ぶのであらうか。きらめくやうな
細部によつてであるか。あるひは、読みをはつたのち、記憶の中に徐々にうかび上る回想の像としてであるか。
(中略)文学史は言葉である。言葉だけである。しかし、耳から聴かれた言葉もあれば、目で見られることに
効果を集中した言葉もある。
文学史は、言葉が単なる意味伝達を越えて、現在のわれわれにも、ある形、ある美、ある更新可能な体験の質、
を与へてくれないことにははじまらない。私は思想や感情が古典を読むときの唯一の媒体であるとは信じない。
たとへば永福門院の次のやうな京極派風の叙景歌はどうだらうか。
「山もとの鳥の声より明けそめて
       花もむらむら色ぞみえ行く」
ここにわれわれが感じるものは、思想でも感情でもない、論理でもない、いや、情緒ですらない、一連の日本語の
「すがた」の美しさではないだらうか。

三島由紀夫「日本文学小史 第一章 方法論」より

365 :名無しさん@また挑戦:2011/10/17(月) 18:08:08.47 ID:???
(中略)
われわれは文学史を書くときに、日本語のもつとも微妙な感覚を、読者と共有してゐるといふ信念なしには、
一歩も踏み出せないことはたしかであつて、それは至難の企てのやうだが、実はわれわれ小説家が、日々の仕事を
するときに、持たざるをえずして持たされてゐる信念と全く同種のものなのである。
かくて、文学史を書くこと自体が、芸術作品を書くことと同じだといふ結論へ、私はむりやり引張つてゆかうとして
ゐるのだ。なぜなら、日本語の或る「すがた」の絶妙な美しさを、何の説明も解説もなしに直観的に把握できる人を
相手にせずに、少くともさういふ人を想定せずに、小説を書くことも文学史を書くことも徒爾だからである。

享受はそれでよろしい。
しかしいかに作者不詳の古典といへども、誰か或る人間、或る日本人が書いたことだけはたしかであり、一つの
作品を生み出すには、どんな形ででもあれ、そこに一つの文化意志が働らいたといふことは明白である。

三島由紀夫「日本文学小史 第一章 方法論」より

366 :名無しさん@また挑戦:2011/10/17(月) 18:11:34.20 ID:???
(中略)
文化とは、創造的文化意志によつて定立されるものであるが、少くとも無意識の参与を、芸術上の恩寵として
許すだけで、意識的な決断と選択を基礎にしてゐる。ただし、その営為が近代の芸術作品のやうな個人的な
行為にだけ関はるのではなく、最初は一人のすぐれた個人の決断と選択にかかるものが、時を経るにつれて
大多数の人々を支配し、つひには、規範となつて無意識裡にすら人々を規制するものになる。私が武士道文献を
文学作品としてとりあげるときに、このことは明らかになるであらう。
文化とは、文化内成員の、ものの考へ方、感じ方、生き方、審美眼のすべてを、無意識裡にすら支配し、しかも
空気や水のやうにその文化共同体の必需品になり、ふだんは空気や水の有難味を意識せずにぞんざいに用ひて
ゐるものが、それなしには死なねばならぬといふ危機の発見に及んで、強く成員の行動を規制し、その行動を
様式化するところのものである。

三島由紀夫「日本文学小史 第一章 方法論」より

367 :名無しさん@また挑戦:2011/10/18(火) 15:54:33.75 ID:???
今もなほ、私は、「古事記」を晴朗な無邪気な神話として読むことはできない。何か暗いものと悲痛なもの、
極度に猥褻なものと神聖なものとの、怖ろしい混淆を予感せずに再読することができない。少くとも、戦時中の
教育を以てしても、儒教道徳を背景にした教育勅語の精神と、古事記の精神とのあひだには、のりこえがたい亀裂が
露呈されてゐた。儒教道徳の偽善とかびくささにうんざりすればするほど、私は、日本人の真のフモールと、また、
真の悲劇感情と、この二つの相反するものの源泉が、「古事記」にこそあるといふ確信を深めた。日本文学の
もつともまばゆい光りと、もつとも深い闇とが、ふたつながら。……そして天皇家はそのいづれをも伝承して
ゐたのである。
(中略)
これ(教育勅語)に比べると、「古事記」の神々や人々は、父母に孝ならず、兄弟垣にせめぎ、夫婦相和せず、
朋友相信ぜず、あるひは驕慢であり、自分本位であり、勉強ぎらひで、法を破り、大声で泣き、大声で笑つてゐた。

三島由紀夫「日本文学小史 第二章 古事記」より

368 :名無しさん@また挑戦:2011/10/18(火) 16:05:55.68 ID:???
(中略)
戦時中の検閲が、「源氏物語」にはあれほど神経質に目を光らせながら、神典の故を以て、「古事記」には一指も
触れることができず、神々の放恣に委ねてゐたのは皮肉である。ともすると、さらに高い目があつて、教育勅語の
スタティックな徳目を補ふやうな、それとあらはに言ふことのできない神々のデモーニッシュな力を、国家は望み、
要請してゐたのかもしれない。古事記的な神々の力を最高度に発動させた日本は、しかし、当然その報いを受けた。
そのあとに来たものは、ふたたび古事記的な、身を引裂かれるやうな「神人分離」の悲劇の再現だつたのである。
(中略)
これ(倭建命〈やまとたけるのみこと〉の挿話)がおそらく、政治における神的なデモーニッシュなものと、
統治機能との、最初の分離であり、前者を規制し、前者に詩あるひは文化の役割を担はせようとする統治の意志の
あらはれであり、又、前者の立場からいへば、強ひられた文化意志の最初のあらはれである、と考へられる。

三島由紀夫「日本文学小史 第二章 古事記」より

369 :名無しさん@また挑戦:2011/10/19(水) 16:14:29.82 ID:???
古代において、集団的感情に属さないと認められた唯一のものこそ恋であつた。しかしそれがなほ、人間を
外部から規制し、やむなく、おそろしい力で錯乱へみちびくと考へられた間は、(たとへば軽王子説話)、なほ
それは神的な力に属し、一個の集団的感情から派生したものと感じられた。このことは、外在魂(たまふり)から
内在魂(みたましづめ)へと移りゆく霊魂観の推移と関連してゐる。万葉集は、(中略)夥しい相聞歌を載せてゐる。
相聞は人間感情の交流を意味し、親子・兄弟・友人・知人・夫婦・恋人・君臣の関係を含むが、恋愛感情がその
代表をなすことはいふまでもない。
記紀歌謡以来、恋の歌は、別れの歌であり遠くにあつて偲ぶ歌であつた。(中略)
別離と隔絶に、人間精神の醇乎としたものが湧き上るのであれば、統一と集中と協同による政治(統治)からは、
無限に遠いものになり、政治的に安全なものであるか、あるひはもし政治的に危険な衝動であつても、挫折し、
流謫されたものの中にのみ、神的な力の反映が迫ると考へられた。

三島由紀夫「日本文学小史 第三章 万葉集」より

370 :名無しさん@また挑戦:2011/10/19(水) 16:19:33.91 ID:???
(中略)われわれは、ふしぎなことに、太古から、英雄類型として、政治的敗北者の怨念を、女性的類型として、
裏切られた女の嫉妬の怨念を、この二種の男女の怨念を、文化意志の源泉として認めてきたのであり、成功した英雄は
英雄とみとめられず、多幸な女性は文化に永い影を引くことがなかつた。政治的にも亦、天皇制は堂々たる
征服者として生きのびたのではなかつた。いかに成功した統治的天皇も、倭建命以来の「悲劇の天皇」のイメージを
背後に揺曳させることによつて、その原イメージのたえざる支持によつて、すなはち日本独特の挫折と流謫の
抒情の発生を促す文化的源泉の保持者として、成立して来たのである。
さて、相聞歌は、非政治性の文化意志の大きな開花になつた。それは、統治が集中的になればなるほど、そして、
「万葉集」のやうな文化的集大成が行はれれば行はれるほど、この求心性に対して、つねに遠心力として働らき、
拡散と距離と漂泊を代表した。

三島由紀夫「日本文学小史 第三章 万葉集」より

371 :名無しさん@また挑戦:2011/10/19(水) 16:22:40.13 ID:???
(中略)
万葉集は、人が漠然と信じてゐるやうな、素朴で健康な抒情詩のアンソロジーなのではない。それは古代の巨大な
不安の表現であり、そのやうなものの美的集大成が、結果的に、このはなはだ特徴的な国民精神そのものの
文化意志となつたのである。それなくしては又、(文化に拠らずしては)、古代の神的な力の源泉が保たれない、
といふ厖大な危機意識が、文化意志を強めた考へられる。のちにもくりかへされるやうに、一時代のもつとも
強烈な文化意志は、必ず危機の意識化だからである。
(中略)
芸術行為は、「強ひられたもの」からの解放と自由への欲求なのであらうか。相聞歌のふしぎは、或る拘束状態に
おける情念を、そのままの形で吐露するといふ行為が、目的意識から完全に免かれてゐることである。「解決」の
ほかにもう一つの方法があるのだ、といふことが詩の発生の大きな要素であつたと思はれる。その「もう一つの
方法」の体系化が、相聞だつたのである。

三島由紀夫「日本文学小史 第三章 万葉集」より

372 :名無しさん@また挑戦:2011/10/20(木) 11:55:06.33 ID:???
それにしても、この歌は美しい。沈静で、優雅で、嫉妬に包まれた女性が、その嫉妬といふ衣裳の美しさに自ら
見惚れて、鏡の前に立つてゐるやうな趣がある。自己に属する情念が醜くからうなどとは、はじめから想像も
できない、といふ点では、女性は今も昔も変りはしない。(中略)一人の悩める女の姿を描き出すことで、
磐姫皇后は、卓抜な自画像の画家であつた。しかしそれは、何ら客観視を要しない肖像画であり、皇后は、一度も
自分の情念を、客体として見てゐるわけではないのである。
情念にとらはれた人間にとつて、解決のほかにもう一つの方法がある。しかもそれは諦念ではない。……これが詩、
ひいては芸術行為の発生形態であつたとすれば、「鎮魂」に強ひて濃い宗教的意識を認め、これを近代の個性的
芸術行為と峻別しようとする民俗学の方法は可笑しいのである。表現と鎮魂が一つのものであることは、人間的
表出と神的な力の残映とが一つのものであることを暗示する。それはもともと絶対アナーキーに属する情念に属し、
言語の秩序を借りて、はじめて表出をゆるされたものである。

三島由紀夫「日本文学小史 第三章 万葉集」より

373 :名無しさん@また挑戦:2011/10/20(木) 11:58:17.08 ID:???
しかしこれを慰藉と呼んでは、十分でない。それは本来、言語による秩序(この世のものならぬ非現実の秩序)に
よつてしか救出されないところの無秩序の情念であるから、同時に、このやうな無秩序の情念は、現世的な
秩序による解決など望みはしないのである。相聞は、古代人が、政治的現世的秩序による解決の不可能な事象に、
はじめから目ざめてゐたことを語つてをり、その集大成は、おのづから言語の秩序(非現実の秩序)の最初の
規範になりえたのである。人はこの秩序が徐々に、現世の秩序と和解してゆく過程を「古今和歌集」に見、さらに
そのもつとも頽廃した現象形態として、ずつと後世、現世の権力を失つた公家たちが、言語の秩序を以て、現世の
政治権力に代替せしめようとする、「古今伝授」といふ奇怪な風習に触れるだらう。そして「古今和歌集」と
「古今伝授」の間には、言語的秩序の孤立と自律性にすべてを賭けようとした「新古今和歌集」の藤原定家の
おそるべき営為を見るであらう。

三島由紀夫「日本文学小史 第三章 万葉集」より

374 :名無しさん@また挑戦:2011/10/20(木) 20:17:20.13 ID:???
はじめそれはもちろん一種のダンディズムだつた。ダンディズムは感情を隠すことを教へる。それから生な感情を
一定の規矩に仮託することによつて、個の情念から切り離し、それ自体の壮麗化を企てることができる。漢文による
表現が公的なものからはじまつたのは当然であり、公的生活の充実が男性のダンディズムを高めると共に、ますます
それが多用されたのも当然だが、政治的言語として採用されたそれが、次第に文学的言語を形成するにいたると、
支那古代詩の流れを汲む「政治詩」の萌芽が、はじめて日本文学史に生れたのだつた。
しかし「離騒」以来の慷慨詩の結晶は、「懐風藻」においては十分でなかつたのみならず、はるかはるか後代の
維新の志士たちの慷慨詩にいたるまで、その自然な発露の機会を見出すことができなかつた。きはめて例外的に、
又きはめてかすかに、それが窺はれるのは「懐風藻」の大津皇子の詩である。

三島由紀夫「日本文学小史 第四章 懐風藻」より

375 :名無しさん@また挑戦:2011/10/20(木) 20:20:24.18 ID:???
その数篇の詩に、「離騒」のやうな幾多の政治的寓喩を読むことも不可能ではないが、私はこれを読み取らうとは
思はぬ。しかし、ひとたび叛心を抱いた者の胸を吹き抜ける風のものさびしさは、千三百年後の今日のわれわれの
胸にも直ちに通ふのだ。この凄涼たる風がひとたび胸中に起つた以上、人は最終的実行を以てしか、つひにこれを
癒やす術を知らぬ。遊猟の一見賑やかな情景の中にも、自然の暗い息吹は吹き通うてゐる。恋によく似て非なる
この男の胸の悶えを、国風の歌は十分に表現する方法を持たなかつた。外来既成の形式を借り、これを仮面として、
男の暗い叛逆の情念を芸術化することは、もしその仮面が美的に完全であり、均衡を得てゐれば、人間感情の
もつとも不均衡な危機をよく写し出すものになるであらう。それはあの怖ろしい蘭陵王の仮面と、丁度反対の
意味を担つた仮面なのだ。
七世紀後半のこの叛乱の王子は、天武天皇の長子であつた。

三島由紀夫「日本文学小史 第四章 懐風藻」より

376 :名無しさん@また挑戦:2011/10/21(金) 14:15:35.52 ID:???
もし秩序がなかつたら、何ら抒情の発想をもたらさぬものが、秩序の存在によつて焦燥や怒りや苦痛が生み出され、
それが詩の源泉になることを自覚するとき、われわれはすでに古今集の世界にゐるのである。
(中略)
われわれの文学史は、古今和歌集にいたつて、日本語といふものの完熟を成就した。文化の時計はそのやうにして、
あきらかな亭午を斥すのだ。ここにあるのは、すべて白昼、未熟も頽廃も知らぬ完全な均衡の勝利である。
日本語といふ悍馬は制せられて、だく足も並足も思ひのままの、自在で優美な馬になつた。調教されつくしたものの
美しさが、なほ力としての美しさを内包してゐるとき、それをわれわれは本当の意味の古典美と呼ぶことができる。
制御された力は芸術においては実に稀にしか見られない。(中略)そして古今集の歌は、人々の心を容易く
動かすことはない。これらの歌人と等しく、力を内に感じ、制御の意味を知つた人の心にしか愬へない。
これらの歌は、決して、衰へた末梢神経や疲れた官能や弱者の嘆きをくすぐるやうにはできてゐないからだ。

三島由紀夫「日本文学小史 第五章 古今和歌集」より

377 :名無しさん@また挑戦:2011/10/21(金) 14:19:14.63 ID:???
文化の白昼(まひる)を一度経験した民族は、その後何百年、いや千年にもわたつて、自分の創りつつある文化は
夕焼けにすぎないのではないかといふ疑念に悩まされる。明治維新ののち、日本文学史はこの永い疑念から
自らを解放するために、朝も真昼も夕方もない、或る無時間の世界へ漂ひ出た。この無時間の抽象世界こそ、
ヨーロッパ文学の誤解に充ちた移入によつて作り出されたものである。かくて明治以降の近代文学史は、一度として
その「総体としての爛熟」に達しないまま、一つとして様式らしい様式を生まぬまま、貧寒な書生流儀の卵の殻を
引きずつて歩く羽目になつた。
古今和歌集は決して芸術至上主義の産物ではなかつた。(中略)この勅撰和歌集を支へる最高の文化集団があり、
共通の文化意志を持ち、共通の生活の洗練をたのしみ、それらの集積の上に、千百十一首を成立たしめたのだつた。
或る疑ひやうのない「様式」といふものが、ここに生じたとてふしぎはない。一つの時代が声を合せて、しかも
嫋々たる声音を朗らかにふりしぼつて、宣言し、樹立した「様式」が。

三島由紀夫「日本文学小史 第五章 古今和歌集」より

378 :名無しさん@また挑戦:2011/10/21(金) 14:22:36.44 ID:???
源氏物語の、ふと言ひさして止めるやうな文章、一つのセンテンスの中にいくつかの気の迷ひを同時に提示する文体、
必ず一つのことを表と裏から両様に説き明かす抒述、言葉が決断のためではなく不決断のために選ばれる態様、
……これらのことはすでに言ひ古されたことである。紫式部が主人公の光源氏を扱ふ扱ひ方には、皮肉も批判も
ないではないが、つねに、この世に稀な美貌の特権をあからさまに認めてゐる。他の人ならゆるされぬが、
他ならぬ源氏だから致し方がない、といふ口調なのである。何故なら、源氏にさへ委せておけば、どんな俗事も
醜聞も、たちどころに美と優雅と憂愁に姿を変へるからだ。手を触れるだけで鉛をたちまち金に変へる、この
感情と生活の錬金術、これこそ紫式部が、自らの文化意志とし矜持としたものだつた。
それは古今集が自然の事物に対して施した「詩の中央集権」を、人間の社会と人間の心に及ぼしたものだつたと
云へよう。実際、藤原道長が地上に極楽を実現しようとしたことは、日本文学史平安朝篇に詳しい。

三島由紀夫「日本文学小史 第六章 源氏物語」より

379 :名無しさん@また挑戦:2011/10/29(土) 15:11:48.95 ID:???
日本の伝統文化には、官能の多様性はみごとに鏤(ちりば)められてゐる。しかし、それを分析するとなると、
日本人はいつも間違ふ。日本人ぐらゐ性の自己分析の不得手な国民はなからう。それは又一般的自己分析の
あいまいさといふ国民的特色と相俟つてゐる。
(中略)
人間の結ぶ性的関係は、(中略)次の三種に分けてよからう。すなはち、第一に、異性愛の男女関係、第二に、
同性愛の同性同士の関係、第三に、サド・マゾヒズムのサディストとマゾヒストの関係である。(中略)
何故、この三種に分けるかといふと、この三種は、人間の社会集団のおそらくもつとも根元的な三種別の
「関係」と照応してゐる、と考へられるからである。すなはち、第一種は生殖を基本にした社会秩序、第二種は
同志的結合を基本にした戦闘集団、第三種は権力意志を基本にした支配・被支配関係と、それぞれ性欲を超克して
相渉つてゐるからであり、この三種の社会関係は、相互に根本的に矛盾してゐる。しかも相互に浸透し合つてゐる
といふところに問題の厄介さがあり、一人が三者を兼備することさへできるのである。

三島由紀夫「All Japanese are perverse」より

380 :名無しさん@また挑戦:2011/10/29(土) 15:16:25.74 ID:???
(中略)
われわれの先人は、女をして女であることを主張させることが、いかに社会の男性的理智的原理を崩壊させ、
社会をアモルフなものに融解させてしまふか、といふ洞察力を持つてゐた。女は女であることを決して主張しない
ことによつて真の女になり、そこにこそ真の「女らしさ」が生ずるといふ女大学のモラルは警抜で、シニカルな、
水も洩らさない社会的強制(コンパルスン)であつた。つまらぬ風俗現象ではあるが、現代の風潮を、
「女性の男性化、男性の女性化」といふ言葉でとらへようとする論者の脳裡にはこの古いモラルが、裏返しの形で
貼りついてゐるのである。現代の風潮は、女が女であることを主張し、男は男であることを主張しない、といふ
だけの話であり、むかしの日本では、男が男であることを主張し、女は女であることを主張しなかつた。真の
根元的な、妥協をゆるさぬ両性の対立は、男が男であることを主張し、女が女であることを主張する、といふ
状況からしか生れないのである。もちろんそんな状況は、人類に平和と幸福をもたらすものではない。

三島由紀夫「All Japanese are perverse」より

381 :名無しさん@また挑戦:2011/10/29(土) 15:28:28.39 ID:???
(中略)
日本人は、相手(パートナア)といふ観念を持たない。武道の稽古の相手は敵手であるが、拳闘のスパーリングの
相手はスパーリング・パートナアなのである。すなはちパートを受持ち、或る役割を演ずる対等者である。
この観念のないことが、同性愛やサド・マゾヒズムの「関係」を解明することを困難にし、異性愛のアナロジーでしか
見られないまちがつた観察を流布させることになる。
(中略)
サディズムが特に男性的特質でもなく、マゾヒズムが特に女性的特質でもなく、男性の側に限つて云へば、
サディズムは男の理智的批評的分析的究理的側面に結びつき、マゾヒズムは男の肉体的行動的情感的英雄的側面と
結びつき易いことが察せられ、精神はサディズムの傾向をひそめ、肉体はマゾヒズムの傾向を内包すると
考へられるであらう。もつと通俗的に云へば、サディズムは好奇心で、マゾヒズムは度胸なのである。

三島由紀夫「All Japanese are perverse」より

382 :名無しさん@また挑戦:2011/10/29(土) 15:50:09.95 ID:???
通例、サディズムは支配と統制と破壊の意志であり、マゾヒズムは忠誠と直接行動と自己破壊の傾向であるが、
性愛独特の逆説により、同時にこの逆をも内包する。(中略)サディズムもマゾヒズムも、いづれも他人を
道具視する「利用の性愛」であると同時に、一方又、いづれも、人間の自己放棄の根元的な二様のあらはれの
一つだからである。私がかう説明することによつて、政治学の領域に近づきつつあることを、すでに読者は
察せられたであらう。サド・マゾヒズムこそは、人間の性愛の、もっとも政治学的分野なのである。
因みにナルシシズムの直接的な延長上にマゾヒズムが位置することは多言を要しないが、もちろん、そのやうな
ナルシシズムは純肉体的ナルシシズムであつて、「身を隠したナルシシズム」すなはち知的精神的社会的
ナルシシズムは、往々サディズムへ傾くであらう。又、心理的マゾヒズムは、むしろナルシシズムの逆である。

三島由紀夫「All Japanese are perverse」より

383 :名無しさん@また挑戦:2011/10/29(土) 19:31:31.33 ID:???
(中略)
性愛における表象の優位はフェティシズムにつながるが、ほとんど男にしか見られぬこの perversion は、
あらゆる perversion のうちでもつとも「文化的」なものであり、芸術や哲学や宗教に近接し、それらの象徴体系の
隠れた基盤をなしてゐる。表象固執と現実離脱の、これ以上みごとな結合は考へられぬであらう。何故なら、
フェティシズムが表象固執によつて果す象徴機能は、次のやうなものだからである。すなはち、表象は個々の
対象の個別的魅惑から離脱し、ある詩的共通項(物象あるひは観念)を足がかりにして普遍性に到達し、しかも
形容矛盾ともいふべき「フェティシュな普遍性」といふ形態においてのみ源泉的な「肉の現実」の官能的魅惑を
まざまざと現出せしめるのである。いはばフェティシズムは、冷たい抽象的普遍に熱烈な肉の味はひを添へるのだ。
あるひは又、死んだ「物」の世界を、肉の香りを以て蘇らすのである。かくて、教会はキリストの体になり、
聖餅はキリストの肉、葡萄酒はキリストの血になるであらう。

三島由紀夫「All Japanese are perverse」より

384 :名無しさん@また挑戦:2011/11/01(火) 15:30:50.32 ID:???
>>376の前
(中略)
支那の詩文学から日本人がいかなる詩情を探り出したかは、返り点を使つた日本的な読み下しといふ読み方の
発明と無縁ではないと思はれる。読み下し自体が一種の翻訳であり、原典の韻律はそれによつて破壊され、或る
舌足らずな翻訳文体のリズムは、そのまま日本語の文体として日本語の中へ融解されてしまふ。漢詩がかくて、
音楽化される極点が謡曲の文体である。
韻律は失はれても、一そう美しい廃墟のやうに、構造とシンメトリーは残つてゐた。大体、支那原典から見れば、日本人の漢詩鑑賞は、
廃墟の美の新らしい発見のやうにさへ思はれる。
(中略)
対句的表現によるシンメトリー自体が新らしい美の発見であり、詩のサロン化の大きな布石であつた。やがて
これが国風暗黒時代ともいふべき平安朝初期の、純支那風な官吏登庸制度に基づく官僚機構のシンメトリーを
用意するのである。すなはち詩を通じて、政治的言語と文学的言語は相補ひ、政治的言語は詩情を培ひ、培はれた
新らしい詩情は、さらに整然たる政治的言語の形成に参与するのであつた。

三島由紀夫「日本文学小史 第四章 懐風藻」より

385 : 【21.5m】 電脳プリオン ◆3YKmpu7JR7Ic :2012/06/24(日) 13:20:30.31 ID:??? ?PLT(12079)
3は使い切らないのか

386 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(3+0:8) :2013/06/18(火) 00:17:01.97 ID:???
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387 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(3+0:8) :2013/06/19(水) 00:38:39.03 ID:???
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388 : :2013/06/19(水) 03:15:55.09 ID:???
 

389 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(3+0:8) :2013/06/21(金) 00:16:13.72 ID:???
                  _,...-──-......_
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390 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(6+0:8) :2013/06/29(土) 01:14:36.17 ID:???
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391 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(7+0:8) :2013/06/30(日) 00:43:43.14 ID:???
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392 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(7+0:8) :2013/07/01(月) NY:AN:NY.AN ID:???
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393 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(7+0:8) :2013/07/02(火) NY:AN:NY.AN ID:???
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394 : :2013/07/24(水) NY:AN:NY.AN ID:???
 

395 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(8+0:8) :2013/08/02(金) NY:AN:NY.AN ID:???
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396 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(8+0:8) :2013/08/03(土) NY:AN:NY.AN ID:???
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397 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(5+0:8) :2013/08/04(日) NY:AN:NY.AN ID:???
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398 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(4+0:8) :2013/08/04(日) NY:AN:NY.AN ID:???
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399 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(5+0:8) :2013/08/04(日) NY:AN:NY.AN ID:???
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400 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(6+0:8) :2013/08/05(月) NY:AN:NY.AN ID:???
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401 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(7+0:8) :2013/08/05(月) NY:AN:NY.AN ID:???
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402 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(8+0:8) :2013/08/06(火) NY:AN:NY.AN ID:???
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403 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(7+0:8) :2013/08/09(金) NY:AN:NY.AN ID:???
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404 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(7+0:8) :2013/08/10(土) NY:AN:NY.AN ID:???
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405 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(8+0:8) :2013/08/10(土) NY:AN:NY.AN ID:???
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406 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(8+0:8) :2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:???
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407 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(5+0:8) :2013/08/12(月) NY:AN:NY.AN ID:???
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408 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(6+0:8) :2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:???
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409 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(7+0:8) :2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:???
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410 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(7+0:8) :2013/08/15(木) NY:AN:NY.AN ID:???
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411 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(6+0:8) :2013/08/16(金) NY:AN:NY.AN ID:???
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412 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(6+0:8) :2013/08/17(土) NY:AN:NY.AN ID:???
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413 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(7+0:8) :2013/08/17(土) NY:AN:NY.AN ID:???
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414 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(8+0:8) :2013/08/18(日) NY:AN:NY.AN ID:???
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415 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(8+0:8) :2013/08/18(日) NY:AN:NY.AN ID:???
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416 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(7+0:8) :2013/08/19(月) NY:AN:NY.AN ID:???
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417 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(7+0:8) :2013/08/19(月) NY:AN:NY.AN ID:???
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418 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(7+0:8) :2013/08/19(月) NY:AN:NY.AN ID:???
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419 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(7+0:8) :2013/08/20(火) NY:AN:NY.AN ID:???
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420 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(5+0:8) :2013/08/21(水) NY:AN:NY.AN ID:???
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421 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(3+0:8) :2013/08/22(木) NY:AN:NY.AN ID:???
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422 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(3+0:8) :2013/08/23(金) NY:AN:NY.AN ID:???
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423 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(4+0:8) :2013/08/23(金) NY:AN:NY.AN ID:???
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424 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(5+0:8) :2013/08/23(金) NY:AN:NY.AN ID:???
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425 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(5+0:8) :2013/08/23(金) NY:AN:NY.AN ID:???
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426 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(6+0:8) :2013/08/23(金) NY:AN:NY.AN ID:???
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427 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(7+0:8) :2013/08/23(金) NY:AN:NY.AN ID:???
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428 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(7+0:8) :2013/08/24(土) NY:AN:NY.AN ID:???
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