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☆メンヘルで生活保護112☆

1 :優しい名無しさん:2013/08/28(水) NY:AN:NY.AN ID:3OFphh/s
前スレ
http://toro.2ch.net/test/read.cgi/utu/1376005406/

745 :優しい名無しさん:2013/10/01(火) 19:22:02.13 ID:ABkFEUKB
日本人「働かざるもの食うべからず」 欧米人「あり得ない。人間は誰しも生きる権利を持ってる」

◆日本書記に見られる労働観

 そこで日本の歴史書とされる「日本書紀」に関する文献を読んでいると、日本人の労働観に
ついてハッとさせられるものがあった。

 まず、日本書紀の世界観では食べ物は保食神(うけもちのかみ)が「生んでいた」。
口から食材を吐き出すのだが、ある時、保食神を訪ねた月読尊(つくよみ)が、口から出された
食材を見て侮辱されたと誤解し、保食神を斬り殺してしまう。この時、保食神の遺体から
稲・麦・粟・稗・豆といった五穀の種が生まれ出た。

 天界を収める天照大御神は、この五穀のうち粟・稗・麦・豆を畑の種とし、稲を水田の種とした。

 人間が生きるために必要な「食材」は神が作り出す神聖なもの。そこから生まれた種を植える
田畑を神自らが保有している。歴史学者たちは日本書紀や古事記に見られる日本人の労働観は、
労働は神様ですら行う行為であり、神様とともに働けることは人間にとって喜びであった、と解説する。
日本人にとっての労働観とは「生き甲斐」なのである。

◆聖書に見られる労働観

 では、欧米的な労働観とは何かと思い、聖書の中に労働に関する記述があるかを調べてみた。
聖書の創世記第3章、アダムとイヴの物語に人がなぜ「働く」ようになったのかが書かれている。
アダムとイヴは神から「林檎」を食べてはならないと忠告されるが、ヘビにだまされたイヴが林檎を 取り、二人で食べてしまう。すると「知恵」を身につけ羞恥心を覚える。これを知った神は忠告を
破った二人に「罰」として、大地を呪い人は一生苦しみながら食物を取る義務を課せられた。  

 聖書の世界観では「労働」とは「神」の忠告に従わなかった人への「罰」であり、義務なのだ。

http://japan.zdnet.com/cio/sp_13workshift/35037736/2/

http://hayabusa3.2ch.net/test/read.cgi/news/1380510469/

746 :優しい名無しさん:2013/10/01(火) 19:27:05.61 ID:ABkFEUKB
働かざる者食うべからず(はたらかざるものくうべからず、
en:He who does not work, neither shall he eat)は労働に関する慣用句である。

新約聖書の一書でテサロニケの信徒への手紙二という使徒パウロの書簡
といわれるもののなかの3章10節にある「働きたくない者は、食べてはならない」が元になった慣用句である。
これは「働きたいが働けない人は食べてもよい」との条件下での言葉である。

後にかつて存在した社会主義国であるソビエト社会主義共和国連邦の
1936年のソビエト社会主義共和国連邦(いわゆる「スターリン憲法」)の第12条に労働の義務規定として盛り込まれた。
(以下略)

wikiより

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